ピュリツァー賞カメラマン沢田教一さん(青森市出身)が銃撃死から50年/妻サタさん95歳が墓参り

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沢田教一の墓前に手を合わせるサタさん

 ピュリツァー賞を受けた青森市出身の報道カメラマン・沢田教一(1936~70年)の没後50年の命日を前に、妻のサタさん(95)=弘前市在住=が18日、沢田が眠る青森市の三内霊園を訪れた。サタさんは、沢田が生前に愛用したコーヒーカップを墓前にささげて手を合わせ、「感無量。一度にいろんなことが思い出された」と語った。

 沢田は70年10月28日、カンボジア内戦の取材中、プノンペン郊外で何者かに銃撃されて死亡した。墓は三内霊園の一角にあるが、サタさんは高齢のため弘前市から通うのが難しく、今回の墓参は数年ぶりという。

 サタさんは、知人の女性に付き添われながら、しっかりとした足取りで沢田の墓前に立ち、神妙な表情で合掌。50年という歳月に「あっという間。彼は34歳のままだが、私は90を過ぎてあの世が近くなっている。時の流れの早いのに驚いている」と振り返った。

 沢田との思い出について「休日は一緒に十和田とかに行って、写真を撮って歩いた」と語り、紛争が絶えない世界に対しては「この世の中から戦争というものがなくなってほしいと思う。沢田もそう願ってましたから」と力を込めた。

 沢田の没後50年をめぐっては、日本カメラ博物館(東京都千代田区)が11月3日から、沢田の業績を紹介する常設展示コーナーを開設する予定。