江古田コンパ 健在!【駅ぶら04】西武池袋線013

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※2020年8月撮影

トップ画像は、江古田駅の池袋駅側踏切を通過する下り豊島園行各駅停車。西武電車というとやっぱり黄色い2000系ですね。2020年3月時点で366両が稼働中。

日藝方面に進むともう一つの北口があります。

※2020年8月撮影

エスカレーターがあります。

※2020年8月撮影

南北の小竹通りとの交差点を渡ると日藝があります。右の青年、上の写真にも登場しています。何故か筆者がカメラを構える方に意識的に動いている様に見えました。そんな無意味なコト、あり得ないハズですが。

※2020年8月撮影

わを!40年ぶりに訪れた母校です。筆者の記憶の中にある昔の姿とは全く異なっています。そもそも、この交差点の部分に校門はなかったのです。

※2020年8月撮影

筆者の記憶では、30mくらい進んだ辺りに校門がありました。

※2020年8月撮影

校内案内図を見ました。赤い矢印が上の写真の撮影地点。黄色い矢印の辺りに筆者が学生だった頃の校門があったのです。

※2020年8月撮影

ほとんど庭のない学校だったので、校門の横で殺陣同好会の方々が浴衣でチャンバラをしてましたね。守衛のオジサンが時代劇ファンらしくアドバイスしてました。(笑)

建物も悉く替わってしまった様です。在学当時は7つの学科でしたが、今はデザイン学科が増えて8つになっています。まぁ、もうすぐ半世紀前って話なので仕方ないですね。

学食でご飯だけ持って知り合いのオカズをもらって歩くヤツがいたり、なかなか愉快な学生時代でしたよ。

小竹通りを踏切の方に行きました。トップ画像は、この少し前、列車が踏切に入る瞬間です。

※2020年8月撮影

踏切を渡って江古田駅南口の方を見ます。昔と風景が違い過ぎて、何だか妙な気分です。

※2020年8月撮影

うっひゃ~! 1968年(昭和43年)開店の江古田コンパが健在です。この風景は変わらない!でも右のパチンコ屋さんが「江古田文化」という木造1階建ての映画館でした。1984年(昭和59年)に閉館し建物は解体された様です。

※2020年8月撮影

学生時代に入ったコトはありません。でもリーズナブルな価格設定なんですね。

※2020年8月撮影

当時「コンパ」という業態のお店がたくさんあった様に思います。筆者はその頃から安い居酒屋専門でしたからコンパというお店に入った経験がないのです。

そう言えばその頃は店の看板に「明朗会計」と表示されているのが常態でしたが、最近見かけなくなりました。余程「明朗会計」ではない店が多かったのですね。

居酒屋「乃がた」はたぶん学生時代からありました。でも筆者は北口の激安「黒田武士」に通っていたのです。右のパチンコ屋さんの場所が「江古田文化」でした。

※2020年8月撮影

この通りの右側には「江古田書店」がありました。この詩歌集を多く扱っていた本屋のオジサンとも仲良しになって、やはり高い本は1割引にしてくれました。一般的な書物を並べた「ひまわり店」というのもオープンしてました。当時、筆者は青土社(雑誌”ユリイカ””現代思想”の版元)、晶文社、工作舎などの出版物を読みまくっていました。これらの出版社の書籍は発行部数が少ないのか、割高だったのです。40年前の学生に1冊4000円とか、キツかった。(笑)

※2020年8月撮影

千川通りの五叉路に来ました。通学に使っていたJR中野駅行のバスは交差点を渡った材木屋さんの前から乗ったのですが、現在バス停はありません。移動したのかな。

※2020年8月撮影

こちらは東長崎方面。左のクリニックの場所には、マンションが出来る前、一軒家の昭和レトロな喫茶店、正に「純喫茶」があって、日藝の生徒は(ダサイから)ほとんど来ないので筆者はよくそこでボンヤリ読書していました。

※2020年8月撮影

五叉路を江古田銀座に入って行きます。

※2020年8月撮影

もう少し、懐かしい江古田を散歩します。

(写真・文章/住田至朗)

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