新型コロナ 第2波から展望

新型コロナウイルス感染症(COVID-19) 第2波真っただ中の8月末、日本感染症学会学術講演会が開かれ、専門家8人が緊急企画シンポジウムで発生以来の対応と現況、課題を語った。政府の新型コロナウイルス感染症対策本部(本部長・安倍晋三首相)も、季節性インフルエンザの流行期に備えた「今後の取り組み」を決めた。取りまとめ数時間後、安倍首相は持病の潰瘍性大腸炎の悪化で辞任を表明した。同シンポと対策本部の「取り組み」から事態を考察し、今後を展望する。

第94回日本感染症学会学術講演会(8月19日〜21日 東京)緊急企画シンポジウム

死亡者数の少ない日本

舘田 一博・日本感染症学会理事長(第94回同学会長、東邦大学教授)

世界各国の人口100万人あたりの死亡者数が報告されている。日本は100万人あたりの死亡者数は9人。世界の中でも132位。死亡者数が少ないのが日本の特徴だ。

日本感染症学会は新型コロナに対して、提言を出してきた。2月28日、学会が目指すべき方向として「重症例の命を守る」「軽症例の集中による現場混乱の回避」「医療従事者・感染患者への差別を防ぐ」を挙げた。今もこの三つは一番大事だ。

緊急事態宣言が出される直前の4月2日以降、折にふれ提言してきた。まさに、走りながら考えなければいけなかった。

たかだか半年だが、私たちは今、第2波の真っただ中にいる。3密、エアロゾル、マイクロ飛沫が感染の原因になる。ウイルスが唾液中に高濃度にあることが明らかになってきた。接待を伴う飲食店のほか、仲間同士の会食からもクラスターが多く報告された。例えば職場、休憩所でマスクをとってお茶を飲む。さらに学校、合宿所。いずれも濃厚接触とおしゃべりがあり、そういった所で起こっている。

差別ではなく、教訓に

尾身 茂・新型コロナウイルス感染症対策分科会会長(地域医療機能推進機構理事長)

感染拡大の影響を最小にできることがわかった。クラスター、ウイルスは不安ということではなく制御、マネッジ(管理)できるという考えがそろそろ必要ではないか、それが人々の安心、安全感につながるのではないかと思う。

医療者も痛感している差別の問題はかえって、感染症の実態を見えにくくさせて、対策を後手後手にしてしまう。世論が不安から感染した特定の社会集団を叩き始めたころには、集団は進んだ対策を打っていることが多い。

学ぶべきことが多いのに、批判、差別に終始していると、学んだことが社会に共有されない、つまりマネッジしにくくなる。本ウイルスに先手を打つには、感染事例を素早く教訓として、次の感染に備えていくことが求められる。

新しい感染を見れば、全国的に見ると、大体ピークを達したというのが私どもの読みだ。うまく行けば少しずつ下がってくるという可能性はある。

日本のコロナ対策の基本的な方針は、重症化を避けること、一般の方の行動変容、クラスターへの早い介入の3本柱で変わりない。一定の成果があったと思う。

経験と英知を結集して 〜専門医が考察〜

ウイルス学的特徴、疫学・クラスター対策、臨床症例、治療学的視点、感染対策の視点、研究的視点からの考察が専門家から述べられた。

【ウイルス学的特徴からの考察】5番目のヒト・コロナで定着 ステロイド薬の効果に注目

松山 州徳・国立感染症研究所ウイルス第三部第四室長

コロナウイルスはわれわれの周りに棲息するあらゆる動物に感染している。ヒトにおいても風邪の病原体として4種類のヒト・コロナウイルスが蔓延している。現状、新型コロナウイルスを世界から排除することは難しいと思われ、このまま5番目のヒト・コロナウイルスとして人類に定着する可能性を否定できない。

急速に感染が広がると医療崩壊につながるため、感染拡大防止策をとりながら、ゆっくりと広がるようにコントロールする必要があり、有効な抗ウイルス薬の開発が求められている。

われわれはシクレソニドという吸入ステロイド薬を新型コロナウイルスの治療に使用することを提案している。この薬は血中に入りにくいことと、コロナウイルスの複製を直接止める作用があることから、治療効果が期待できる。実際、3月から臨床現場での投与が始まっており、その効果に注目が集まっている。

【臨床症例からの考察】ステロイド治療で救命 長期治療後に後遺症

川名 明彦・防衛医科大学校内科学講座(感染症・呼吸器)教授

臨床現場の流行早期7症例から伝える。症状は発熱、倦怠感、せき、食欲不振などで、重症例では高齢者、基礎疾患を持っている人が多い。

ハイリスク群では、透析中に重症化した70代女性が亡くなった。自己免疫性疾患があり重篤だった50代はステロイド治療で救命できた。

CDC(米国疾病予防管理センター)のデータ、ガイダンスによると、リスク要因の1番は高齢者、2番目は基礎疾患。慢性腎不全、自己免疫性疾患、重症心臓病、糖尿病、肥満だ。

30代男性は突然の心停止。血栓症で亡くなったと思われる。以降は血栓治療を併用した。

呼吸機能だけではなく、長い期間治療が行われた後、どういった後遺症があるか。急性期、2カ月後を比較した場合に全く症状が消えていたのはわずか12・6%。それ以外は胸痛、嗅覚症状とか何らかの症状が遷延している。どういった症状が残るのかは今後追究していく課題だ。

【研究的視点からの考察】リポジショニング 3プロジェクト始動

脇田 隆字・国立感染症研究所長

新型コロナウイルス感染症は高齢者にとって重症化率が高い。発症防止、重症化を阻止するような創薬研究は必要だ。

今回のように全く新しい病気が出た時の創薬では、一般的な新薬を作るという開発の手法ではなく、別の疾患の承認薬の効果を試す「ドラッグ・リポジショニング」という手法で取り組んでいる。

短期間で薬をスクリーニングでき、開発費も安いというメリットがある。

すでに大きく三つのプロジェクトに着手した。そのうちの一つは日本国内の約3000の承認薬を使ったスクリーニングだ。

作用機序の異なる複数の化合物を同定している、併用によって相乗効果も確認している。作用が弱い薬であっても、併用することによって効果を高められるという方針で進めている。

【疫学・クラスター対策からの考察】SARSとの差は軽症無症候 コロナの制御の難しさ

押谷 仁・東北大学大学院医学系研究科微生物学分野教授

新型コロナウイルスの特徴は、2002年から2003年に流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)のウイルスとよく似ている。

しかし、最大の違いは、SARSは多くの人が重症化し、致死率も高かった。ほとんどの感染連鎖を突き止められ、最終的に感染連鎖を断つことができた。

これに対して、今回は軽症や無症候の感染者が相当いると想定されている。これがこのウイルスの制御を困難にしている。発症前の感染がありそうだというデータも出ており、発症後に隔離しても遅い。コンテインメント(封じ込め)が難しい。

大きなクラスターから家族内感染、他のクラスターへの連鎖、最後に病院、高齢者施設というのが、日本で見られている主な伝播のパターンだ。

感染拡大の理由として考えられる「解」は多くの人は誰にも感染させていないが、一人が多くの人に感染させていると予想される。

これまでの解析では、その原因は「3密」によって起こるクラスターの発生だという。クラスターの発生機会をいかに減らしていくかが大事だ。

【感染対策の視点からの考察】PPE外す時に注意 院内で訓練を繰り返す

長谷川 直樹・慶應義塾大学病院感染制御部教授

このコロナには現在、明確な治療法、ワクチンがない。根本的には連鎖を断つのが、この病気に対峙(たいじ)する上で一番大事だ。

医療従事者がマスクをはじめ感染防御をきちんとすることが最も重要。マスクやガウンなど個人防護具(PPE)を外す時に周囲と自分を汚染しないように外すことが大切だ。

新型コロナの原因の一つとしてエアロゾル(マイクロ飛沫)による感染も挙げられている。

SARS─CoV─2に関しても細かいエアロゾルがPPEを外す際に発生する可能性が報告されている。着脱場所の換気も重要だ。

当院では「インフェクションコントロールドクター(ICD)」の資格を持った人が職員全体に訓練をすることを徹底した。

【治療学的視点からの考察】サイトカインストームが発生 凝固異常・血栓に薬物的治療

大曲 貴夫・国立国際医療研究センター国際感染症センター長

自然免疫作用が十分に起こる方は重症化しない。獲得免疫もほぼ同時に働いている。免疫機構が普通に回れば重症化せずに治っていく。

うまくいかない場合がある。複数の細胞が感染し、炎症性のプログラム化された細胞死から化学物質が放出される。サイトカインストーム(免疫暴走)が起き、全身で働く。それが重症化の過程だ。だから炎症を抑えるものが候補薬として選ばれている。

もう一つは、凝固異常、血栓。血栓をつくりやすいのが重症の方の病態。この凝固異常にリバース、抗凝固薬、例えばヘパリンの使用が行われている。

血栓の形成傾向は毛細血管レベルで、血管内皮細胞の炎症は様々な臓器で起こり、腎臓をはじめ臓器障害にもつながっている。抗炎症薬だけでいいのか。治療薬開発に重要だ。

現在の治療は主に薬物的治療からのアプローチだ。患者さんの重症度を三つに分けている。「重篤な症状ではない」「肺炎が中程度」「さらに重症となったもの」。三つのフェーズ(局面)がある。それぞれに抗ウイルス薬。免疫調整薬、抗凝固薬がどう使われるか、治療の基本的な構造だ。

新型コロナ ウイルス感染症対策本部会議(8月28日)

8割は軽症か無症状 65歳以上重症化リスク

新型コロナウイルス感染症対策本部は、8月28日に同本部会議を実施。今後の取り組みなどについてまとめた。

それによると、感染者のうち「8割は、他の人に感染させていない。8割は軽症、または無症状のまま治癒に向かう」ということが明らかになってきた。

しかし、65歳以上の高齢者や基礎疾患を有する人は重症化リスクが高まる。高齢者や基礎疾患がある人への感染防止の徹底が必要だという方針を改めて示した。

また、季節性インフルエンザの流行期に備えて「かかりつけ医などに相談、受診できる体制の整備」を強化していく。

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