元阪神・横田慎太郎さん大病乗り越え…「諦めない大切さ」を情熱発信 地元・鹿児島拠点に講演、執筆活動

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自身の闘病生活を踏まえ、「諦めない大切さを伝えたい」と話す横田慎太郎さん

 プロ野球・阪神を昨季限りで引退した横田慎太郎さん(25)=鹿児島実業高校卒=は、現役中に患った脳腫瘍の大病を乗り越え、地元鹿児島で第二の人生をスタートさせた。自身の経験を伝えるための講演活動やコラム執筆に加え、動画投稿サイト「ユーチューブ」配信など活動の幅を広げている。「諦めないことの大切さを伝えたい」と、大好きな野球と同様に情熱を注ぐ。

 阪神OBの川藤幸三さん(71)と8月下旬に開設したユーチューブチャンネル「川藤部屋」。横田さんは「プロデューサー」の肩書で出演し、味のある似顔絵や習字で笑いを誘う。わずか6年の現役生活ながら、多くの仲間やファンに慕われた真面目な人柄が、動画から伝わる。

 3月から鹿児島や大阪で開催予定だった講演会は、新型コロナウイルスの影響で延期が相次いだものの、徐々に再開の兆しが見えてきた。引退後、病気のファンらとの交流を通し「大病を経験した自分の話で、心を動かせるのではないか」との使命感から思い立った活動。視野の異常など後遺症がある中でも、「苦しんでいる人がいれば、少しでも役立ちたい」と意気込む。

 病は突然襲ってきた。プロ4年目の2017年。前年に開幕戦先発出場を果たし、さらなる飛躍が期待された21歳は、脳腫瘍の宣告を受けた。「医者から野球のことはいったん忘れてと言われ、頭が真っ白になった」という。抗がん剤や放射線治療など、過酷な闘病生活は半年以上に及んだ。両親やファンの応援を支えに「復帰するという目標だけはずっと持ち続けた」。何とか練習は再開できたものの、第一線に戻ることはかなわずに引退を決断。最後の試合で強烈な印象を残した。

 「野球人生の最後にあの球を投げられると思わなかった。幸せな1日だった」。引退試合となった昨年9月の2軍戦。途中から中堅の守備に就き、本塁突入を試みた走者をノーバウンド送球でアウトにした。3年ぶりの実戦、満員の観客の前で見せた“奇跡のバックホーム”。「目標を持ってやり続ければ、最後は幸せな日がくる」という確信を得たプレーだった。

 「諦めなければ必ずいいことがあるということをしっかり伝えたい」。県内初の講演は10月9日。鹿屋市で少年野球の選手たちを前にデビューする予定だ。

 【よこた・しんたろう】1995年6月9日、東京都生まれ。湯田小(日置市)3年でソフトボールを始める。東市来中、鹿児島実業高校に進み、ドラフト2位で阪神に入団。プロ3年目の16年、2番中堅手として開幕戦先発出場を果たした。父はロッテなどで活躍し、現在は鹿児島商業高校野球部監督の真之さん(57)。

プロ野球ドラフト会議で阪神の2位指名が決まり、記者の質問に答える横田慎太郎外野手=2013年10月24日、鹿児島市の鹿児島実業高