生物多様性が過去50年で68%減少:WWF発表

世界自然保護基金(WWF)は10日、地球環境の現状を包括的に報告する「生きている地球レポート2020」を発表した。それによると、生物多様性の豊かさは地球全体で過去50年に平均68%失なわれるとともに、人間による消費は地球が生産できる範囲を約60%超過していることが明らかになった。この生産と消費の関係を現状でみると、人間が今の生活を維持するためには地球1.6個分の自然資源が必要であることになる。同レポートでは、今後、コロナ禍によって停滞した経済活動の回復を求める中でグリーン・リカバリーを推進し、世界の人々が一つになって、「健全な形での地球一個分の暮らし」を取り戻すことの重要性を指摘している。(廣末智子)

植物の22%が絶滅の危機に コロナで環境負荷減少も

同報告書は、地球上の生物多様性の豊かさを包括的に示す「生きている地球指数(LPI)」と、人間が生活や経済活動の中で消費し、廃棄する量などを通して地球にかけている負荷を測る「エコロジカル・フットプリント」の2つの指標を柱に、WWFが1996年から2年ごとに発表している。

このうちLPIは、陸、淡水、海などに生息する脊椎動物(哺乳類、鳥類、両生類、爬虫類、魚類)の個体サイズの変動率を基に算定。2020年版の報告書では約4400種、約2万1000個体群を対象とし、1970〜2016年の間に、LPIが平均68%減少したという結果が出た。

世界の「生きている地球指数(LPI)」

中でも淡水域におけるLPIが84%減と大きく減少していた。また今回の報告書では、生物多様性の状況をより多角的に捉えるため、LPIとは別に、「生物多様性完全度指数(BII)」や「IUCNレッドリスト指数(RLI)」の推移も提示。

生物多様性完全度指数
レッドリスト指数

地域別ではアジア太平洋地域が最も悪化し、種類別ではサンゴ類が激減、ソテツ類は深刻なレベルにまで減っているほか、数千種の植物のうち22%が絶滅の危機に瀕しているとの報告を付け加えた。

世界のエコロジカル・フットプリント(グローバル・フットプリント・ネットワーク、2020)

一方のエコロジカル・フットプリントは、食料生産に必要な土地面積や化石燃料由来のCO2を吸収するために必要な森林面積など膨大なデータを基に算出しており、1970年以降、急速な都市化などによって地球が生産し吸収できる量を超えて増加し続けている。今回の報告書では、2020年には地球が1年間に生産できる範囲を約60%超過することが明らかに。つまり、人間が今の生活を維持するには地球1.6個分の自然資源が必要ということになり、あらためて現状の暮らしでは地球が限界に来ていることが突きつけられた形となった。

もっとも、今回、発表されたエコロジカル・フットプリントは、新型コロナウイルスが急速に広がった今年5月時点での速報値であり、2020年単年では前年比で約10%減少するという予測もなされた。これはコロナの影響で人々の移動や消費行動が抑えられたことに起因するもので、報告書では「人々の行動が変われば、環境負荷も変化することが(図らずも)分かった」としている。

統合的な対策を 回復のシナリオ提示

一方、今回の報告書では初めて、減少を続ける生物の多要性を回復させるシナリオが、科学的な根拠に基づいて示された。

図生物多様性の回復シナリオ

(灰色線)このままの場合:社会、経済はこれまでどおり、環境保全と持続可能な生産と消費への取り組みは限定的
(緑線)環境保全強化シナリオ:環境保全地域の拡大と管理強化、回復保全計画強化の対策をした場合
(黄線)環境保全+持続可能な生産+持続可能な消費シナリオ :環境保全の強化、持続可能な生産対策、持続可能な消費対策のすべてを組み合わせた場合
(赤点)生物多様性の回復が始まる時機

WWFが、世界約40の大学や保護団体、政府間機関で構成されるコンソーシアムのメンバーとして、陸域の生物多様性の減少を食い止め、回復させるための方法を研究したもので、現状のまま何の対策も行わない場合と、複数の対策を組み合わせた場合の計7種類の将来予想仮説(シナリオ)を図説化している。それによると、現状のままでは生物多様性の減少は止まらず、環境保全策の強化だけでも「回復の兆しがみえる程度」にとどまる。しかし、生産においては農産物の単位面積当たりの生産量を増やして農地面積を抑え、消費においては食料廃棄物を50%削減するなどの対策をとった場合、初めて、「元に戻すまで回復させる」ことが可能になる、と分析。生物多様性の回復には、持続可能な生産と消費策を組み合わせた統合的な対策が必須であることを、目に見える形で訴えた。

ビジネスリーダーは2030年に向けた野心的な目標を

こうした現状を踏まえ、報告書は「人間の健康な暮らしは自然に支えられている。かつてない地球環境の危機に直面する今、地球の限界を無視したこれまでの経済の仕組みは続けられない。新たに自然を基にした経済を構築することで、最終的には社会の繁栄は地球の健全さのもとでしか成り立たないことに気づく」と指摘。また来年5月には第15回生物多様性条約締約国会議(COP15)が開かれ、生物多様性回復のための2030年目標が合意される予定であることから、「今こそ、地球環境の回復と経済の発展とを両立させるグリーン・リカバリーの実現に向けて、国、地方自治体、事業者、すべての人々がひとつになって具体的な施策を行動に移す時。WWFは、持続可能で豊かな未来をつくるために、政策決定者、ビジネスリーダーたちに対して野心的な2030年目標を設定し、確実に実行するよう働きかけていく」としめくくっている。

日本でもグリーン・リカバリー推進を

生物多様性の回復に向けた日本企業の取り組みについて、WWFジャパンのブランドコミュニーション室エコロジカル・フットプリント担当、清野比咲子氏は、「一部の企業では取り組みが始まっているので、今後、サプライチェーンなどにさらに広がることを期待している」とみる。現時点では大きな潮流にはなっていないようだが、森林保全の観点から天然ゴムの持続可能な調達の枠組みに自動車メーカーが参入したり、一部企業が、海洋の自然環境や水産資源を守って獲られた水産物に与えられる認証ラベルの付いた海産物を社員食堂のメニューに取り入れるといった動きがある。

さらに、コロナ禍によって停滞した経済の復興を掲げる日本の政策をめぐる現状について同氏は、「パリ協定のもとで進む、日本の温室効果ガスの削減目標は低く、国際的にも遅れをとっている。コロナによって打撃を受けた社会や経済を持続可能な方法で復興しようとする気運が高まっているEUのように、日本でもグリーン・リカバリーが潮流になることを期待している。そのためには景気回復策と気候変動対策を一体で進めること。地球の危機を乗り越える、自然と人のための新政策として求められていると思う」と話している。

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