世界一の要注意人物・習近平の思考回路|石平 毛沢東以来の、共産党政権最大の独裁者・習近平はいったいどのような思考回路をしているのか? 私はこう断言する!「習近平には、長期的な視点に立って自国の国益を考える余裕もなければその能力もない」と。

最大の独裁者

新連載「知己知彼」の第2回目は、 中国の独裁者・習近平をとりあげてみる。

習近平といえばいま、毛沢東以来の、共産党政権最大の独裁者となっている。彼は公式的には、中国共産党総書記、共産党軍事委員会主席、国家主席、国家軍事委員会主席などの肩書を持ち、党と国家の最高指導者であり、軍の最高司令官である。

その一方で彼はまた、中央の「○○領導小組」の「組長」のポストを十数個も兼任している。「領導小組」とは、政権の中枢において常設されている「○○対策本部」のことであり、「組長」は各分野における政権運営の司令塔である。習近平が「組長」を兼任している「領導小組」には、中央財経領導小組、中央外事領導小組、国防及び軍隊改革深化領導小組、中央インターネット安全領導小組などがある。

前述の「総書記」「主席」などの公式ポストを合わせて、いまの習近平は、おそらく世界で最も兼任ポストが多く、「組長」という肩書を一番多く持つ指導者であろう。

本欄第1回目で中国共産党政権を「ヤクザのなかのチンピラ」と揶揄したが、やはり政権トップの習近平は、「組長」という肩書をこよなく愛している。

自ら国際的孤立を招く

冗談はさておき、とにかくいまの中国では、習近平という一個人が国の政治・経済・軍事・外交を動かす権限をすべて握る。習近平は唯我独尊の独裁者となっている。

問題は、14億人の大国を動かす権力を手に入れた習近平は一体どのような政治を行っているのかということであるが、それは一面においては、実は鼻で笑えるほど愚かなものである。

6月30日に習近平の主導下で強行された「香港国家安全維持法」の成立はその一例である。この「天下の悪法」の成立と施行によって、習近平政権が香港から反対勢力を一掃することはたしかにできるが、その代償はあまりにも大きい。香港を殺すことで、中国は外国資本導入・外国企業誘致の主要な窓口、対外輸出の窓口の一つを失う。そして、「一国二制度」の約束を公然と破ったことで国際的信用をさらに失い、自らの国際的孤立を招いている。

「アホ」と言うしかない

自国に多大な損をさせる習近平のやり方は、関西弁でいえばまさに「アホ」と言うしかないが、実は「香港国家安全維持法」制定も、アホな習近平の取った愚挙が一つのきっかけとなっていた。

2015年10月、香港銅鑼湾書店店主の林栄基氏以下5名が相次いで失踪。書店が習近平のスキャンダル暴露本の出版を予定していたため店主らが中国に拉致されたのではないか、との疑いが広がった。翌年六月、香港に戻った林栄基氏は記者会見を開き、中国の公安によって拉致された事実を暴露した。結局、習近平は、自分のスキャンダル暴露本を潰すために拉致するという、乱暴にして愚かな行動に出た。

しかし、この拉致行為は香港市民と国際社会の強い批判に晒され、さすがの習政権も拉致という非常手段はいつでも使えるものではないと悟った。政権はその後、香港から人を「合法的に」拉致できるような代替手段を模索、その結果、2019年2月に香港政府が習政権の意向を受けて「逃亡犯条例改正案」を提出した。「改正案」が成立すれば、「容疑者」の中国本土への移送が可能となる。

自分の体面を保つことが大事

それに対して香港市民が史上最大規模の抗議運動を展開し、10月には香港政府は「改正案」の撤回を余儀なくされた。このことに習政権は大きな挫折感を味わい、と同時に香港における「反対勢力」の一掃を決心した。

そこから出てきたのが、前述の「香港国家安全維持法」の制定と施行だ。習政権からすれば、この「法律」さえ作っておけば、気に食わない連中を香港から「拉致」・「移送」する必要はもはやない。中国共産党政権の直接指揮下の公安警察・秘密警察が香港のなかに入り込み、反対勢力を一掃し、根絶やしにすることができるからだ。だからこそ、習政権はこの「法律」の成立を強行した。これで習近平は雪辱を果たし、独裁者としてのメンツを保ったのだ。

しかし前述のように、長期的にみればむしろ中国の失うものは非常に多く、大損したのは中国のほうだ。独裁者の習近平には、長期的な視点に立って自国の国益を考える余裕もなければその能力もない。そんなことよりも自分の体面を保つことのほうが大事なのだ。こうした思考回路の指導者はたしかに愚かと言うほかないが、その一方、拉致事件から「国家安全維持法」制定までのプロセスにおいて露呈した習近平政治の短視と横暴と猪突猛進の狂気は、他人事ではない。

14億人の政治・軍事大国は、この気まぐれな独裁者の意のままに動き出していくと、周辺世界にどれほど大きな被害を与えるか知れない。習近平はやはり、世界一の要注意人物である。

石平

© 株式会社飛鳥新社