高知の落ちこぼれカットマンが、原宿で予約の取れない人気美容師になれたワケ【後編】

写真:福原愛氏と夫・江宏傑(ジャンホンジェ)選手と写真に映るakaneさん(左端)/提供:akane氏

自らの明徳義塾高校卓球部時代を「最後までやりきれなかった後悔と、自分を信じなかった後悔」と振り返る美容師のakaneさん。

「本当に私を取材なんて…。あ、カットマン(戦型)だったから、カットマン(美容師)になったって、どうですか」
自身が経営するプライベートサロンにakaneさんの明るい声が心地よく響く。

失意の中でラケットをハサミに持ち替え、美容師を目指した修行の日々と、現在多くのトップ選手たちから慕われ、信頼を得る理由に迫った。

専門学校では浮いていた

__――大阪の専門学校はどうでしたか
akane__:それまでのスポーツ系の友だちとは、こんなに違うのかと思うくらい、周りも派手だったりして。明徳での後悔がよぎるんですけど、でもそれをモチベーションに変えて、美容の練習に集中しました。

そしたら、どんどん専門学校で成績が出ていくんですよ。コンテストも優勝したり、常に学校でも上位成績者で表彰されるようになって、美容系の小さいコンテストを総なめにしていきました。

だから、専門学校でもちょっと浮いた感じでした(笑)

写真:美容師のakaneさん/撮影:ラリーズ編集部

__――浮いた感じになるんですか
akane__:なります。人と交わらず、コンテストではめちゃくちゃ成績残して練習バカだ、みたいな。

でも、美容で頑張って、いつか絶対卓球に貢献するんだからって思ってました。

卓球に対する、悶々とした変な塊

__――そこが面白くて。「美容を頑張って、卓球に貢献する」ってなかなか繋がりにくい。
akane__:卓球に対する、悶々とした変な塊が私の中にあったんです。それを残して辞めてるから、卓球の人たちに私の存在を絶対知ってもらいたいって強く思ってました。

__――成績優秀だと、就職は決まりやすかったんですか
akane__:いや、大阪の学校だったので、あんまり東京に人脈もなくて。でも私は東京での就職しか考えてなかったから、一年目から動いてました。

バイトしてお金貯めて、3ヶ月〜半年に1回くらい夜行バス乗って、東京の色んなサロンに通いました。で、ここに入りたいっていう有名なサロンに通い詰めて、毎回店長さんを指名して仲良くなって。

「君やる気があるからウチに入った方が良い、akaneちゃん絶対推薦するから」って言ってもらうまでになりました。

なるべく長い時間いるために“おまかせ”でお願いしてたから、有名な人だったら2万とか3万とかするわけです。
お金も時間もかけてきたし、よしって思いました。

写真:美容師のakaneさん/撮影:ラリーズ編集部

__――受かったんですか
akane__:落ちました。5次試験まであって3次試験で。東京怖いな(笑)、世の中うまく行かないなって。

もう専門学校2年で、私はそこ1本に絞ってたから、東京の大手はもう一次試験が終わってて。マンガ喫茶に宿泊しながら、サロン探しがまた始まりました。

__――焦りますね
akane__:当時、原宿・表参道で探していたんですが、ある日の夜、青山の奥の方に歩いていったら、3階建てのガラス張りのかっこいい外観の美容室を見つけたんです。

お店の外から電話して「二次募集してませんでしょうか」「してません」って断られました。でも翌日サロン見学だけさせてもらって、そしたら後日「二次募集します」って連絡もらって「絶対受けに行きます」って。

恥ずかしいですとテスト用紙の裏面に書いた

__――ご縁を感じますね
akane__:その筆記試験で、各店の店長の名前を書けっていう問題があったんです。でも私、そのサロンに入ろうと思ったわけじゃなく、青山のどこかに入ればいいというモチベーションで来てしまったので、書けないんですよ。

ああ、またチャンスを逃してしまったと。

自分の浅はかさで、前に進めない。これ、本当に高校の時から自分は変わらないなって。

それが悔しすぎて、そのテスト用紙の裏面に書きました。恥ずかしいですと。こうやって二次募集をかけていただいたのに、店長の名前も知らずに試験を受けて失礼しましたと。

それがウケたのか分からないですけど、そこに入社が決まるんです(笑)。

写真:美容師のakaneさん/撮影:ラリーズ編集部

それから10年修行させてもらうOASISっていう美容室です。

OASISが結構テレビや雑誌の仕事も多かったので、色んな経験させてもらって、6、7年掛かってスタイリストデビューしました。

__――そして10年後に独立した
akane__:スタイリストになってある程度経ったとき、社長に「すいません、やっぱり私は卓球界に役立つ方向をやっていきたいので辞めたいです」って言いました。それから一年後、29歳になるときに辞めました。

そこから一年、フリーランスの美容師をやりながら物件を探して、そして、大の卓球好きの不動産ディーラーの方に出会って、今の場所を見つけてくれました(笑)

写真:akaneさんが経営するhair salon ten/撮影:ラリーズ編集部

卓球選手に向いている髪型

__――どうやって卓球選手のお客さんが増えていったんですか
akane__:スタイリストデビューしてから、SNSとか使って、まず昔の卓球の知り合いを1回ウチに来てみないって誘いました。とにかく、可愛く、かっこよくして。自然に口コミが広がるようにと。

気づいたら、だんだん私とは年代の違う有名な選手も来てくれるようになって、まさかの福原愛ちゃんも来てくれてっていう状況になりました(笑)

写真:akaneさんがカットした後の福原愛氏/提供:akaneさん

__――来てくれた選手って
akane__:うーん、当時からだと明徳生はもちろん、昔の白鵬女子の同級生、福原愛ちゃんや森薗政崇くんなどのトップ選手たち、あとは明治と専修大の大学生や、実業団の選手、本当にたくさん来てくれました。

写真:華やいだ表情の女子選手・元選手たち/提供:akaneさん

__――お客さんは卓球選手ばかりなんですか
akane__:3,4年前まではそうだったんですけど、テレビに出てたこともあって(「にじいろジーン」に4年間出演)、今は一般のお客さんも多くて、予約がなかなか取れない状況が続いてます。

写真:試合中とは違う表情の男子選手たち/提供:akaneさん

ぐちゃぐちゃになったときまで見据えて切りたい

__――akaneさんがカットするからこその強みって何でしょう
akane__:私からすると、おしゃれするのも凄く大切なんですよ。卓球をおしゃれにしていきたい。もっといろんな人に見てもらいたい。

ですけど、おしゃれな髪型が全て卓球に向いてるかってめちゃくちゃ向いてない。だいたいジャージ着てるし、汗かいちゃうじゃないですか。でもカタログとかに書いてるような髪型ができますかって言われると、普通の美容室だったらそのまま切ると思いますが、私の場合はしっかりカウンセリングして、メリット・デメリットを伝えながら髪型を提案します。

実際の試合会場では、ワックスが汗で取れることや、試合で乱れることも想像した上で、どんな状況で写真を撮られてもカッコよくなるように。

私は、そのぐちゃぐちゃになったときまで見据えて切りたい。

写真:美容師のakaneさん/撮影:ラリーズ編集部

__――具体的にはどういうポイントなんでしょう
akane__:例えば、一般女性だったら前髪もある程度残した方が可愛くなるんですけど、卓球選手が残してしまうと、バンって打った時にピュッと入るわけですよ。残してる髪の毛をピンで留めると前髪が変になっちゃうんです。そういうのをちゃんと説明した上で残すのか、残さないのか、とか。

__――一つずつ説明するんですね
akane__:ピンで髪を留めたくないのならば、じゃあこういう方法もあるよっていうことをちゃんと提案する。

今は、特にSNSが流行ってるから。カラーリングについては、ブリーチをするタイプが流行していますが、卓球を生活のメインとしてやっている選手にブリーチまで本当に必要かどうか、しっかりカウンセリングしてからにしています。ブリーチは、サロンの利益としては嬉しいことなんですが、卓球選手の場合、毎回自分のタイミングで通える子だったらいいですけど、通えなかったらブリーチは不向きなわけですよ。

こういうリスクを伝えた上で決めます。

写真:美容師のakaneさん/撮影:ラリーズ編集部

卓球選手には一番の状態にしてほしい

__――メンズはどうですか
akane__:メンズに多いのが、全体じゃなくてちょっと切りたい時とかあるじゃないですか、試合直前とか。でも普通の美容室だったらカット料金一緒。そういうときも相談があれば、じゃあ10分だけ時間取るのでシャンプーなしで切るとかもあります。メンズに限らずですけど。

卓球選手には試合の時、一番の状態にしてほしいから。

写真:美容師のakaneさん/撮影:ラリーズ編集部

__――この先はどういう方向を目指していきますか
akane__:2つあって、一つは引退後の選手に、私の失敗談とか伝えながら、悩みを聞いたり、違う角度からアドバイスしたりしていきたいなと思います。

卓球やってた人って人間的にも真面目で、一つのことをコツコツ出来る人なのに、辞めると“卓球しかしてこなかったから”と自信をなくす人が、意外に多いんです。

でも本人に話を聞くと、ただやり方が分からないだけなんですよ。小さい頃から打ち込んできたからこそ、卓球終わった後どうしたら良いかわからなくなって、という感じで私のところに来てくれる。

私が違う世界に飛び込んでサロンを持つに至った経験から、知ってる限りの方法は教えられる。私自身も、アドバイスするために、もっともっと勉強したいし、経験も増やしたい。

__――もう一つは
akane__:Rallysさんと一緒です。Tリーグも全日本も、卓球が好きな人が見にくるだけじゃなくて、卓球に興味を持ってくれる人を増やしたい。

美容師仲間と試合観に行ったり、私のお客さんで卓球に関係のない社長さんにも、卓球の面白さを伝えまくってます(笑)

写真:美容師のakaneさん/撮影:ラリーズ編集部

__――最後の質問です。明徳時代の監督、佐藤利香さんは今のakaneさんを知ってるんですか
akane__:はい。美容師始めて10年くらい経ったとき、メディアで私のことを見た利香さんが連絡くれたんです。

「卓球を辞めた後、逆に成長してる姿が本当に嬉しい。後輩にも毎回話してる、良いお手本だよ」って言ってくれて。

また、利香さんに救われた気持ちでした。

私、いつか利香さんに、駄目だった私にもできるって知ってほしかったから。

それを自分から言うんじゃない形で利香さんに報告できたことは、私の誇りです。

写真:佐藤利香氏(右端)/提供:アフロ

卓球って不思議

取材が終わり、片付けながら、ふと
「なんで、全然違う仕事を長くやって、それでも卓球に関わり続けたいんでしょうね」と聞いた。
「僕もなんですけど」と付け加えて。

「卓球って不思議で、卓球してる人、してた人っていうだけでちょっと知り合いみたいな気持ちになるから」。
akaneさんは、楽しそうに言った。

確かに、わずかな取材時間で、同志のような気持ちを抱いていた。

写真:佐藤利香監督(写真左)と高校時代のakaneさん(写真右)/提供:akaneさん

取材・文:槌谷昭人(ラリーズ編集部)

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