日本式か、メジャー式か…投手起用で負担が少ないのは? 医師と元MLB右腕が激論

肘治療の権威・古島弘三医師と藪恵壹氏のオンライン対談を実施した

肘治療の権威・古島弘三医師と元メジャー藪恵壹氏が本音対談

通算226勝右腕のジャスティン・バーランダー、ロッテ期待の右腕・種市篤暉ら、今シーズンもまた、日米両球界で肘内側側副靱帯再建手術(通称トミー・ジョン手術)に踏み切った投手がいた。投手の肘にかかる負担の話題になると、たびたび注目されるのが、日米の先発スケジュールの違いだ。

メジャーでは、先発投手は1試合100球を目安とし、中4日の間隔でマウンドに上がる。それに対して日本では、1試合130球を超えることもあるが、登板間隔は中6日で週1回のペース。球数少なく登板間隔が短い方がいいのか、あるいは球数が多くても登板間隔が長ければ問題ないのか。このテーマを巡る議論は尽きない。

そこで「Full-Count」では、これまで計700件以上のトミー・ジョン手術を執刀した慶友整形外科病院スポーツ医学センター長の古島弘三医師と、元阪神エースでメジャー経験も持つ藪恵壹氏のオンライン対談を実施。日米両球界の違いについて、10月10日からオンラインサロン「開講! 古島アカデミー」をスタートさせる古島医師には医学的見地から、そして自身のYouTubeチャンネルでも活躍中の藪氏には実際の経験から、このテーマについて掘り下げてもらった。

1994年に入団以来、11シーズンにわたり阪神の先発ローテを支えた藪氏は、2005年にアスレチックスへ移籍。阪神では先発として活躍したが、メジャーでは救援に転向。米移籍1年目は勝手が分からず「全試合行くものだと思って、気持ちもすごく入れてベンチに入ったので、162試合終わった途端に3日間寝込みましたよ」と笑うが、2008年にジャイアンツへ移籍した頃には余裕が生まれ、先発投手の動きも見えるようになったという。

「メジャーでは半年間で162試合するわけですが、球数制限という観点では、これを前半2か月、中盤2か月、最後の2か月で3つのスパンに分けて考えていますね。前半は100球を超えないようにリミットをかけて、中盤は前半の様子を見ながらもう少しいけそうな投手は伸ばしますし、まだ無理してしまうと故障しそうな選手はそのままキープ。そして、最後の2か月はリミットを外す。最後の方は選手も投げたいし、首脳陣も投げてほしいという思惑が一致するので、無理させて怪我をすることはほとんどありませんよね」

古島医師「アメリカはプランを考える人がいて、それを実行する環境が整っている」

1年という大枠を考えながら、段階的に1試合あたりの球数を微調整していく。それというのも、メジャーでは1シーズンあたりの球数に関する定説があるからだという。

「1シーズン3000球というのが1つの目安になっています。3000球以上投げたシーズンの翌年は統計上、成績が落ちる傾向にあるんですね。メジャーの長い歴史の中でそういうデータが出ている。こういった点では、日本はまだ遅れているんじゃないかと思います。

それに、メジャーでは中4日のうちブルペンで投球練習するのは1回だけ。でも、日本の場合、僕が阪神で投げていた90年代には、中6日のローテーションで3回はブルペンに入らされましたよ。理由は、今考えると、コーチが安心したいからだと思います(笑)。投げている本人は自分が疲弊しないように、だましだまし投げていました」

投手の起用方法について長期的なスパンで捉え、短期的なプランに落とし込むメジャー流について、古島医師は「そうやって考えることが非常に重要ですね」と話す。

「シーズンを通じて同じプランで臨み、調子が悪くなったら都度変更しようという考え方より、最初から2か月ごとの計画を立てていることが素晴らしい。アメリカ人は要領よく物事を進めることが得意で、プランを考える人がいて、それを実行する環境が整っています。日本ではスポーツの現場での環境整備が遅れていましたが、最近ではいろいろな理論を学ぶ指導者が増えてきたので、少しずつ反映されてきましたね」

医学的見地からも、より怪我をしないような取り組みがなされているというメジャー流。「長いキャリアを送る意味でも怪我をしないことは大切ですし、本来スポーツは怪我をしながらやるものではありませんから」と言う古島医師は、球数と先発ローテーションの相関を陸上競技に例えて説明する。

「1試合を400メートル走に仮定した場合、何分インターバルを空けて走ればいいのか。結構きつい400メートル走を10本連続で走る時、インターバルがなかったら2、3周でパフォーマンスは上がらなくなります。でも、ちゃんとインターバルを取れば、パフォーマンスを維持しながら走れるわけです。日本の場合、1試合あたりの球数が多いので、400メートル走ではなく800メートル走に近いかもしれません。800メートルを走って中6日空けるのと、400メートルで全力を出し尽くす前に休んで中4日で走る。

短い間隔で球数が少ないのと、球数が多いけど休みも多いというのでは、どちらがいいか判断するのは難しいかもしれません。ただ、藪さんが仰有ったように、2か月単位のプランに基づくものであれば、メジャー流の方が合理的ですよね。また、日本は間隔が長く空いても、その間に投げているのであれば、休みが多い意味はありません」

藪氏「日本の投手はいい時期が6年、メジャーは10年以上続きます」

2010年限りで引退するまで、日米そしてメキシコ球界で通算17年の現役生活を送った藪氏は、こういった日米の違いが投手のキャリアの長さに表れていると話す。

「日本で先発投手のキャリアを考えてみると、いい時期が続くのは大体6年と短いんですよね。それはやっぱり練習のしすぎであり、無駄な投球をしすぎているからだと思います。カーショー(ドジャース)、ウェインライト(カージナルス)をはじめ、メジャーの投手はいい時期が10年以上続きます。それは本当に無駄を省いて、試合を一番に考えるから。日本では体が強いと言われる楽天の則本昂大投手でも7年目にあたる昨年、故障してしまいました。やっぱり6年なんですよね」

2011年から3シーズン、阪神で投手コーチを務めた際、藪氏が選手たちに伝えたのは、できるだけ疲労を残さない「リカバリーの大切さ」だったという。それには古島医師も大きく賛同する。

「疲労が蓄積すると、筋肉のパフォーマンスは落ちてしまいます。筋肉が疲労して出力が落ちれば、筋肉を支える靱帯や骨が影響を受けることになる。疲労した状態で投げ続けると、肩肘だけではなく膝や股関節にも影響は出ます。疲労がない状態を作って、次の登板を迎えることが大事。疲労に対して耐性は生まれますが、パフォーマンスが落ちてきたところで、100パーセント出せると錯覚して投げると、そこで怪我が起きるんですね。体の疲れと脳で考えるイメージがマッチしないので。それを防ぐためにも、1試合投げたら、あるいは100球投げたら、自分は何日休めば元のパフォーマンスに戻れるのか、自分なりの物差しを作っておくことは大切だと思います」

球数と投球間隔に関する議論は尽きないが、長いキャリアを送る上では、短期的な視点を持つのではなく、長期的な視点を持ちつつ、各投手の特性を理解することが大事。プロはもちろん、高校生以下のアンダー世代でもまた故障を避けるためには、疲労を残したまま登板し続けるような練習や登板スケジュールは避けるべきと言えそうだ。

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(Full-Count編集部)

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