グザヴィエ・ドラン監督・主演!“なりゆきのキス”から恋と現実にもがく青年を描く『マティアス&マキシム』

『マティアス&マキシム』© 2019 9375-5809 QUÉBEC INC a subsidiary of SONS OF MANUAL

グザヴィエ・ドラン監督&主演! 友人たちと作り上げた親密な最新作

2020年3月に『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』(2018年)が日本公開されたばかりのグザヴィエ・ドラン監督から、はやくも新作が届けられた。初の英語作品でハリウッドスターも多数出演していた前作から一転、『マティアス&マキシム』はもっとこぢんまりとした、しかしそれ故により生々しく親密な空気が封じ込められた作品だ。

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舞台はドランにとってホームであるカナダのケベック州に戻り、フランス語でしゃべる出演者たちは、多くがドランの古くからの友人なのだそう。ドランが『トム・アット・ザ・ファーム』(2013年)以来で監督・主演を兼ね、その母親役を彼の過去作品(『Mommy/マミー』[2014年]ほか)でおなじみのアンヌ・ドルヴァルが演じている。

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長い付き合いの青年たちが“成り行きのキス”をきっかけにお互いを強く意識しはじめ……

バーで働き、薬物中毒の後遺症に苦しむ生活能力の無い母親の面倒をみながら貧しい生活を送るマックスことマキシム(ドラン)は、母の世話を叔母に託してオーストラリアに旅立とうとしている。一方、マティアス(ガブリエル・ダルメイダ・フレイタス)は、法律事務所勤務の有望株で、女性の恋人がいる。マックスとマティアスは昔からの仲間たちでつるみ、家族ぐるみの付き合いをしているのだが、30歳を目前にしてそれぞれの道に進もうとしているところなのだ。

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マックスの出発が12日後に迫った週末、美しい自然に囲まれた裕福な友人の家に招かれたふたりは、成り行きで友人の妹が学校の課題として制作している映画に出演するはめになる。自信満々な現代っ子の少女にカメラの前でキスするよう求められ、しぶしぶ従うふたりだったが、それをきっかけにお互いへの感情を強く意識しはじめる。旅立ちまで2週間足らず、ふたりはなんとも言い難い感情を抱えて不器用にぶつかりあうのだった。

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ドランは2018年の<ハリウッド・リポーター>のインタビューで、この作品について「自分はこれまで子どもや若者について書いてきたけれど、『ある少年の告白』(2018年)『君の名前で僕を呼んで』(2017年)『ゴッズ・オウン・カントリー』(2017年)などの作品を前にして、少年でなく大人の視点からホモセクシュアリティを語ってみたくなった。自分の世代と友人たちや友情についても」と述べている。ここに挙げられた3作品は2~3年前のものだから、商業映画の世界の基準ではきわめてフットワークが軽くスピード感があると言えるだろう。

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ミレニアル世代が生きる苛烈な現実、根強く残る「あるべき男らしさ/女らしさ」の呪縛と異性愛規範

この映画は、幼なじみのふたりの友情がそれまでとは違った領域に入り込むにあたって「いつもの仲間」のあいだに緊張が生じる様にも注目する。新たなロマンスの可能性は、男たちでわいわい騒ぐ愉快なボーイズ・クラブのバランスを崩してしまう危険をはらんでいるのだ。そんな人間関係の変化が浮かび上がる、さまざまな登場人物たちがそれぞれに動くパーティの場面には、映画らしい見応えがあった。パーティの賑わいをひとり離れた主人公が向かうのは、ハリウッドの青春映画だとプールになりがちだけれど、ここでは静かな森の湖なのだ(東京のせせこましい環境で暮らしている身としてはうらやましい限り)。

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筆者は生まれ育った土地と家族を離れて海外に何年か住んだ経験があるので、マックスが必要な書類を揃えようと苦心したり荷造りをしたりする姿にいろいろと過去の記憶が蘇り、彼に肩入れせずにはいられなかった。したがって彼に冷たい仕打ちをするマティアスへの反感にもおのずと拍車がかかる。友達どうしで「マティアスなんなのあいつ? マックスが可哀想!」とかわいわい話すのは楽しいだろうな、と思えるあたり、「リリカル&センシティヴ系少女漫画の奇才の最新刊!」という趣きだ。

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かつてジェネレーションXとか団塊ジュニアとか呼ばれた世代の筆者としては、現在31歳のドランを含むミレニアル世代以下の人たちは、だいたい若いうちからすごくしっかりしていて進歩的で賢いな、と思う。しかし、それは彼らがそうならざるを得ない(ぼんやりしていることがあまり許されない)苛烈な現実を生きているからでもあって、単純にうらやましがったり勝手に期待を寄せたりすることは許されないだろう。

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さまざまなセクシュアル・マイノリティの存在が以前よりもあたりまえに可視化されるようになった一方で、「あるべき男らしさ/女らしさ」の呪縛と異性愛規範はまだまだ根強い。格差は広がり、困窮状態にある人のケアに関して家族が大きな負担を負い、貧困が人を苦しめる。この映画にはそんな現代の厳しい社会状況と、そこに時折訪れる美しい瞬間が捉えられている。また、大人として社会的責任を負いながら、柔らかい心で傷ついたり恋にじたばたしたりする主人公たちの姿には、かつて村上春樹が提唱したという「30歳成人説」が思い出されもした。

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文:野中モモ

『マティアス&マキシム』は2020年9月25日(金)公開

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