「サッカーコラム」FC東京に勝利もたらした三田啓貴の「大うそ」 スポーツの世界は日常生活とはまるで違う

FC東京―仙台 前半、先制ゴールを決め駆けだすFC東京・三田(右)=味スタ

 試合後に敗戦した仙台のキャプテン、マテがレフェリーに詰め寄っていた。気持ちはよく分かる。試合で生まれた唯一のゴールが、「白」と「黒」どちらにも取れる微妙な判定をきっかけに決まったのだから。失点した側からすれば文句の一つも言いたくなるだろう。

 一方、攻撃を仕掛けた側の気持ちは逆。うまくいけばもうけもので、反則と判断されリスタートがやり直しになっていたとしても、心に受けるダメージは皆無だったはずだ。

 酷暑と表現するのがぴったりくるほど厳しい暑さに見舞われたこの夏がうそのように、すっかり秋めいた9月20日。J1第17節のFC東京対仙台は決勝点によって両チームの明暗が分かれた。そして、この決勝点はかなり興味深い展開から生まれた。

 目にも止まらない早さでプレーが流れたのは前半13分だ。自陣でボールを奪ったFC東京は、三田啓貴がセンターサークル左横にいたアダイウトンに縦パスを入れる。くさびを受けたアダイウトンを背後からマークに入った仙台のDFマテが押しつぶしてしまった。もちろんファウルだ。

 縦パスを出したと同時に、パス・アンド・ゴーの基本通り走り出た三田。その前方にこぼれたボールがある。瞬間、三田の脳裏にひらめいたのは、素早いリスタートだった。本来ならばセットし直す場面だ。しかし、ボールは「静止している」と捉えられる状態にあった。

 味方も三田の意図を感じ取った。FKのポイントに歩み寄っていた田川亨介がいきなり方向転換してパスを受けるために前方へと走りだした。そこにボールまでダッシュした三田からの縦パスが入った。

 ファウルでプレーを止めた仙台側からすれば、完全に意表を突かれる形となった。DF平岡康裕が急ぎカバーに入った。だが、田川が並走する三田に横パスを出したことで完全に置き去りにされた。仙台のDFたちも必死に戻るが、ゴール前へと通じる三田の前方は遮るもののない花道だった。

 「右に(中村)帆高が見えたのでパスの選択肢もあったんですけど、相手の寄せてくる具合も見て振り抜けると思って、コースをしっかりと狙いました」

 それにしても、シュートは技術的に高いものだった。田川からパスを受けてドリブルで2タッチ。3タッチ目で左足シュートを放った。ゴール正面中央に入った関係で、サイドネットを狙うコースしか空いていなかった。

 相手GKはポーランド代表歴もあるスウォビィク。それでも、三田は左足インステップで打ち抜いてみせた。キックの瞬間、「ドン」という鈍い音を響かせたシュートは低い弾道でゴール右に決まった。

 FKのアイデアからドリブルのコース取り、そしてシュート。そのすべてが三田の脳裏に浮かんだイメージ通りのプレーだったのではないだろうか。さらに、この日は守備面でも素晴らしい貢献をした。長谷川健太監督も「今日は三田が気持ちを出してプレーしてくれた」と大きな賛辞を贈っていた。

 それにしても、痛快なフェイクだった。社会生活でうそをつけば人間性を疑われる。ただ、うそつきが大手を振ってまかり通る世界がある。それがスポーツの世界だ。その意味でこの日の三田は「大うそつき」だった。サッカーでは相手をだますことができればヒーローになれる。

 仙台からすれば、不満が残るだろう。例えば、このファウルがゴール近くで起きて、ボールを手や足で止める動作をせずにクイックでのリスタートをしたらどうだっただろう。レフェリーは高い確率でやり直しを命じるに違いない。

 ファウルの場所はセンターサークル付近。しかも、FC東京の陣地内だ。ボールが静止状態ではないと分かっていても流すだろう。レフェリーもまさか三田のFKが漫画で描かれるようなカウンターになるとは思わなかったのではないだろうか。

 とはいえ、仙台の守備が正当化されるわけではない。キャプテンが試合後に抗議をしたところで、一度出された判定は変わらない。厳しい言い方をすれば、油断があった。

 それは後半39分の守備でも見られた。同じくFC東京陣内で犯したファウルからアルトゥールシルバの素早いFKに対応できず、レアンドロに決定的なシュートを許した。この時もシュートを打たれたが、GKスウォビィクの好セーブで失点を免れた。

 当たり前のことだが、プロならば同じミスを繰り返してはいけない。選手自身がミスを受けて修正する能力を備えていなければ、プロとしての価値は落ちるといわれても仕方がない。

 FC東京が1―0で勝利を収め3位をキープした一戦。しかし、仙台にチャンスがなかったわけではない。前半36分に関口訓充が右ポストを直撃する見事なボレーシュートを放った。さらに、後半41分には巧みな反転から道渕諒平がシュートを打った。このように得点になってもおかしくない好機はあった。それが入らないのはなぜなのか。

 データには表れない違い。強いチームとそうでないチームの間にはそんな物がおそらくあるのだろう。サッカーの勝敗を分けるのは、守備では「半歩の寄せ」、攻撃では「相手より一歩先に出る判断や集中力」…。そんなわずかな意識の違いによって変わってくるような気がする。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

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