NHK原爆ツイートが「差別扇動」と炎上 朝鮮人巡る投稿、問題の根本は

 NHK広島放送局が原爆被害を伝えるため始めたツイッター「1945ひろしまタイムライン」の投稿の一部が物議を醸している。広島への原爆投下直後に起きた出来事として「戦勝国となった朝鮮人の群衆」が「怒鳴りながら超満員の列車の窓という窓をたたき割っていく」などと記したツイートが「在日コリアンへの差別をあおっている」と炎上した。

 NHKの前田晃伸会長は記者会見で「公共メディアとしてはあってはならないこと」との見解を示したが、投稿の経緯や意図はいまだ明らかになっておらず、投稿を削除もしていない。このツイート、問題の根本はどこにあるのか。(共同通信=池田絵美、野口英里子、角南圭祐)

NHK広島放送局前で抗議する人=8月

 ▽もし75年前に

 ツイッターは「もし75年前にSNS(会員制交流サイト)があったら」という設定で3月に始まった。原爆投下前後に書かれた被爆者の実際の日記などを基に、その日の出来事や思いを連日投稿し、新しい試みだと評判を呼んでいた。

 問題となったのは、当時中学1年の少年「シュン」として発信した6月16日と8月20日の文章。6月は「朝鮮人の奴(やつ)らは『この戦争はすぐに終わるヨ』『日本は負けるヨ』と平気で言い放つ」、8月は「大阪駅で戦勝国となった朝鮮人の群衆が列車に乗り込んでくる!」「戦勝国民の一団は乗客を窓から放り投げた」などとツイートした。

NHK広島放送局が運営する「ひろしまタイムライン」のツイート

 ▽被爆者や歴代市長が批判

 これらの投稿には「横柄な民族なんて自然淘汰されれば良い」などの差別コメントが相次いで書き込まれている。元の投稿の削除を求めるカナダの平和団体「ピース・フィロソフィー・センター」のブログには、被爆者のサーロー節子さんや平岡敬元広島市長、秋葉忠利前市長らが賛同者として名を連ねる。賛同者は現在200人以上で、日々増えている。

NHK広島放送局前で抗議する人たち=8月

 8月下旬には、広島市のNHK前で市民有志による抗議行動が2回あった。また、在日本大韓民国民団(民団)中央本部人権擁護委員会などは9月23日、「投稿は民族差別を扇動する」として、広島法務局に人権救済を申し立てた。

 申立書は「朝鮮人の群衆」が「乗客を窓から放り投げた」などのツイートは「朝鮮人の不当性を際立たせる叙述で、背景事情の注釈もない」として、人種差別撤廃条約とヘイトスピーチ解消法に違反していると指摘。NHKが経緯や再発防止策を明確に説明していないことにも触れ、法務局に調査とNHKへの勧告を要請した。

 広島法務局人権擁護部の担当者との面談後、民団の李根茁(イ・クンチュル)人権擁護委員長は「NHKの対応は不誠実で、投稿は削除されるべきだ」と強調。民団広島県地方本部の李英俊(イ・ヨンジュン)団長は「SNSを安易に使ったのは残念。現場がしっかり検証しなければまた同じことが起きる」と憤った。

広島法務局に人権救済の申立書を手渡す在日本大韓民国民団広島県地方本部の李英俊団長(左から2番目)と民団人権擁護委員会の代表ら(右3人)=9月23日午前、広島市

 ▽手記を基に創作

 NHKの前田会長は9月10日の定例会見で「リスクチェックが甘かったことに尽きる。(本来業務の)放送では比較的できているが、SNSでは甘かったのではないか」と釈明。NHK広島放送局の担当者によると、再発防止のため、投稿前に複数の管理職がチェックするほか、必要に応じて注釈や出典を明らかにするなどの対策を実行しているという。

 NHK広島はなぜこうした投稿をしたのか。同局のホームページなどによると、シュンのモデルとなったのは、広島市に住む被爆者の男性(88)。投稿は日記などを基に、広島の高校生ら10代を中心とする数人が創作している。

 同局がツイッターと併せて運営するブログには、投稿の基となった日記原文が掲載されているが、6月16日の日記にはツイートに対応する内容はなく、8月20日は日記そのものが書かれていない。

 一方、男性が2009年に出した手記を見てみると「泥まみれの工事現場で彼ら朝鮮人たちは、平気で言い放っておりました。『この戦争はすぐに終わるヨ』『日本は負けるヨ』」「第三国人の一団が、超満員の鈍行列車に割り込んで来た」など、それぞれ類似の記述があった。

 「第三国人」は終戦後に広く使われていたが、朝鮮、中国人を指した侮辱表現だ。2000年4月に当時の石原慎太郎東京都知事が自衛隊駐屯地での式典で「不法入国した多くの三国人、外国人が」と発言し、国内外から批判を浴びたこともある。

 同局の広報担当者は「シュンのモデルとなった男性の日記や後年の手記、取材を基に考え、日本史の専門家らのチェックを経て発信している」と説明。「関係者への個人攻撃を避けるため、投稿経緯をつまびらかにするのは難しい」と話した。

 男性は取材に「NHKからは『日記を基に投稿を作る』と聞いていて、手記まで使うとは許可していない。NHKに抗議した」と話した。また、第三国人という言葉を使ったことに差別の意図はなかったとも釈明した。ただ、意図がなくても結果的に差別の効果が生じている。男性は「NHKは投稿すべきでない内容を投稿してしまった。削除するのが当然だ」とも述べた。 同局の広報担当者は「男性が差別意識を持っている方とは思っていない。当時の意識で書かれたものを現代風に手直しした」と答えた。

 ▽虚実ない交ぜ

 識者からもさまざまな批判が上がっている。

 作家の中沢けいさんは「そもそも、投稿に描かれた出来事が本当に75年前に起こったことなのか分からない」と事実関係に疑問を呈する。「投稿は近年の韓国・朝鮮人に対するヘイトスピーチの表現と似ており、現代の差別意識がツイートを制作する過程で入り込んだ可能性もある」と分析。「虚実ない交ぜの話を報道機関が発信し、事実として広がり、差別の温床になった。企画そのものを中止すべきだ」と訴えた。

 ヘイトスピーチ問題に詳しい師岡康子弁護士は、NHKが時代背景の注釈などを一切付けずにツイートした点を問題視する。「誰が、どのような意図で、何を伝えるためにツイートしたのか。今後同じ過ちを起こさないためにも、NHKは具体的な経緯を検証して原因を解明し、公にする責任がある」と話した。

 ネットに詳しいジャーナリストの津田大介氏は「戦後75年がたって戦争体験者が少なくなっている中で、記憶をどう伝えるかという課題はあり、ネットを使おうというアイデアは良かったと思う」と理解を示した上で「文脈が寸断され、意図と違うものになりやすいツイッターの特性に対し、NHKの配慮が足りなかった」と指摘する。

 「ツイッターは投稿にいかなるコメントが付いても投稿者には管理権がなく、それらを削除することはできない。結果、現在も差別的なコメントが野放しになっている。投稿を削除する・しないにかかわらず、きちんと謝罪し、説明を尽くすべきだ」

 広島市では今後も問題を考える集会などが予定されており、問題は収束しそうにない。

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