菅政権は習主席を国賓で迎えてはならない|湯浅博 日本が習近平主席の天皇陛下との会見に道を開けば、香港弾圧や軍事力による周辺国への恫喝を認めてしまうことになる。まして、習主席から天皇ご訪中を要請されれば、1989年の天安門事件後、天皇ご訪中により西側の経済制裁に風穴を開けてしまった悪夢の再来だ。

やるべきことが山積する菅義偉新首相が、逆にやるべきでないのは中国の習近平国家主席を国賓待遇で迎えることである。中国包囲網の影にいら立つ中国は、お人好しとおぼしき国家を突破口に、米国の同盟国を一つずつはがしにかかる。米欧関係にくさびを打ち込むことを試みるとともに、訪日圧力で日米同盟を弱体化させようとする。米国の中国封じ込めを失敗に終わらせるには、日本を引き込むことが最も効果的でインパクトがあるからだ。

「天皇ご訪中」の悪夢

本来なら今年の「桜が咲くころ」に、国賓として来日するところだったが、武漢ウイルスの感染拡大によって頓挫した。手練だれの安倍晋三前首相が退陣して、外交実績のない菅首相の誕生は、中国の目に好機到来と映るだろう。記者会見で語った菅氏の対中政策が、南シナ海、尖閣諸島、香港問題につき「一つひとつ懸案を解決していく」では甘く見られる。この夏に亡くなった台湾の李登輝元総統に言わせると、あちらは数千年来の宮廷政治と同じで、ウソをつき、のらりくらりと身をかわす術にたけている。

日本が習主席の天皇陛下との会見に道を開けば、香港弾圧や軍事力による周辺国への恫喝(どうかつ)を認めてしまうことになる。まして、習主席から天皇ご訪中を要請されれば、1989年の天安門事件後、天皇ご訪中により西側の経済制裁に風穴を開けてしまった悪夢の再来だ。

中国はすでに、次善のターゲットとして韓国の文在寅政権を籠絡(ろうらく)している。外交トップの楊潔篪党政治局員が8月22日に韓国の徐薫・国家安全保障室長と会談して、感染症が落ち着き次第、習主席が訪韓することで合意した。文政権は北朝鮮との対話路線が挫折し、在韓米軍駐留経費問題ではトランプ米政権との関係が危うい。しかも、相変わらず中国経済への依存度が高い。それを北京に利用されている。

中国はさらに、欧州連合(EU)内で反中国のコンセンサスが生まれるのを阻止すべく、王毅外相らが外交攻勢をかけた。しかし、「一帯一路」への参加を誓約しているイタリアにまで香港問題を批判され、フランスからは第5世代移動通信システム(5G)について、中国より欧州の通信業者との契約が望ましいと突き放された。中国流の資金力と恫喝の組み合わせ外交では、人権重視の欧州には通用しそうにない。

アジア新秩序の拒否で腹くくれ

米国はすでに反中へとシフトしており、中国の描くアジア新秩序を阻止する戦略的競争に舵を切った。今後、米国は日本に防衛費増加や米国が開発中の中距離ミサイルの国内配備を求め、中国に供給する主要技術の制限強化を伝えてこよう。日本はもはや、安保は米国との同盟、経済問題では中立という都合のよい路線では立ち行かない。菅政権が10月に、日米豪印4カ国の外相会議を日本で開催する意向であることは評価できる。中国による問答無用の領土拡張主義には、これを断固阻止する決意と行動と結束を示さなければならない。菅政権は腹をくくるときを迎えた。(2020.09.23 国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)

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