連載「ことばは国境を越えて」 第3回:ジャガイモと1杯の紅茶(3)

(3)食べ物のないランチタイム

イエメンには過去4度派遣された © MSF

イエメンには過去4度派遣された © MSF

国境なき医師団(MSF)の手術室看護師として多くの活動地への派遣経験を持つ白川優子が、活動地の人びととの触れ合いから得た思いをつづった連載コラム※を、抜粋してご紹介します。

2016年後半、半年ぶりに紛争地のイエメンに足を踏み入れた白川。仲間たちとの再会を喜ぶ一方、イエメンの人びとが「食料不足」に直面していたことを目の当たりにしました。

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食料不足は、国内避難民だけの問題ではなかった。気づけば、手術室スタッフとの、あのランチタイムはもうなかった。昼どきになっても彼らは、休憩所で食べ物もなく時間を潰していた。こんなこともあった。ランチ休憩をしてくると言って病院を出た看護師が、戻ってきてから動きが鈍く、どうしたのかと聞くと、疲れて動けないと言うのだ。「ランチを食べてきたばかりじゃない」というと、「誰かにお金を借りて昼食を買うつもりだったけど、誰からも借りることができなかった」と彼は言った。病院からの給料も数カ月前からストップしているようだった。マーケットでも、食料がもう出回っていないようだった。
ある日、1人のスタッフがみんなで食べようと言って、ビニール袋入りの茹でたジャガイモを持ってきた。どうやらマーケットで見つけてきたようだった。そして、空き缶に入れられた1杯の甘い紅茶を回し飲みしながら、休憩の間にそのジャガイモを囲んだ。5個くらいのジャガイモは、その日出勤していた8人の手があちこちから伸びてきて、あっというまになくなってしまった。気が引けて、手を出すふりをしながら少量しか口に入れない私に、イエメン人たちはやはり「もっと食べて」と言ってきた。

茹でたジャガイモと1杯の紅茶をみんなで囲む姿を、私はスマートフォンの写真に収めていた。たとえ少ない食料でもみんなに分け与えるイエメン人の温かさを、写真という形にして保存しておきたかったのだが、後から1人のスタッフに呼び止められた。彼はこう言った。

「その写真、日本のみんなに見せないでね」
イエメンで、あんなものしかYUKOにふるまえなかったなんて、日本の人に思われるのが恥ずかしいんだ、と。私は、彼らのプライドを傷つけてしまっただろうか、と、とても恥じた。

塩辛いスパイスをつけて食べるそのジャガイモがとても美味しかったので、ときどきマーケットで買ってきてもらって、みんなで食べる時間を作った。お金は私や別の海外派遣スタッフが出した。このジャガイモが、1日のうちで彼らにとって唯一の食事なのかもしれなかった。ほとんどが既婚で、妻や子どもを食べさせなくてはならない一家の主だった。自分を犠牲にしていたとしても不思議ではない。

イエメンに広がる飢餓

私は数々の紛争地で、暴力に巻き込まれ怪我をして運ばれてくる市民をたくさん見てきたが、戦争で苦しめられているのは無事に生き残っている人びとも同じだ。戦争は人間の暮らしの中のたくさんのものを蝕んでいく。
イエメンでも、かつてはみんなでパンやチキン、カレーなどを囲んでいた。それがたったの半年後に、やっと手に入れたジャガイモと1杯の紅茶になった。
イエメン人について何か聞かれることがあれば、「おもてなしを大事にする心の豊かな人たち」と、私は迷わずに答える。その彼らが、私にジャガイモしかふるまえなかったことを、日本のみんなに知られるのが恥ずかしいと言った。この思いこそ、私は敢えてここで伝えたい。戦争というものが、そこに生きる人びとの生命から尊厳に至るまで、どういう形で脅かすのか。誰かこの実態をニュースにしてくれないだろうか。

みんなで分け合ったジャガイモと1杯の紅茶。イエメンは2020年現在も内戦が続いている © MSF

みんなで分け合ったジャガイモと1杯の紅茶。イエメンは2020年現在も内戦が続いている © MSF

食は命に直結する基本的な行為だ。人と人をつなぐツールにもなる。おもてなしに使われ、愛の証にもなり、そこから交流も生まれる。イエメンの人たちは、とりわけ食を大切にして、おもてなしを喜びとしてきた。それなのに、食事を人にふるまうどころか、自分たちの生命を維持することすらできないほどに飢餓で苦しむ現実が、彼らに重くのしかかっている。

「その写真、日本のみんなに見せないでね」
茹でたジャガイモと、みんなで飲みまわす空き缶に入れられた1杯の紅茶。
こんなはずじゃないんだ。
本当はちゃんともてなしてあげたかったんだ。
その写真を見るたびに彼らからの「ごめんね」が聞こえてくる。
(第3回『ジャガイモと1杯の紅茶』 完)

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※このコラムは「情報・知識&オピニオン imidas」で連載中の「『国境なき医師団』看護師が出会った人々~Messages sans Frontieresことばは国境を越えて」を改題・再編集したものです。
原文はこちらから⇒「第7回 ジャガイモと1杯の紅茶

目次  連載「ことばは国境を越えて」(看護師・白川優子)

第1回:紛争地からの"ひとりごと"

第2回:シーツに込められたメッセージ

第3回:ジャガイモと1杯の紅茶

© 特定非営利活動法人国境なき医師団日本