東京・新橋に戦後の闇市をルーツとする2つのビル、ニュー新橋ビルと新橋駅前ビルがある。どちらも、間口の狭い飲食店や、金券ショップ、マッサージ店、風俗店など雑多な業態がひしめき、昭和の香りを色濃く残した独特の雰囲気を醸し出している。2つのビルを取り巻く人間模様をライターの村岡俊也さんが取材、「新橋パラダイス」として出版した。(共同通信=中村彰)
2つのビルに出入りするのは、周辺のオフィスで働くサラリーマンはもちろん、怪しげなブローカーらしき人、純喫茶巡りの若い女性などバラエティーに富んでいる。「いろいろな人が当たり前にいて、みんな好き勝手にやっていて、お互いに気にしてないのがすごくいい」と村岡さん。「昔はどの街にもあった包容力、キャパシティーの広さが新橋らしさ」と、街の魅力を語る。
昔ながらの純喫茶やジューススタンド、理髪店、不動産店、ゲームセンター、医院に麻雀荘などのほか、フラメンコ教室といった意外な業種がひっそりと営まれている。「香港の(有名な雑居ビルの)重慶大厦(チョンキンマンション)や(巨大な迷宮として知られた)九竜城につながるにおい、アジアの街で感じた面白さに近いものがある」と、魅力を話す。「あまりに当たり前にあるけど『最後の秘境』なんです」
いつも行列の絶えない洋食の「むさしや」「ポンヌフ」、純喫茶の「パーラーキムラヤ」「喫茶フジ」、「ビーフン東」や稲庭うどんの「七蔵」など、固定客をがっちりとつかんだ名店は枚挙にいとまがない。
その中で異彩を放つのがニュー新橋ビル2階の中国系マッサージ街だ。1店が成功すると、繁盛ぶりを聞きつけた同胞が次々に開店。2003年ごろに本格的に広がったという。
JR新橋駅周辺では再開発の動きがじわじわと進んでいる。村岡さんは「こんな面白いところ、『残してほしい』と一言だけ言わせてほしい」と話しつつも、「仕方がない」とも感じている。「客観的な目線で記録に残すことができた。『いい街だったね』と思ってもらえたら」というのが、書き終えた今の思いだ。
「新橋パラダイス」は文芸春秋刊、1760円。