テクノに大胆アプローチ! 宅録アルバム「マッカートニーⅡ」のブッ飛んだ魅力 1980年 5月16日 ポール・マッカートニーのアルバム「マッカートニーⅡ」が英国でリリースされた日

テクノに振り切ったポール・マッカートニーのブッ飛んだシングル

お聴きになったことの無い方はぜひ一度、だまされたと思って、下にあるYouTubeのリンクから聴いてみて頂きたい。

40年前の1980年9月15日にシングルカットされたポール・マッカートニーの「テンポラリー・セクレタリー」は、ポール史上最もブッ飛んだシングルである。

同年5月にリリースされたポールのアルバム『マッカートニーⅡ』から3枚めのシングル。イギリスだけで12インチでリリースされたが、25,000枚限定だったこともありチャートインは逃している。

宅録で全ての楽器をポール一人で演奏し、テクノへの大胆なアプローチを見せた『マッカートニーⅡ』の、先行シングルとなった「カミング・アップ」に続く2曲めにこの曲は収められている。初めて聴いた時僕は、シーケンサーを前面に出したイントロにのけぞった。歌に入っても抑揚の無い無機質なヴォーカルが続く。アルバムの中でも一番テクノに振り切った曲にファンの間でも賛否両論が渦巻いた。

ロック評論家を黙らせる起爆力「テンポラリー・セクレタリー」

しかしこの曲は時の流れに流されることは無かった。2004年にはレディオ・スレイヴによるリミックスがクラヴフロアを賑わせる。そして2015年5月23日、ロンドンのO2アリーナで、ポールは発表から35年越しで初めて、この曲をライヴで歌ったのである。

実は僕も幸いにしてこの会場にいたので、“歴史的な瞬間” に立ち会うことが出来た。「君たちへのサプライズだ。一度も演奏したことが無い。今晩が正真正銘初めてだ」というMCの直後にシーケンサーが流れてきた時、冗談ではないかと真面目に思った。でも冗談ではなかった。個人的には大いに興奮したが、場内は静まり返っていた。

この公演の直前にポールは日本と韓国でツアーを行っている。マニアックな日本のファンの前で初披露すればよいのにと思ったのだが、2年後の2017年春、日本公演で歌った時も、場内の空気はロンドンと変わり無かった。

「テンポラリー・セクレタリー」は、2013年にアメリカ『ローリングストーン』誌でポールのソロ曲の36位に選ばれ、翌2014年にはイギリス『ニュー・ミュージカル・エクスプレス(NME)』誌で全時代のグレイテスト・ソングの167位にランクしている。この様な高評価もライヴで選曲された理由だったかもしれない。

「ポールはロックじゃない」とそのポップ性に眉をひそめるロック評論家の逆張りの過大評価であり、ポールには他にも名曲が山の様にあるとは思うが、ともあれそんなロック評論家を黙らせる程の起爆力がこの曲にはあった。70代になって尚、場内をしーんとさせてしまうポールのツッパリ精神、個人的には嫌いではない。

あの “TLC” にも影響を与えた「ウォーターフォールズ」

「テンポラリー・セクレタリー」がアメリカでシングルカットされなかったのは、その前にアルバムから2枚めのシングルとしてリリースされた「ウォーターフォールズ」に理由があるかもしれない。イギリスでは6月13日にリリースされ最高9位をマークしているのだが、アメリカでは7月22日にリリースされ最高106位。トップ100入りを逃してしまった。

この曲は『マッカートニーⅡ』で唯一、スタジオにおいてではなく事前に作られていた曲であった。メロディの美しいバラードの佳作で、ポール自身もシンセの安っぽいストリングスではなく音を作り込めばさらにヒットしたのではないかと述懐している。この前に大ヒットした「カミング・アップ」が、イギリスで宅録ヴァージョンだったのに対しアメリカではライヴヴァージョンだったことも、続くこの曲への印象を異なるものにしたかもしれない。

しかし「ウォーターフォールズ」は思わぬ形で全米No.1に到達する。1995年にTLCの同名の曲がBillboardで7週連続1位の大ヒットになったのだ。そのサビの歌詞にこんな部分がある。

 Don’t go chasing waterfalls
 Please stick to the rivers and the lakes
 that you’re used to

一方、ポールの曲の冒頭は以下の歌詞

 Don’t go jumping waterfalls
 Please keep it to the lake

 滝に入らないで(追いかけないで)
 (川や)湖に留まって

これ以外の歌詞も異なるし、メロディも異なるが、インスピレーションを与えたのは明らかであり、ポールも目くじらこそ立てていないが、「ちょっと…」という気持ちだそう。ともあれ悪い気はしなかったに違いない。

日本人としては見逃すわけにいかないアルバム曲「Frozen Jap」

以上で別稿『ポール・マッカートニーのテクノポップ、YMOとジョン・レノンを動かした問題作』と合わせて『マッカートニーⅡ』のシングル全3曲に触れることが出来たが、日本人としては見逃すわけにいかないもう1曲がある。アルバム8曲め(B面3曲め)に収められているインスト「フローズン・ジャパニーズ」である。この曲の原題はなんと「Frozen Jap」なのだ。

ここまで触れなかったが40年前の1980年1月16日、ポールは大麻所持で日本で逮捕されている。『マッカートニーⅡ』がリリースされたのはその4か月後。よって日本盤だけは原題もきちんと「Frozen Japanese」に修正されていたのである。この配慮は1993年のリマスター盤で “Jap” となるまで続いた。

タイトルを直訳すると「冷たい日本人」なのだが、ポールによると曲を作ってから雪を被った富士山のイメージが浮かび、そこからこのタイトルになったとのこと。「雪景色の日本」くらいの意訳か。しかも曲もタイトルも逮捕前の1979年に完成していて、逮捕の影響は全く無いのである。

と言われても穏やかではないタイトルだが、曲を聴いても感じられるのは日本よりもむしろ中国だったりする。なんともはや。

『マッカートニーⅡ』は宅録の元祖たる風格も見せつつ、テクノにも果敢にチャレンジした、即興的な部分も多々あるお茶目なアルバムだ。そしてこのアルバムは、ジョン・レノン存命時のポール最後のアルバムとなった。

この原稿を書いている最中、ポールが『マッカートニーⅢ』をこの冬にリリースするという噂を耳にした。コロナ禍だからあり得ない話ではないが真偽の程はどうなのだろう。

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カタリベ: 宮木宣嗣

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