肘に負担がかかる球種は? TJ手術の権威と元MLB右腕で一致した意見とメカニズムとは…

トミー・ジョン手術の権威・古島医師と対談、藪恵壹氏が明かす「ピキってきた」時とは…

野球界では、肘を故障する選手が後を絶たない。靭帯損傷のような大怪我であっても、近年は肘内側側副靱帯再建手術(通称トミー・ジョン手術)を受けて復帰するプレーヤーは多い。とはいえ、育成年代で選手生命を絶たれるような例も少なくないだけに、怪我をどのように予防するかは常に重要なテーマとなっている。

負傷には必ず原因がある。では、特に投手が悩まされることが多い肘の故障を防ぐ手立てはあるのか。日米で違いがあるとされる球数や登板間隔に加えて、度々議論を呼ぶのが、球種による負担の違いだ。フォークやスプリットについては、肘にかかる負担が大きいと主張する声が以前からある一方、しっかりとボールを指にかけて投げるフォーシーム(直球)を多く投げることで、より前腕部などへの疲労を感じると語る投手もいる。

ただ、これまで計700件以上のトミー・ジョン手術を執刀した慶友整形外科病院スポーツ医学センター長の古島弘三医師と、元阪神エースでメジャー経験も持つ藪恵壹氏のオンライン対談で、「負担が大きい」と意見が一致したのは、これらとは違う球種。両者は「スライダー」の多投に警鐘を鳴らしているのだ。

日米通算379試合登板(245先発)を誇る藪氏は、自身の体験を基に明かす。

「野村(克也)さんが(監督として)来た3年目、2001年かな。オープン戦中ですので3月ですね。開幕直前にスライダーを投げた時にピキってきたんですよ。この1球(で痛めた)っていうのがあって、痛いなって思いながら、そこから3球くらい投げちゃったんです。投げられるには投げられたんですけど、ボールに指をクッと掛ける時に痛みがきました。多分、靱帯が何割か切れていたんだと思います。ひと晩だけ、すごく疼いて眠れない日があったんですけど、そういう時は痛み止めを飲んで、寝ました(笑)。多分、あれは(靭帯が)2割くらいはピリッといっていたと思います」

「トミー・ジョンするような子たちは、スライダーをいっぱい投げています」

日本でもトミー・ジョン手術が一般的となってきた近年であれば、即手術という判断になっていたかもしれない。実際に、当時も手術対象の負傷と診断した医師はいたという。ただ、結局、藪氏はメスを入れることなく現役生活を続けた。

「ドクターによっては、これはオペ(手術)対象だよっていう先生もいましたから。結局、5か所くらい病院に行って、そうこうしているうちに3か月くらい経って、痛みが取れてきた。それで一応、保存療法というか、オペをせずに続けました。多分、あの時はちょっとは靭帯が切れていたと思います」

スライダーを投げたときに負傷した可能性があるという藪氏の実体験に、古島医師もうなずく。

「スライダーを多投する人、高校生でも多投する人は、ちょっと先が持たない人が多いですね。やっぱり、うちの病院(慶友整形外科病院)でトミー・ジョン手術をするような子たちは、スライダーをいっぱい投げていますね」

藪氏がスライダーを投じる際に故障の原因になる可能性があると感じていたのは、腕を「捻る」動きだという。スライダーを投げようとすると、腕を外側に回す形になるが、古島医師はこの動きにこそリスクがあると指摘する。

「人間がボールを投げる時に腕は必ず回内する(内に回る)んですね。だけど、スライダーで回外する(外に回る)と、前腕の屈筋(腕を曲げる時に使用される筋肉)が縮みます。だけど、回内するはずが回外することになるので、屈筋が引っ張られることになる。縮もうとしている筋肉に対して、逆の方向に引っ張られる動きになるので疲労が早いんです。それでパフォーマンスや筋肉の出力が落ちてくる。そうなると、屈筋は肘の内側を守る筋肉なので、もう直に靱帯に負担が掛かりやすい状態になってしまいます」

投手が試合中に前腕部に張りや疲労を感じて緊急降板し、その後、靭帯損傷が明らかになって手術に至るというケースは少なくない。まさに、屈筋に異常が発生し、靭帯に負担が掛かっている状態と言える。

「多分そこです、僕がやったのは。靱帯の付着部だっていう先生がいたり、屈筋腱の付着部だっていう先生もいました。『これはオペやった方がいいよ』っていう先生もいましたね。結局、病院には5か所くらい行きましたけど、3対2で意見が多かった保存療法にしました」と藪氏。その後もキャッチボールなどは続けていたというものの「ボールに指を掛ける時が怖いので、しっかり自分の思ったイメージ通り、ガッとボールに指先を引っかけることはできませんでした」と振り返る。

藪氏の体験を聞いた古島医師は「もしかしたら引退とかなっていたかも…」

まさに、手術に踏み切ってもおかしくない状態だった。それどころか、無理をすればそのまま引退に追い込まれる可能性もあったと、藪氏の話を聞いた古島医師は話す。

藪氏「アメリカで肘を診てもらっていたら、多分手術になっていたと思いますね。もうトミー・ジョン手術の権威のドクター・アンドリュースに診てもらいに行く直前までいったんですけど(笑)。いろいろな意見を聞いて、悩んでいる間に3、4か月経ったら痛みが消えてきて、『大丈夫かな』とやらなかったんですけど……」

古島医師「本当に紙一重じゃないですが、そこで治ったからよかったものの、治らなかったら、もしかしたら引退とかなっていたかもしれませんね」

もちろん、靭帯を痛める原因は1つではない。球数や登板間隔、投球フォーム、幼少期からの酷使なども度々、問題視される。日米両方での登板経験を持つ藪氏は「滑る」とされるメジャー公式球についても、肘や肩への負担を大きくしていると指摘する。

「2005年にアメリカに行った時も、ボールがツルツル滑るのと日本より少し大きくて重い。なので、やっぱりしっかりグリップしないと抜けていっちゃうので、本当に肘に負担がかかるなと思いました。靭帯が切れるのも分かりましたね。やっぱりいつもより、ギュッと握る力も必要。軽くは握れないですね」

肘や肩の故障予防は、今後も球界の大きなテーマになる。特に、成長段階での酷使は体に大きな負担をかけるだけに、将来を嘱望されていたプレーヤーが選手生命を絶たれてしまうという悲しいケースもある。古島医師は、育成年代の選手の負傷を防ぐため様々な活動を行っており、10月10日からは全6回のコースでオンラインサロン「開講! 古島アカデミー」第1期をスタート。野球に励む小中学生の指導者・保護者を対象に、子どもたちを怪我から守るための基礎知識を分かりやすくレクチャーする予定となっている。選手の肘を守るためにできることは、まだまだたくさんある。

【受講者募集中】
「Full-Count」では、10月10日(土)19時より全6回のコースで行うオンラインサロン「開講! 古島アカデミー」第1期(全6回)をスタートさせます。古島医師を講師にお招きし、野球に励む小中学生の指導者・保護者の皆さんに、子どもたちを怪我から守るための基礎知識を分かりやすくレクチャー。イベント詳細は下記URLをご覧下さい。

(Full-Count編集部)

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