リッツ・パリがケーキスタンド!コロナで海外富裕層が消えたラグジュアリー業界の生き残り策

新型コロナウイルスの影響により、フランスのラグジュアリー業界は大きな打撃を受けました。特に5つ星ホテルや最上級のパラスホテル、ミシュラン三つ星レストランなど、パリのラグジュアリーサービス業界は、売上の大半をインターナショナルな顧客に支えられてきた業種です。

日本では政府の「Go To トラベルキャンペーン」で、高級ホテル、旅館が盛況といいます。アメリカ、中東湾岸諸国、アジアといった国々からの富裕層が消えた今、パリのラグジュアリー業界は生き残りをかけ、どのような取り組みを行っているのでしょうか。


顧客の大半は海外富裕層だった

フランスの調査機関ifopが2019年フランスのラグジュアリー業界ディレクター、マネージャーら195人に行った調査によると、2020年の業界を「楽観できる」との回答が76%を占めました。ラグジュアリーの安定市場であるアメリカ、フランス、日本での戦略の伸びも前年に比べ快調でした。

GNI Paris(ホテル飲食業団体イル・ド・フランス・パリ)代表フランク・トルエ氏が9月3日に出演した仏ラジオ局France24のコメントを引用すれば、「パリの高級ホテル利用は、アメリカ人だけでも年間600万泊を数える」とのことです。

このように、海外富裕層を主要な顧客としていたパリのラグジュアリー界の状況は、コロナ禍によって一変しました。

「ラグジュアリー業界を世界的に眺めたときに2019年をどう表現するか?」の問いに、76%の業界関係者が「楽観的」と回答

高級ホテルは割引せず威信を守る

まず、ラグジュアリーホテルを見てみましょう。2020年3月の外出制限以降、フランスのホテル業界はほぼ一斉に休業しました。5月に外出制限が解除されると、夏季シーズンの収益だけでも確保すべくほとんどのホテルが営業を再開しましたが、パリのパラスホテルは別でした。

「今年の夏、多くのフランス人が国内旅行に出かけたが、パリのパラスホテルはフランス人向けに格安プランを提供するという戦略を選ばなかった。休業してでも本来のプレステージ(威信)を保持した」と、ラグジュアリー・ホテルジャーナリストのアンヌ=マリー・カトラン氏は分析します。

格安プランを取り入れた団体・自治体の一例に、地中海の街カンヌがあります。カンヌ市はこの夏、同一のホテルに3泊すると4泊目が無料になるというプランを提供していました。パリのパラスホテルはこういった対策を取らず、休業を選んだということです。

リッツ・パリとオテル・ド・クリヨンの試み

ではこれらパラスホテルは現在も休業中なのかというと、そうではありません。8月24日、パリ市内にあるリッツ・パリとオテル・ド・クリヨンが営業を再開しています。

両者とも、夏季休暇の間も話題性作りに努力した数少ないパラスホテルで、リッツ・パリは6月からヴァンドーム広場にケーキスタンドを出し、オテル・ド・クリヨンは7月からコンコルド広場にアイスクリームのワゴンを設置。

「パリの歴史的名所コンコルド広場に、あのオテル・ド・クリヨンが、シェフ・パティシエの自家製アイスクリームワゴンを出す」というニュースはたちまち話題を呼び、5ユーロ(約600 円)からという手ごろな値段も手伝って、テレビやSNSを賑わせることになりました。

コンコルド広場に登場したル・クリヨンのアイスクリームワゴン

また、オテル・ド・クリヨンは8月24日の再営業に合わせて、最上階スイートのテラスをルーフトップバー(屋上バー)「ボンソワール・パリ」に改装。10月4日までの期間限定で営業をしています。ルーフトップバーはここ3年ほどパリジャン・パリジェンヌに人気があり、新型コロナウイルス以降は蜜を避ける傾向からより一層ニーズが高まっています。

料金を下げず国内客にアプローチ

オテル・ド・クリヨンのバーディレクター、ヤン・ダニエル氏は、「ローカルなお客様を呼び込む目的で、ルーフトップバー『ボンソワール・パリ』を発案した」と説明します。

ル・クリヨンのメインエントランスで、ルーフトップバーに入るため行列する人々

「パラスホテルの利用者は外国人がほとんどだからこそ、今は地元フランスのお客様にアプローチする必要がある。アイスクリームワゴンが話題を呼んだ流れを受けて、『ボンソワール・パリ』は営業開始から行列の賑わいを見せている。お客様はテレビやSNSで情報を得ているようだ」と反響を述べます。

休業が長引き、世の中から忘れられてしまっては、格安プランを提供せずにプレステージを守った意味がありません。「1泊3,000ユーロ(約36万円)からのスイートに宿泊することはなかなかできないが、カクテル1杯なら特別な機会に利用したいと思う人は多いだろう。その経験がまた次回オテル・ド・クリヨンへ足を運ぶきっかけになれば」とダニエル氏は続けました。

試行錯誤する高級レストラン

外出制限という試練を逆手に取って、地元フランス人の心を掴んだ三つ星シェフも存在します。フォーシーズンズ・ジョルジュサンクの三つ星レストラン「ル・サンク」のシェフ、シモーネ・ザノーニ氏は、外出制限中にインスタグラムで配信したレシピ動画で一躍ポピュラーな存在になりました。

「ステイホーム中、料理動画配信を始めたシェフやパティシエはあまたあったが、ザノーニ氏のレシピはインスタ映えとシンプルなレシピ、説明のわかりやすさが特に際立っていた」と、前出のジャーナリスト、カトラン氏は分析しています。

フォーシーズンズ・ジョルジュサンクはこの話題性を十分に活用し、ホテル再開に先駆けた6月、レストランの再営業に踏み切りました。8月20日付けの新聞「ル・パリジャン」によると、6月19日~8月1日、レストランは満席だったようです。ローカルな客層を相手に、予想を超えた快挙と言えるでしょう。フォーシーズンズ・ジョルジュサンクのホテルとしての再稼働は、9月22日です。

世界で最も多くの三つ星を獲得したシェフも動いた

有名シェフの大御所、アラン・デュカス氏も、外出制限中から行動を続けたシェフの一人です。デュカス氏は、日本やアメリカなど世界各国でレストランを経営し、世界で最も多くミシュランの星を獲得するシェフです。

外出制限から1カ月を待たず、デュカス氏は飲食業界に対してニューノーマルのアイデアを提示し、政府に対しては飲食施設の安全性を訴え営業再開への理解を求めるなど、止まってしまった飲食業界・ラグジュアリー業界を安全に再稼働すべく尽力しました。

その一つが4月にネットを賑わせた、デザイナー、パトリック・ジュアン氏による間仕切りのイラストでした。彼は、グループ・デュカス・パリのレストラン内装を多く手がけるデザイナーです。デュカス氏がアイデアを求め誕生したイラストは、身近にあるものを使って誰でもシンプルかつ洗練された仕切りが作れることを提案するものでした。

アラン・デュカス氏のレストラン「アラール」に設置された間仕切りと空気清浄システム

その後、デュカス氏は医師や専門家を招いて安全対策の研究を進め、レストラン内の空気の動きを最小限にとどめ、完璧な空気清浄が可能なシステムを開発。5月28日、レストラン「アラール」に設置された間仕切りと空調のシステムが、フランス国立科学研究センター理事長により「レストラン内の感染確率を大幅に減少させることができる」と認証されました。

デュカス・パリ広報によると、このシステムは現在レストラン「アラール」で実際に活用されており、他のレストランでも採用を検討中とのこと。東京の「ベージュ」や「ブノワ」にも、このシステムが登場するかもしれません。

ダロワイヨは出張シェフサービス

外出制限解除後、老舗高級惣菜店「ダロワイヨ」が始めた出張シェフは、オンラインとオフラインを組み合わせたユニークなサービスと言えます。利用者は、専用サイトで希望日とメニューを選び、決済。当日ダロワイヨのシェフが自宅にやってきて、料理から配膳、片付けまでしてくれるという、文字通り自宅がレストランになるサービスです。

ダロワイヨ社長ソフィー・ボジュラン氏によると「外食の楽しみを自宅で手軽に味わえるよう、わかりやすいサイトを作成し、手の届く金額設定にした」とのこと。サービス開始と同時に予想以上の注文が入っているそうです。

ダロワイヨ出張シェフの予約サイトは値段と料理の内容がわかりやすく、写真をクリックしながら注文・予約を進められる仕組みになっている

出張シェフとして顧客宅に出向いたピエール・コシュ氏は「お客様の反応は大変ポジティブだ。事前に電話で打ち合わせをしていることも、安心材料になっている」と、体験を語ってくれました。

経済活性化と感染予防というジレンマ

これらのことから分かるのは、ポストコロナのパリのラグジュアリーサービス業界は、今、それぞれに、できることから行動しているという現状です。パリのパラスホテルに勤務するアジアパシフィック営業担当者の証言が、デリケートな現状を如実に物語っていました。

「旅行業界は現在も大変慎重にならざるを得ない状況にある。活性化を狙うことは顧客の現状によって不謹慎になる恐れがあり、かといって何もせずにいれば世の中から忘れられてしまう。」

こういった中で、地元フランスの消費者を呼び込む努力を続けながら、変化する世の中に対応するべく行動する。今を持ち堪えることがまず、最優先なのです。

<文:Keiko Sumino-Leblanc / 加藤亨延>

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