客船集団感染 検証報告素案概要 求められる治療指針

新型コロナウイルスの集団感染が発生したコスタ・アトランチカ=5月19日、長崎市の三菱重工業長崎造船所香焼工場

 長崎県が28日に公表したクルーズ船集団感染対応への検証報告書素案の概要は以下の通り。

【入港前】自治体対応 法整理を

 感染症が発生した場合の治療について下船させるのか船内で隔離するのかなど方針が確定しておらず、国内および諸外国の知見を踏まえたガイドラインが求められる。
 コスタ・アトランチカは検疫を終えて長崎市の港湾施設に係留していたため、感染症法では同市の所管となり、感染の有無の検査費、入院費は国と市が負担した。だが船内では陸上をはるかに上回る大規模クラスター(感染者集団)が発生する可能性が高く、自治体の対応には限界があるため、国が主体的に関わるよう運用ルールの明確化が必要。船内の乗組員は出入国管理法上は入国扱いになっておらず、感染症法に基づき自治体が対応すべきか法律上の整理もしなければならない。また費用面でも船会社側と日本側の負担と責任は不明確なままだったため、国際的なルールが必要となる。
 船内に感染症を持ち込ませないよう、あらゆる関係事業者が対策に取り組む必要がある。港湾ターミナルでの現場指揮所の設置や診療体制の整備を見据えた「緊急時対応計画」(仮称)を策定し、マスクや防護服の配備、感染者搬送体制などの整備を検討しなければならない。

【入港時】情報共有 仕組み構築

 外国船が国内に入港する際、経由してきた国や港の情報が港湾管理者にはもたらされない。ただし検疫所には世界保健機関(WHO)が認定する汚染地域に寄港したかどうか申告している。すべての航海ルートをはじめ検疫情報が国内寄港地の関係機関で共有される仕組みを構築しなければならない。
 また船側は通常、入港当日に感染疑いのある患者の有無を検疫所に申告することになっているが、岸壁の使用許可を判断するためには事前に情報を把握できる仕組みが必要。
 現行の県港湾管理条例では感染拡大のリスクを根拠として、入港・接岸を拒否できない。また民間が管理する港湾施設もあり、民間に入港を控えるよう要請する仕組みを検討しなければならない。船内で大規模クラスターが発生する恐れがある場合など県民生活の安全がそこなわれる蓋然(がいぜん)性が特に強い場合には、港湾を利用できないよう条例の改正を検討するとともに、地域の医療提供体制を考慮し国が広域的に受け入れ港を調整することも検討してほしい。

【入港後・感染発生前】交代要員 リスト提供

 乗組員の乗下船について運航会社は当初「3月14日以降はない」としていた。だが実際には通院や物資補給に加え、勤務契約期間が異なる乗組員の交代に伴う乗下船は、船の運用上不可欠なものとして行われていた。感染拡大の外国から入国した交代要員の乗組員が乗船することは感染症持ち込みのリスクを伴う。地域の医療機関で支援する場合も想定されるため、交代リストや乗船までの移動予定経路の情報が地元自治体に提供される仕組みが必要となる。

【入港後・感染発生時】DICTの応援体制

 全乗組員は623人。4月20日に最初の感染者が確認され、25日までに計148人の陽性が判明(5月3日にさらに1人の陽性判明)。国、県、長崎市、長崎大などの関係機関が連携し、さまざまな対応が取られた。
 船内で感染症が発生した場合を想定し「緊急時対応計画」(仮称)を策定。関係機関が定期的に連携し、具体的なシミュレーションや訓練を通じて迅速に対応する体制の整備を検討する必要がある。
 今回の集団感染では対策本部を直ちに設置し、その下に医療救護班などを置いた。毎朝毎夕、対策本部、船、現場指揮所、長崎大学病院、国など関係者がテレビ会議で情報共有や対応策の検討を行ったが、対策本部の情報が現場指揮所に伝わっていない、船会社と消毒業者の協議内容が対策本部に伝わっていない、という事例があった。今後は対策本部との的確な連携を担える職員を現地に駐在させる必要がある。また今回は偶然にも乗船していた日本人社員が通訳として有効に機能したことから、常に船内に日本人通訳を乗船させることなどが望まれる。
 今回は修繕のための寄港で乗客は乗っていなかった。だが通常は約3千人が乗船し高齢者も多いため、重症者が多数発生する可能性もあり、県内医療体制のひっ迫が予想される。無症状者、軽症者は船内での個室隔離を原則としつつ、岸壁での仮設救護所やCT(コンピューター断層撮影)車両の設置に加え、コンテナハウス、宿泊療養施設を活用した船外での個室管理や遠隔医療も想定し、できる限り地域の医療体制に負荷を掛けないような体制構築が不可欠。さらに感染症対策の知見を有する専門医療チーム「DICT」(災害時感染制御支援チーム)による応援体制を平時から構築しておくことも必要。
 個室管理が長期間に及んだ乗組員の中には感染症以外の原因で体調を崩す人もおり、「自殺を試みる」という訴えなど深刻なケースも生じた。「DPAT」(災害派遣精神医療チーム)を派遣し、メンタル面の診療支援を4件行ったが、出港直前には精神的な不調を原因とした入院が2件発生した。高齢者ら多くの乗客を伴う場合は頻繁な出動が想定されるため、多言語かつ多数の相談に対応できる支援体制の整備が求められる。

【帰国時】国際検査ルール創設

 4月22日に「陰性者はできる限り早期に帰国」との基本方針を確認し、健康観察期間の14日間が終了する5月3日以降の航空機チャーターや定期便での帰国に向けたさまざまな取り組みを進めた。
 世界的に感染が広まる中、国をまたぐ移動制限や航空機の減便の影響から交通手段の確保は困難だったが、航空会社の懸命な調整と協力で実現できた。港から空港まで移動するバスの確保は困難と予想されたが、県から感染予防対策をバス事業者に事前に説明し理解を得ることができた。
 5月14日以降は陽性者のうち再検査で陰性が確認された乗組員も順次帰国することになった。しかし、受け入れ国によって入国可能な検査基準が異なった。2回の陰性確認が必要だったり、1回目の陰性確認から1週間空けて2回目の検査が必要だったり。今後はWHOなどによる国際的な検査ルールの創設も必要ではないか。

【出港時】宿泊施設の確保強化

 今回は出港までに入院者を除く全乗組員の陰性が確認され、出港後に国内に残される陽性者はいなかった。しかし陽性者がいて残される場合は、県内の指定医療機関や宿泊療養施設などで受け入れなければならない。
 今後、同施設などの確保強化が必要。また帰国便が確保できない陰性者は長期間の船内滞在を余儀なくされメンタルケアの対応が心配されるため、下船して国際便発着周辺都市の入国待機用施設や宿泊療養施設で受け入れられるよう、出入国管理法の見直しを図ることも必要と考えられる。

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