なぜ近本光司は“2年目のジンクス”を脱せたのか? 今すぐ真似したい「3つの習慣」

長嶋茂雄の持つリーグ新人安打記録を61年ぶりに更新し、赤星憲広以来、新人として史上2人目となる盗塁王を獲得。阪神タイガースの近本光司は、1年目から類いまれな輝きを放った。今季開幕から不振を極め、打率1割台の低空飛行を続けた。それでも気が付けば“2年目のジンクス”などみじんも感じさせない活躍を見せている。その裏には、一般社会に生きる私たちも今日から“まね”したくなる、3つの習慣がある――。

(文=巻木周平、写真=Getty Images)

「他人の目を気にしてしまう」ことに無縁な、2年目の近本光司

「すべての悩みは、対人関係の悩みである」。かの有名な心理学者アドラーの言葉だ。共感する人は多いだろう。職場でのいら立ち、家庭でのストレス、ライバルへの嫉妬心。全て他人がいるからこその悩みだ。

とりわけ多くの人が抱えるのは「他人の目を気にしてしまう」ことではないだろうか。チャレンジする時、失敗した場合の周囲の反応を想像して踏み出せない。しかしたまに、そんなことをみじんも考えずに自分の道を突き進み、結果を残す人がいる。

一般社会だけじゃない。スポーツニッポンの記者である私が取材する阪神タイガースにも同じような悩みが見られる。チームメートの目、指導者の目、マスコミの目、ファンの目。いろんな目が気になってしまい、自分を見失う選手は少なくないと感じている。

そんな環境に適応する選手と、力を発揮できないまま野球人生を終える選手がいて、後者が多いのが現実だ。だが、それらの悩みとは無縁な選手がたまにいる。2年目の近本光司がその一人だ。

リーグ新人安打記録を塗り替え、盗塁王に輝いたのはご存じの通り。その実力だけでなく、思考法や性格まで取材させてもらった私が思う近本の強みには、一般社会でも参考にできるノウハウが詰まっている。

①アンガーマネジメント:「言葉にするって大事なんです」

感情のコントロールがうまい。ルーキーイヤーの昨年、「阪神のドラフト1位」という無類の注目を浴びても常に冷静で、4安打した試合後でも、痛恨の失策を犯した試合後でも、いつも同じテンションで報道陣にプレーを解説した。

好不調に言動を左右される選手が多いから驚いた。失策した後にガツガツ質問されていい思いはしない。それでも怒りやいら立ちを沈めて丁寧に言葉を発し、感情のベクトルを次戦に向けていた。大きなスランプが無かった要因だと推察する。

「言葉」へのこだわりを感じたエピソードがある。昨オフ。打撃フォームを取材した時に言葉に詰まった近本が言った。「まだ言語化できてないんです。一緒に考えてくれませんか?」。適当に流してくれても……と思ったら「言葉にするって大事なんです。それでしっくりくることもあるので」と続けた。

仕事で重大なミスを犯した時、近本のように落ち着いて対処できるだろうか。かなり難題だが、「言語化」は大きなヒント。なぜミスが起きたのか。準備は足りていたか。油断はなかったか。原因を因数分解して言葉にすることで、再発防止と成長につなげられるかもしれない。

②敏感力と鈍感力:マイペースだからこそ自己の向上に夢中になれる

前述から読み取れるのは敏感な性格だ。打撃フォームを語れば「トップは耳よりもちょっと低い位置にくるように」と細部まで言及する。一方、チームメートが「マイペース」と口をそろえる一面もある。

近本の後を打つことが多い糸原健斗がこんな話をしていた。「後攻で、初回の守備から攻撃に移る時、2番の自分が急いでるのに1番のチカはめちゃめちゃゆっくりしてて(笑)。ルーキーなのに自分のペース。なかなかまねできない」。

技術や思考にはとことん敏感で、とことん突き詰める。一方で、他人の常識や「なんとなくこうだよね」という空気には鈍感。余計なストレスをためない。だからこそ自己の向上に夢中になれる。まねするのは難しいかもしれないが参考にしたいスタイルだ。

③知的好奇心の制御:興味を持ったら試す、ただし軸は崩さない

コロナ禍で自主練習を余儀なくされた今春、動物の動きをまねた「アニマルフロー」というトレーニングを取り入れた。「ワニやライオンみたいな動き。普段と違う体の使い方がおもしろい」。

また同時期には潜在意識を開拓するため苦手だったコーヒーに挑戦した。「快適に過ごせる範囲を外側に広げることで、ひらめきだったりにつながるのかな」。独自の取り組みに時間を投資する裏には、ある考えがある。

「興味を持ったら試してみる。ただそれは、軸があって初めてできること。やるべきトレーニングや技術練習は決まってて、それらが重要度の8割以上を占める。残りの2割弱の中であれこれ試して、取り入れられそうなことと、そうでないことを選択する。その繰り返しが大事だと思ってます」

自分に適した「正しい努力」を続けているのだ。仕事で成果を出すための挑戦は多い方がいい。とはいえ自分らしさを捨ててまで挑戦だけに振り切るのは違う。近本の言葉から「正しい努力」の重要性を教えられる。知的好奇心に素直になりつつ支配はされない。これまた参考にできそうなスタイルだ。

“2年目のジンクス”に陥りかけても立て直せた

一味違う様子を節々から感じさせる近本が、2年目の今季、不振に陥った。「近本でもこうなるのか」と口にした報道陣は多い。しかし大方の予想どおり持ち直した。いわゆる“2年目のジンクス”に見舞われる選手がいる中、見事に復活。9月27日時点で打率.295、リーグトップ20盗塁。不動の切り込み隊長として打線をけん引している。

要因は前述した3つの強みだ。打てない自分への怒りを抑え、原因を分解し、言語化し、対策する。周囲のザワめきではなく自分と向き合い、適切な知的好奇心のもと挑戦を続ける。「自分」という圧倒的な軸を持ち、「他者」を気にしない。だから、皆が跳ね返されてきた壁を乗り越えられたと推察している。

近本には、タイガースの看板選手として期待が寄せられる。性格的にはチームを鼓舞して引っ張るより背中で語るタイプだろう。その言動から刺激を受けた後輩選手が増えるほど、チームは強くなる。そう予想できるぐらい、近本は、稀有(けう)な存在である。

<了>

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