北斎、ボッティチェリ、バンクシーなど高騰するアート作品や新刊情報も:週刊・世界のアートニュース(2)

いま、世界のアート界では何が起こっているのか? ニューヨークを拠点とする藤高晃右が注目のニュースをピックアップ。今回は、9月19日〜26日のあいだに世界のアート系メディアで紹介されたニュースを「コロナ禍での美術館」「できごと」「アートマーケット」「話題の新刊」の4項目で紹介する。

葛飾北斎「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」(1830–32頃)

コロナ禍での美術館

◎メトロポリタン美術館は、8月終わりに約半年ぶりに再開したが、コロナ以前は来館者の7割を占めた旅行者が、再開後は2割になった。他のどの美術館でも傾向は同様で、地元来館者誘致にシフトしていく必要がある。同時に、展覧会自体も他館からの巡回展ではなく自前のコレクションを活用した展覧会にシフトしていくとのこと。興味深いのは、記事に出てくるVastariというサービス。美術館が他の美術館やコレクターから作品や展覧会そのものを借りたり、交換したりすることができるデジタルプラットフォームだという。
https://news.artnet.com/art-world/museums-without-tourists-1908327

◎イギリスのロイヤルアカデミーでは職員の約半数がリストラされると報道されているが、一方でそれを防ぐためにコレクションの中から、イギリス内唯一のミケランジェロの作品を売却すべきという議論が起こっている。館長はこれを強く否定。雇用を守るべきか長年築いてきたコレクションを守るべきか。難しい問題。
https://www.theguardian.com/artanddesign/2020/sep/20/royal-academys-cruel-dilemma-sell-a-michelangelo-or-lose-150-jobs

◎アメリカのスミソニアンとイギリスのビクトリアアルバート美術館(V&A)が、2023年にオープン予定の東ロンドンの新しいギャラリーV&A Eastで共同でキュレーションする計画をキャンセル。両財団ともコロナで優先順位の変更を余儀なくされており、代わりに地元の多様なバックグラウンドを持つ若者の有給インターンシッププログラムを導入。
https://news.artnet.com/art-world/smithsonian-victoria-albert-gallery-canceled-1909437

◎アンドリュー・メロン財団が、コロナ禍で生き残るために、ブルックリン美術館やサンフランシスコアジア美術館など全米12の中規模美術館に総額25億円程度の助成金を支給予定。秋口には小規模美術館への助成金支給も計画。
https://www.artforum.com/news/mellon-foundation-distributes-24-million-across-twelve-midsize-museums-83941

◎これまで平等に扱われてこなかったマイノリティのアーティストを展示するブルックリン美術館やPS1をはじめとするNYの8つの美術館がロックフェラー兄弟財団から1.5億円強の助成金を得る。上記スミソニアンとV&Aの例とともに美術館におけるマイノリティを支援する動きが加速している。
https://www.artnews.com/art-news/news/nyc-museums-rockefeller-fund-underrepresented-artists-1234571387/

◎今年6月にアクティビストのMwazulu Diyabanza(マズール・ディヤバンザ)が、パリのケ・ブランリ美術館から、もともとアフリカから略奪されたものだとして、19世紀のアフリカの彫像を白昼に持ち出そうとして逮捕された。その事件の裁判が今月行われる。裁判ではこれが窃盗か政治的行為かが争われ、当然、植民地支配の歴史にも大きな焦点があたる。
https://www.nytimes.com/2020/09/21/arts/design/france-museum-quai-branly.html

◎ナショナルギャラリー、テート・モダン、ボストン美術館、ヒューストン美術館の共同企画として、今夏予定がコロナで来年に延期されていたフィリップ・ガストンの大規模回顧展が2024年に延期へ。KKKを恐れて批判していたガストンが描いたKKKのイメージが誤解されるのを恐れてと推測されているが、この決定が不必要な自主規制であるとして大きな批判が巻き起こっている。
https://www.artnews.com/art-news/news/philip-guston-retrospective-delayed-kkk-imagery-1234571680/

できごと

◎去年のマイアミバーゼルで大きな話題をさらったマウリッツィオ・カテランのバナナの作品が匿名の寄贈者によってグッゲンハイム美術館に寄贈された。現物のバナナやテープではなく、作品の証書と、長いリストとインスタレーションのための図からなる指示書をもって作品そのものとするという。
https://www.theartnewspaper.com/blog/cattelan-s-notorious-banana-finds-a-home-at-the-guggenheim

ビデオアートとデジタルアートだけのオンラインアートフェア「daata Fair」が10月6日〜25日に開催される。ハウザー&ワースなど世界に名だたる大手ギャラリーとともに東京からはMisako & Rosenが参加。
https://news.artnet.com/market/daata-fair-digital-art-1909161

メトロポリタンオペラが少なくとも2021年9月まで閉鎖することを決定。今年いっぱいの閉鎖は以前から発表されていたが、来年前半も正式に閉鎖を決定。
https://gothamist.com/arts-entertainment/metropolitan-opera-will-remain-closed-until-least-fall-2021

◎ニューヨーク、ロンドンを拠点とする大手のマルボロ・ギャラリーが、作家チュー・テ・チュンをプロモートするためギメ美術館のキュレーターに収賄を送ったという罪状でパリで裁判が行われる。ライバルギャラリーからの訴えに端を発しており、額面通りには受け取れないが、業界的に多かれ少なかれある問題ではある。
https://www.theartnewspaper.com/news/marlborough-guimet-museum

◎フランスのエクサンプロバンスで計画されていた世界最大のピカソ美術館の計画が頓挫。ピカソの2番目の妻ジャクリーヌ・ロックの娘が遺産相続した2000作品のうち1000作品が展示予定だったが、その継娘と市が美術館予定地の売買契約で合意に至ることができなかったもよう。
https://twitter.com/Artforum/status/1308454403943337985

◎エイドリアン・ウィルソンというアーティストが、亡くなったルース・ベイダー・ギンズバーグ最高裁判事への賛辞としてNYの50 th st駅の名称をモザイクでRuth st駅に改変。
https://hyperallergic.com/589614/an-artist-turned-a-subway-station-into-a-tribute-to-ruth-bader-ginsburg/

マイクロソフトとソル・ルウィット財団が共同でアプリを開発。ルウィットのスタジオをVRで見ることができたり、世界中に点在する代表作ウォールドローイングの位置がマップでわかり、実際に足を運んで、作品をスキャンすることで作品詳細がわかったりと次世代のカタログレゾネのよう。東京にも2作品あり、新宿アイランドタワーとテレビ朝日のものがマップに掲載されており、作品公開されている。
https://www.artnews.com/art-news/artists/sol-lewitt-microsoft-app-1234571528/

◎ロンドンの美術館、コートールド・ギャラリーがゴーギャンの手稿本を購入。そのことことで約100年ぶりに専門家が閲覧できるようになった。この記事では、その中から生前親交のあったゴッホとのやりとりを抜粋。ゴーギャンはゴッホの「ひまわり」は自分の影響のおかげだと手稿本に書いている (実際のところ、彼がゴッホと合流する2年前にすでに「ひまわり」は描かれていたそう)。
https://www.theartnewspaper.com/blog/gauguin-s-fateful-encounter-with-van-gogh

アートマーケット

ボッティチェリによるポートレイト(15世紀)が来年1月にオークションに出品予定。予想落札額の8000万ドル(85億円弱)はボッティチェリのこれまでの最高落札額(1400万ドル)の約8倍。興味深いのは1935年にイタリア人コレクターからイギリス人コレクターに1万2000ポンドで売却されてから後の売買歴が残っていること。オークションだから当然とはいえ、マーケットの歴史の積み重ねを感じることができる。
https://www.artnews.com/art-news/news/sandro-botticelli-portrait-sothebys-auction-records-1234571613/

様々な話題に事欠かないバンクシーだが、オークションで作品価格が高騰している。先週のサザビーズでのオンラインオークションでは2004年作の赤い風船のプリント作品「Girl with Balloon」(エディション150)が予想落札価格の約5倍の約6000万円で落札。去年のオークションでは、イギリス国会がモチーフの巨大絵画「Devolved Parliament」(2019)が約12.6億円で落札。上記15世紀のボッティチェリの予想落札価格85億円がリーズナブルに見えてこないだろうか。
https://www.artsy.net/article/artsy-editorial-collectors-banksys-market

◎葛飾北斎の有名な浮世絵作品「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」がクリスティーズのオークションで予想最低落札価格の7倍の1億円超で落札。
https://www.christies.com/lotfinder/lot/katsushika-hokusai-kanagawa-oki-nami-ura-6277251-details.aspx?from=salesummery&intObjectID=6277251

レメディオス・バロという女性画家の評価が近年高まっている。1908年スペイン生まれで メキシコで活動したシュルレアリスムの作家。今年6月のサザビーズのオークションでは1956年作の「Armonía (Autorretrato Sugerente) 」が予想落札額の2倍以上の約6.5億円で落札。2年前にMoMAのコレクションに入り、最近常設展の展示替えに伴ってダリなどシュルレアリスムの巨匠とともに展示されている。
https://www.artsy.net/article/artsy-editorial-remedios-varos-surrealist-paintings-enchanting-art-market

◎パキスタン出身でNYを活動拠点にするフマ・ババが、ベルギーのギャラリー「Xavier Hufkens」(ザビエル・ハフケンス)に所属することになった。トーマス・ハウセゴ、アントニー・ゴームリーやデヴィッド・アルティメイドなど立体作品で活躍する作家を揃える大手ギャラリー。
https://www.artsy.net/news/artsy-editorial-sculptor-huma-bhabha-joined-xavier-hufkenss-artist-roster

◎様々なことがオンラインに移行する中、未来のアート業態はD2C(Direct to Consumer 消費者へ直接)に移行するとしてアーティストがインスタグラムで作品販売する例が増加しているよう。コロナ禍でのファンドレイズのための作品販売がきっかけに。ただし、現状は数万円までの比較的安価な作品が中心。また購買者とのやりとりや、作品のシッピング、請求書のやりとり、実際の入金など事務作業も多く発生し、まだまだ課題も多いとのこと。
https://news.artnet.com/market/artists-selling-direct-to-consumer-1900345

話題の新刊

◎歴史上で忘れられてきた、もしくは意図的に隠されてきたが近年少しずつ見直されてきている女性アーティストに焦点をあてた新刊『The Short Story of Women Artists』が発売。
https://hyperallergic.com/588492/short-story-of-women-artists-susie-hodge-review/

◎アーティスト杉本博司が、小田原に開館した江之浦測候所の構想を紹介する『江之浦奇譚』が発売。
https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/22757

◎冷戦時に、アメリカのプロパガンダをひろめるために、MoMAとCIAが秘密裏にアメリカを代表する抽象表現主義のアートをいかに利用したかを詳らかにする新刊『ArtCurious: Stories of the Unexpected, Slightly Odd, and Strangely Wonderful in Art History』が発売。
https://news.artnet.com/art-world/artcurious-cia-art-excerpt-1909623

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