中国に尻尾を振り、呑み込まれる韓国|山本光一 クライブ・ハミルトン『目に見えぬ侵略』(小社刊)で中国のオーストラリア侵略計画が明らかになったが、中国の侵略はオーストラリアに留まらず世界各地で繰り広げられ、中でも韓国は、もはや中国にずっぽり呑み込まれてしまっている……。韓国語翻訳者として韓国に精通した著者が、中国の「目に見えぬ」ならぬ、露骨な「目に見える」侵略を徹底解説!(初出:月刊『Hanada』2020年10月号)

朴槿惠、天安門城楼に立つ

北京の世界戦略における第一の狙いは、アメリカの持つ同盟関係の解体である。その意味において、日本とオーストラリアは、インド太平洋地域における最高のターゲットとなる。北京は日本をアメリカから引き離すためにあらゆる手段を使っている
(『目に見えぬ侵略』クライブ・ハミルトン著、奥山真司訳、8頁)

この一節にある「日本」は、そのまま「韓国」と置き換えることができる。だが、「アメリカから引き離す」企ての進み具合、中国による浸透の程度という点で、韓国は日本より深刻だ。

韓国は戦後、長きにわたり、反共を国是として掲げ、韓米同盟を軸に北朝鮮、中国、ロシアと対峙してきた。日韓は同盟関係ではなかったが、日本も日米同盟が安保政策の柱であるため、日米韓の三国は軍事的に緊密な協力関係にあった。

しかし1992年、韓国がそれまで断絶していた中国と国交を樹立すると、徐々に変化がみられるようになる。中国の急速な経済成長の波に乗って韓国は繁栄を謳歌する。中国は韓国の最大貿易相手国となって久しい。

2019年の中国への輸出は日米を合わせた額を遥かに凌ぎ(中国:1362億1300万ドル、米国:733億4800万ドル、日本:284億1200万ドル)、中国からの輸入も日米を合わせた額と同じくらいになる(中国:1712億2000万ドル、米国:618億7200万ドル、日本:475億7500万ドル)。貿易黒字1位の国も09年以降、18年まで10年間、ずっと中国だった(2019年は香港)。

一方、中国への経済的依存が進むとともに反共の信念は揺らぎ、米韓同盟や日米韓の協力関係に影がさし始めた。その象徴的な出来事が、2015年9月に行われた中国の戦勝式典(抗日戦勝70周年を記念した軍事パレード)に韓国の朴槿惠大統領が出席したことだった。

習近平、プーチンとともに天安門城楼に立った唯一の西側の指導者、朴槿惠の姿は世界に報じられ、ワシントンからは「ブルーチーム(味方)にいるべき人がレッドチーム(敵方)にいる」と揶揄する声も出た。

日本の外交青書の韓国の項で、前年まで長く記載されていた「自由と民主主義、基本的人権等の基本的価値を共有」という表現が削除されたのも、2015年版から。皮肉なことに、日韓国交正常化50周年を迎えた節目の年だった。

以降、韓国はアメリカと中国の間で揺れ続けることになるが、サードミサイル (THAAD=高高度ミサイル防衛システム)の韓国内への配備をめぐって中国の逆鱗にふれてしまう。中国は、このシステムを構成する「Xバンドレーダー」で中国内部が丸見えになることを非常に嫌がったのだった。

韓国に流れ込む朝鮮族

中国による韓国への浸透を推し進めた一大勢力がある。中国朝鮮族(以下、朝鮮族)だ。その韓国への流入過程をさっと見てみよう。

1978年、中国で改革開放政策が実施されると、朝鮮族の韓国への移住が本格化した。82年、中国政府は朝鮮族の韓国親戚訪問を公式に認め、88年のソウルオリンピック以降は故郷訪問、出稼ぎ労働、留学などの目的で大挙、韓国へ移動し、韓国に滞在する朝鮮族が急増した。

80年代中盤から後半、親戚訪問を理由に簡単な手続きで韓国に入れるようになった朝鮮族は、漢方薬を持ってきて韓国で売って大金を稼ぐなどし、中国現地では「コリアンドリーム」という言葉も生まれた。

90年代はじめ、朝鮮族の男性の大半は建設現場の日雇い労働者、女性は食堂の従業員、家事手伝いのようなサービス業に従事していた。

朝鮮族が韓国に移動した大きな理由は、まず韓国労働市場での低賃金労働力の需要が高まったこと。一方、朝鮮族にとっては中国に比べて遥かに高い韓国の賃金水準、同じ言語を使い、環境に溶け込みやすいことが挙げられる。

不法滞在者が増え、韓国の出入国管理が厳しくなると、朝鮮族女性が韓国人男性と結婚して入ってくるケースも増えた。

韓国の3K職場を支える

1999年に施行された在外同胞の出入国と法的地位に関する法律(在外同胞法)は、在外同胞に国民に準ずる法的地位を与え、勤労ができる根拠を作った。

2004年、在外同胞の概念を規定した第2条第2項に「大韓民国樹立前に国外に移住した同胞を含む」という文言を追加した改正案が国会で成立。これにより、多くの朝鮮族が韓国に帰化できるようになった。

2007年、訪問就業制が施行された。中国やロシアなどで生まれ、韓国に縁故のない同胞にも、5年間、韓国で就業できる資格を与えるもので、朝鮮族が韓国に流れ込む起爆剤となった。

2010年には家事手伝い、育児ヘルパー、介護人、福祉施設補助員四職種に長期滞在を認めた。これにより、朝鮮族女性にも韓国での就業と長期滞在の機会が大きく開けた。2015年、在外同胞の就業範囲は製造業・農畜漁業・林業にも広がった。

韓国法務部出入国外国人政策本部の発表によると、2019年末現在、韓国に滞在する外国人は計252万4650人で、前年比6.6%増。韓国の全体人口に外国人が占める割合は4.9%に達した。

一般的に、5%を超えると多文化社会に分類される。韓国は2020年中に多文化社会となる見通しだ。ちなみに、日本の全人口に占める外国人の割合は2.16%(2019年末)なので、韓国のほうがだいぶ早く本格的な多文化社会を迎える。

国籍別では、中国が110万1782人で割合(43.6%)が最も大きかった。 このうち70万1098人が朝鮮族だ。帰化した朝鮮族も14万人くらいとされるので、合わせるとじつに85万人の朝鮮族が現在、韓国で暮らしており、主として3K職種の現場で韓国社会を支えている。

だが、多くの韓国人が、朝鮮族のアイデンティティを疑っている。韓国よりも中国に対する忠誠心のほうが強いのではないか、と。朝鮮族が中国による韓国への浸透の前線にいて、韓国をどんどん侵食しているという否定的な見方も払拭できない。

実際、今年2月、「朝鮮族が先頭に立って中国人たちが韓国の世論を操作し、政治や経済に少なからぬ影響を与えている」という匿名の朝鮮族による告白がネットを騒がせたりもした。

サード配備をめぐる報復

サードの話に戻る。

2016年7月、韓米は、北朝鮮の核やミサイルの脅威に対する自衛を目的に韓国にサードを配備すると発表。これに対し、中国外交部は「強い不満と決然とした反対を表す」との声明を出した。

9月、韓国国防部は、サードを星州のロッテが所有するゴルフ場に置くと発表。

12月、陳海中国外交部アジア局副局長は、韓国外交部が延期を要請したにもかかわらず、一方的に韓国に乗り込んできて、ロッテやサムスンなどの企業家らが集まった席で「小国が大国に逆らえるのか」 「サードを配備したなら、断交レベルの大きな苦痛を与える」と脅迫まがいの発言をした。

2017年2月、中国官営メディア環球時報が「ロッテが考えを変えないなら、中国を離れるべきだ」と報道。3月2日、中国国家旅遊局が北京所在の旅行会社に15日以降、韓国行きの団体観光を中止するよう口頭指示を出す。15日、韓国への団体旅行商品が販売中止になり、韓国の観光関連産業が大打撃を受ける。韓国企業の製品の不買運動も始まり、自動車、化粧品なども業績が大きく悪化した。

韓流ビジネスを対象に「限韓令」(韓流禁止令)が敷かれ、中国内で、韓国で制作されたコンテンツ、または韓国の芸能人が出演する広告などの配信が禁止される。韓中合作ドラマでヒロインを務めた韓国人俳優も突然降板させられ、CMでモデルに抜擢された韓国芸能人も予告なしに中国芸能人に交替、韓国ドラマのほとんどが放送審議を通過できなくなる。

報復は、特にサードの配備地を提供したロッテに対して凄まじく、検疫当局によってロッテの菓子が廃棄処分され、中国の民衆によるロッテに対するボイコットも起きた。中国にあったロッテマート(大型スーパー)は99店舗中87店舗が中国当局により営業を止められ、結局、18年、中国進出11年目にして、ロッテは莫大な損害を抱えて中国から撤退してしまった。

17年3月、米軍C17輸送機で烏山基地にサード発射台2基が到着し、4月26日には星州ゴルフ場にレーダーや発射台2基などの装備を搬入した。

南京大虐殺に慰謝の意を

5月、文在寅が大統領に就任する。かねてからサード配備に慎重な立場を示していた文大統領は6月、環境影響評価が完了するまでサードの本格運用を延期すると発表。だが7月、北朝鮮が弾道ミサイルを発射。これを受け、文大統領も、米軍基地内に保管中の残り四基を環境評価完了前に配備することを決断。9月、残る発射台四基を搬入した。これにより六基すべてが揃い、サードの本格運用が始まった。

サードをめぐる中国との激しい葛藤に苦しみながらも、この年の12月、文大統領はなんとか最初の訪中にこぎつけた。しかしその実現にあたっては、10月に中国側からいわゆる「三不一限」をまされた。「三不」とは、以下の三つをしないということ。

1. アメリカのミサイル防衛(MD)体制に加わらない。
2. 韓米日安保協力を三カ国軍事同盟に発展させない。
3. サードの追加配備を検討しない。

この主権侵害レベルの屈辱的な「三不合意」を受け入れて、国賓として初の訪中をした文大統領だったが、中国側の怒りは収まっていなかった。

12月13日、北京に到着した文大統領一行を迎えたのは、外交部アジア担当次官補だった。この日、習主席は「南京大虐殺」80周忌国家追悼行事に出席するために南京に行っていた(日本が南京を占領したのは1937年12月13日)。

文大統領はこの訪中で、韓国大統領としては異例なことに、「南京大虐殺」を取り上げて慰謝の意を公に伝えた。あえて、この日に訪中させる……これも訪中を認める条件だったのだろう。

中国は、文在寅に踏み絵を踏ませたのだ。「反日で中国に追従する意思」をはっきり示せと。文在寅は唯々諾々と従った。

卑屈なまでに従順な姿勢を示した文大統領だったが、中国側から厚いもてなしを受けることはなかった。3泊4日の訪中期間、計10回の食事のうち、習主席との国賓晩餐(14日)、陳敏爾重慶市党書記との昼食(16日)を除く8食に中国側からの同席者はなかった。15日に李克強首相との昼食会を行おうとしたが、実現できなかった。

中国は客の接待で食事を最も重要視している。にもかかわらず、国賓訪問をした外国首脳の「ひとり飯」の回数がこれほど多かったのは異例のことだ。

韓国人記者に暴行

記者を集団で暴行。

さらに、随行した韓国の報道関係者二人が中国の警護員たちに暴行されるという信じがたい事態も発生した。

訪中2日目の14日午前10時50分ごろ(中国現地時間)、北京市内の国家会議中心で開かれた韓中貿易パートナーシップの開幕式で、大統領が開幕式のあいさつを終え、式場から出て中央廊下へ移動したのに伴い、韓国日報と毎日経済所属の写真記者が文大統領についていこうとしたところ、中国側の警護員たちが制止した。

韓国日報の記者が抗議すると、中国の警護員たちはこの記者の胸ぐらをつかんで後ろに強く倒した。記者は床に倒れた衝撃で、しばらく立ち上がれなかった。

一緒にいた聯合ニュースの写真記者がこの状況を撮影しようとすると、中国の警護要員たちはカメラを奪おうとした。その後、文大統領は国内企業ブースの向かい側のスタートアップホールに移動、記者たちもホールに入ろうとしたが、中国側の警護員たちはこれを再び制止。

記者たちは取材許可証を繰り返し見せたが、警護要員たちは立ち入りを制止。毎日経済の写真記者が、中国の警護員たちともみあいになった。

すると、周辺にいた10人ほどの中国警護員が駆けつけてこの記者を廊下に連れ出し、集団で暴行。記者が床に倒れると、足で顔を強打した(倒れた記者を中国の警護員が強く蹴っていた)。

写真記者と一緒にいた取材記者と会場の職員がこれを制止しようとしたが、中国側の警護員たちは腕力で押し出した。文大統領に随行していたため、この現場には青瓦台の警護チームはいなかった。負傷した写真記者二人は釣魚台国賓館二階で大統領の医療チームによって応急処置を受けたあと、北京市内の病院に移送されて治療を受けた。

顔を蹴られた毎日経済の写真記者は眼窩と鼻の骨を骨折し、眼球が飛び出す重傷だった。一時、味覚と嗅覚の90%を喪失したという。韓国日報の写真記者は後ろに倒れたとき、背骨の微細骨折を負った。青瓦台は外交部を通じて中国政府に公式に抗議し、真相調査と責任者の処罰を求めた。

中国側は27日になって、蹴る姿がはっきり撮られた一人だけを逮捕した。暴行に加わった他の警護員は不問とし、一人の偶発的な行為として「尻尾切り」で済ますことにしたのだった。そして拘束から三カ月が過ぎても「まだ捜査中」とし続けた中国側がこの一人を処罰したのか、不明のままに終わった。

韓国政府も、翌18年1月に訪韓した孔鉉佑次官補から「(文大統領)国賓訪中期間に不祥事が起きたことは遺憾に思う」という言葉を得たことで「中国が謝罪したと見る」とし、一件落着とした。

負傷した写真記者への賠償について、韓国外交部の当局者は「賠償は被害者個人が訴訟などで解決する問題だ」 「韓中間には他の懸案も多い」と述べたとのこと。

暴行事件があった日の午後、北京で行われた文大統領と習近平中国国家主席の韓中首脳会談で、習主席はサードの問題を再度、取り上げ、「韓国側がこれを重視し、適切に処理することを望む」と語った。

目前に迫っていた平昌冬季五輪の開幕式への習主席の出席について、中国側は一言も言及しなかったが、結局、習主席は文大統領の強い期待と要請にもかかわらず、平昌冬季五輪の開会式出席を見送った。

この惨憺たる結果に翌15日、野党からは「外交惨事だ」と強く批判する声が続出。この日、文在寅大統領は北京大学で演説を行った。中国を「高い峰」 「大国」と称え、自ら韓国を「小国」と呼び、中国が周辺国をより広く包容してくれるように、と切々と訴えた。

中共の指示で動く留学生

中国による韓国への浸透を進めたもうひとつの「勢力」が、中国人留学生だ。教育基本統計(教育部)によると、2019年4月1日現在、韓国で学ぶ中国人留学生は7万人を超える。語学研修などを除き、大学、専門学校、大学院に限定すると、外国人留学生総数は10万215人、うち中国人留学生は5万6107人、全体の56%を占める。

外国人留学生が増えた背景には、各大学の国際化戦略とともに財政難がある。少子高齢化の影響で学齢人口が急減、生き残るために外国人留学生の誘致を進めてきた。

ところで、中国人留学生の大半は中国共産党・中国共産主義青年団(共青団)に所属していることが分かった。2016年10月に仁川大学が中国人留学生の実態を調査した結果、有効回答者177人のうち123人が共青団員(69.5%)、5人が共産党員(2.8%)、つまり約72%が共産党・共青団所属だった。

この割合からすると、韓国の中国人留学生の約4人に3人は、中国共産党と直接関係があると推定される。

香港では、2019年春から犯罪容疑者の中国本土への引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案の制定をめぐって反対デモが始まり、民主化運動に発展。学生や市民のデモ隊と警察が衝突を繰り返し、世界的な関心を呼んだ。韓国も例外ではない。

韓国人大学生たちは香港の民主化運動を支持し、声援を送った。すると、それを中国人留学生たちが阻止すべく動き、壁新聞をめぐる対立から物理的な衝突まで起きた。一部の韓国人学生が恐怖を訴え、中国人留学生による韓国人大学生に対する人身攻撃やヘイト発言が度を越えたものであることが明らかになった。

韓国女子学生を中傷

2019年11月、ソウルのある大学のオンラインコミュニティに、「中国人留学生の蛮行を広く知らせてほしい」というタイトルの書き込みがアップされた。それによると、

「中国人留学生が香港のデモを支持する韓国人学生を隠し撮りして中傷している。ある女子学生は、本人の写真に『私は寄生虫のような売女』など、侮辱的な言葉を付され、構内の掲示板にも貼られた」

「中国人留学生は数が多く、自分たちでチャットルームのような連絡システムを作っており、香港を支持する学生たちの個人情報をばらまき、殺す、と脅迫している。この蛮行を広く知らせてほしい」

とのことだった。

ソウル大学の学生が香港市民を応援する文をポストイット(付箋)に書いて貼る壁、レノンウォールを校内に設置した。香港では、2014年の雨傘革命から市民が政府を糾弾し、民主化の願いを込めた言葉を書いて貼った。香港を支持する延世大学の韓国人学生は、大学の構内に香港民主化支持の垂れ幕を掲げた、などなど。

すると中国人学生たちが反発、香港の民主化を支持する集会の近くで、香港警察を擁護し、デモ隊を批判する対抗集会を開いた。彼らは「一つの中国」を叫び、「香港の警察を支持する。香港のデモ隊は違法行為をしている」と主張した。

ソウル大学の学生たちが校内に設置したレノンウォールも壊され、延世大学に掲げられた垂れ幕も身元不明の者に二度、毀損された。

2016年秋、朴槿惠大統領を退陣に追い込んだロウソク集会に「中国の情報機関が中国人留学生を密かに参加させていた」という指摘もある。

中国の「協力」を得る

暗殺、投獄、自殺……韓国の歴代大統領の退任後は、あまりに過酷なものだった。ロウソク集会で朴槿惠を弾劾に追い込み、盧武鉉が自殺したときに大統領だった李明博まで厳しく処断した文在寅も、自分の退任後に思いを馳せれば、当然、強い不安と恐怖を感じているはずだ。

その点は文政権の執行部も重々承知で、「もうこれ以上、悲劇は繰り返さない」とばかりに将来に向けて万全の手を考えていた。

李海共に民主党代表は「20年政権構想」を掲げた。次の大統領選挙の前哨戦で、「二十年政権」実現への第一歩となったのが、今年4月に実施された国会議員総選挙だった。

民主党陣営でこの選挙を指揮したのが楊正哲前民主研究院長だ。彼は文在寅が当選した前回の大統領選挙でも、選挙参謀として勝利に貢献していた。

2019年5月、青瓦台広報企画秘書官だった楊正哲は、党のシンクタンクである民主研究院の長に就任する。民主研究院長となった楊正哲が最初にしたことは北京に飛び、中国共産党中央党校と政策協約を結ぶことだった。

中国共産党中央党校は中国共産党の高級幹部を養成する学校。過去、毛沢東、胡錦濤、習近平ら主席が校長を務め、党の方針を説明したりしてきた機関だ。

同年7月、民主研究院は、韓国のシンクタンクとして初めて中国共産党中央党校と政策協約なるものを結んだ。これに対し、韓国の保守から「一党独裁」や「人権弾圧」などの手法を学び、韓国に導入するのでは、と懸念する声が出た。

楊正哲が民主研究院長に就任した19年5月、アメリカは国防権限法により、安保への脅威を理由に華為(ファーウェイ)をブラックリストに載せ、韓国などの同盟国に次世代移動通信システム5G事業から華為を排除するよう圧力をかけ始めた。その背景には、中国が17年6月から施行した国家情報法があった。

同法第7条には、「いかなる組織および個人も国の情報活動に協力する義務がある」と規定、中国のすべての企業や国民に中国共産党の命令にしたがってスパイ活動をすることを義務づけた。

華為などの中国企業が5Gを世界に張り巡らせると、中国共産党がこのシステムを通じて世界中から膨大な情報を吸い上げることができるようになる。アメリカはそれを警戒したのだった。

中国の顔色を窺う韓国

6月30日、中国では全人代常務委員会が「香港国家安全維持法案」を全会一致で可決。7月1日、同法が施行された。「一国二制度」により、本土では制限されている自由が保障された香港に対し、本土と同様に自由に制限をかけて、反政府抗議活動を抑えるのが目的だ。

6月30日(現地時間)、ジュネーブで開かれた国連人権理事会で、欧州諸国をはじめ、オーストラリア、カナダ、日本など、自由と民主主義を尊ぶ西側二十七カ国を代表して、イギリス大使が「我々は中国と香港の政府が同法の施行を再考することを求める」と訴えた(アメリカは2018年に国連人権理事会を脱退)。

しかし、ここに韓国は加わらなかった。韓国外交部は「韓国政府は諸般の状況を考慮し、共同発言には参加しなかった」 「香港に関するこれまでの立場などを総合的に考慮した」とし、理由を具体的に説明することはなかったが、中国の顔色を窺い、その意志に背かなかったとみられる。

韓国は、中国の「目に見えぬ」ならぬ、露骨な「目に見える」侵略によって、すっかり骨抜きにされてしまったようだ。モンスターの大きな口に食いつかれ、バキバキと音を立てて咀嚼され、み込まれていっている。私たちはこの現実を直視すると同時に、日本も同様の危機にあることを自覚しなければならない。

山本光一 | Hanadaプラス

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