私たちはもう火星に行った? スウェーデンの宇宙科学系Podcastが人気【インタビュー】

「ラーゴム(ちょうどいい)」な生活を送るための北欧のライフスタイルを紹介する本連載。今回はスウェーデンのラジオ番組クリエイターたちが手がける、宇宙科学をテーマにしたPodcastを取り上げます。

宇宙科学について、大人だって知りたい

宇宙科学をテーマにしたPodcastを配信する、右からマーカスとスザンナ

2020年6月、NASAが打ち上げたSpaceXの「Crew Dragon」が国際宇宙ステーションとドッキングし、8月には任務を終えて無事帰還しました。

スペースシャトル退役後、初めてのNASAによる有人飛行ということ自体が大きなニュースでしたが、コックピットの装備がこれまでのイメージを刷新するモダンなものに進化していたことが話題となりました。“宇宙を旅する”ということを、これまで以上に身近に感じた瞬間でもありました。

  • 人類が宇宙にいくとどんな日常が待っているのか
  • 私たちが学んでおくべきことは何なのか
  • 宇宙へ行く準備のために、自分ができることはあるのだろうか

そんな未来に向けて備えておくべき教養やサイエンスを、わかりやすくひもといているコンテンツがあります。それが今回紹介するスウェーデンのPodcast番組「Har vi åkt till Mars än?(私たちはもう火星に行った?)」です。

番組のWebサイト。他にもFacebookページやInstagramなどもある

https://harviåkttillmarsän.se/

配信するのはストックホルム在住のマーカス・ペッターソン氏とスザンナ・レーベンホプト氏。彼らはラジオ番組プロダクションに勤務しながら、仕事以外の時間を使ってPodcastを制作しています。

番組は2019年2月にスタート。毎月1回ペースで、これまでに14回配信され、宇宙飛行士や大学教授、スウェーデン国立宇宙委員会などの専門家にインタビューしてきました。

エピソードを見ると、番組名にもなっている「もう火星に行った?」という問いかけをはじめ、ほとんどすべてが宇宙科学についての問いかけになっています。ターゲットは大人。誰もが子ども時代にもっていた「なぜ?なに?」を直視し、専門家に話を聞きながらその疑問を学びに変えていく番組です。

番組のきっかけは、SXSWで出会ったNASAのフードテック

二人が番組を作るきっかけになったのは、米国テキサス州オースティンで毎年3月に開催される「SXSW (サウス・バイ・サウスウエスト)」というイベントです。SXSWは約10日間で1000を超えるセッションが行われ、音楽やフィルム、テクノロジーに関するあらゆる情報が世界中から集まります。

SXSWのメイン会場の一つ、コンベンションセンターの様子。初日はパス交換のために長蛇の列が伸びる

2017年3月にジャーナリズムや音響関係の情報収集を目的としてSXSWを訪れた二人。偶然参加したセッションで、NASAのフードテックのことを知り、一気に宇宙科学への関心が高まります。その当時のことを、マーカスは「二人とも吹き飛ばされた感じだった」と表現します。

すぐに残りの滞在期間の予定を変更。宇宙科学に関するセッションに片っ端から参加し、興味と知識を深めていきます。翌月にはさらに知見を広げるために来日し、JAXAなど日本の宇宙関係者を訪問しています。

SXSW 2017のNASAブースにて
SXSWトレードショーのNASAブース

もともと宇宙のことが好きで、映画や小説などを通じて子どものころから興味をもち続けていたというマーカス。「自分たちの日常生活が、少しずつサイエンスフィクションが描く世界に近づいていると感じた。そのため、日ごろからもっと宇宙について考える時間をもってもいいのではないかと考えるようになった」と言います。

しかし、実際の番組立ち上げは難航します。一番の課題は資金です。いい話もあったけど話がまとまらなかったそうです。最終的には自己資金での立ち上げを決意し、2019年2月に最初の番組を配信しました。背中を押したのは、2019年が月面着陸50周年の記念すべき年だということ。そこから14のエピソードを配信しています。

1つのテーマを多角的に深掘りする

この番組の魅力は2つあります。ひとつは、一般人の視点と言葉で、宇宙科学を多角的に深掘りしているところです。専門家が立てた仮説ではなく、好奇心や素朴な疑問が起点です。もうひとつは、1つのエピソードごとに、登場する専門家が複数人いることです。テーマに対して偏った視点ではなく、いろいろな要素を学べます。

一回の長さは約50分。ぜひ聞いてもらいたいのですが、すべてのエピソードがスウェーデン語での配信です。そこで、二人が番組づくりをするきっかけとなった6番目のエピソード、「宇宙で食物を育てられる?」について日本語で解説します。

「宇宙で食物を育てられる?」

番組冒頭では収録日に近い時期に発表された宇宙開発関連のエピソードを紹介。その中で、欧州宇宙機関(ESA)主導で行われている皮膚細胞などを3Dプリントするバイオプリント技術に触れ、食べるものの3Dプリントや植物育成の可能性に迫っていきます。

その現状を解説するのは、国際宇宙ステーションでの野菜育成プロジェクトを手がけるNASAのトレント・スミス氏です。ここでは具体的にどんな野菜を育てているのか、その方法を紹介。さらに課題として、宇宙では調理、微小重力下での水やりの難しさ、空気の対流がないことなどを挙げています。スザンナとマーカスが放射線の影響や食物供給以外のメリットの有無などの質問を投げかけ、トレントが回答します。

続いて登場したのは、スウェーデン農業科学大学のエイサ・バグレン氏。彼女は生態学を専門とし、昆虫食の研究もおこなっています。昆虫に含まれる栄養素に着目し、宇宙飛行士の食としての可能性や、火星などでの昆虫育成についてもディスカッションしました。

最後は皮膚や筋肉の人工培養を研究するチャルマース工科大学の准教授ジュリー・ゴールド氏に、食料として宇宙空間で食肉を培養することが現実的かどうかについて意見を求めました。

以上、一つのエピソードに多様な情報が盛り込まれていることが伝わったかと思います。

「テーマごとに、あらかじめ自分たちが知りたいことをリスト化しています。その中から最初に聞きたいことを選び、話を聞いてさらに興味をもったことができたら、そのリストから最適な人を選んでいきます。すばらしい研究がたくさんあるので、すべて知るには時間が足りないですよ」と、マーカス。

このような多角的な深掘りにより、現状の宇宙科学でできることとできないことが理解でき、この先にどんな未来が待っているかを想像しやすくなります。

誰もがオープンに、宇宙科学に関わっていくことが大事

マーカスによると、番組の主なリスナーは25歳から45歳がメインとのこと。「番組のファンからの応援メールが届くのですが、その多くは子どもたちと一緒に聞いているというものでした。Podcastを一人ではなく、旧来のテレビのように家族みんなで囲んで聞いてもらえているというのは驚きです。」

本業をもちながら、空いた時間で質の高い番組づくりを目指すマーカスとスザンナ。今後の夢は、この番組を通じて、より多くの人が宇宙に興味を持ち、宇宙科学関連の仕事に携わる人を増やしたいと考えています。そのためにも、コンテンツの充実は必要不可欠です。

二人は現在、日本でのJAXAをはじめとした宇宙関連事業についてのリサーチを計画しています。今年の4月に渡航予定だったのですが、新型コロナウイルス感染症の影響でキャンセルとなり、あらためて来年の春に来日できないかを検討しています。

天文学の日のイベントサイト

Astronomins dag och natt

また、「より多くのリスナーに聞いてもらいたい」と、番組の英語版の配信も予定しているとのこと。直近では、スウェーデンの天文学の日(9月26日)に関連するイベントで2つのトークセッションにも登壇。番組配信だけでなく、その周辺にも活躍の場を広げています。

マーカスとスザンナの好奇心が詰まった「知りたいことリスト」が見据える先は、ちょっと先の未来。そのときには宇宙科学の分野では何が起こっているのでしょうか。

誰もがオープンにディスカッションし、サイエンスを日常に引き寄せられるようになれば、宇宙で美味しいレシピが並んだ食卓を囲むのも、そう遠い未来のことではなくなるかもしれませんね。

これまでの【北欧のライフスタイルから学ぶちょうどいい生活】は

© Valed.press