「サッカーコラム」大卒ルーキーがJ1で活躍できる理由 横浜FCの松尾に川崎の三笘、旗手…

浦和―横浜FC 前半、先制ゴールを決める横浜FC・松尾(左)=埼玉スタジアム

 元号が令和に変わって2年目。平成のころには想像もしなかったことが、世の中で起こっている。これはサッカーの世界にも共通している。サッカーを語るとき、「平成的視点」で分析すると焦点がずれてくるということがこれからは多くなる気がする。

 13年前のJ1昇格時は、シーズン通してわずか4勝に終わった。その横浜FCが浦和を2―0で下し、早くも今季6勝目を挙げた。9月26日に行われたJ1第19節の試合だ。

 この試合で横浜FCの全得点をたたき出したのは、ルーキーの松尾佑介。仙台大学から新加入した俊足のサイドアタッカーだ。特別指定選手として昨シーズンも横浜FCでプレーし、J2の26試合で8得点を記録している。

 そのことを踏まえると、純粋な新人と言ってはいけないのかも知れない。とはいえ、J1にカテゴリーを上げてもチーム最多の6ゴールを記録しているのは立派だ。チームにとって、なくてはならない存在になっている。

 現在23歳。欧州基準からすれば、この年齢が若いのかどうかは分からない。ただ、日本的感覚における大卒1年目は「若手」と捉えられるだろう。ところが、松尾が見せるシュートまでの流れはベテランのように冷静なのだ。

 1点目は持てる技巧を集約した得点だった。前半16分、浦和GK西川周作のフィードを横浜FCのMF手塚康平がカット。そのボールをペナルティーアーク左で呼び込んだのが松尾だ。送られてきた縦パスを左足でトラップすると、右足に持ち替えてアウトサイドで少し内側に持ち出す。浦和のCB岩波拓也が寄せてきた次の瞬間、松尾は右足インに掛けて内側に巻くシュートを放った。岩波をGKの目隠しに使ったのだ。ボールは右ポストを直撃し、ゴール内に吸い込まれた。

 前半35分には、相手DFラインの裏を突く飛び出しから2点目を奪う。左サイドでボールを持ったのは、今シーズン初先発のレアンドロドミンゲス。柏時代の2011年にはJリーグMVPに輝いたこともある実力者だ。松尾は「攻撃の創造者」が持つひらめきを信じてダッシュした。

 すると、CB岩波と右サイドバックのデンの間に位置した松尾に魔法のようなスルーパスが送られてくる。ドミンゲスが右足アウトサイドで出したパスは、デンの外側を過ぎると急激に曲がり松尾の目の前に。そのままドリブルで突き進んだ松尾は、GK西川のポジションを冷静に見極め、ゴール右にボールを送り込んだ。

 ルーキーらしからぬ落ち着き。それは育成年代で揺るぎない技術を身に付けているからだろう。さらにその技術をピッチで表現するためのフィジカルを大学で培った。だから、もう何年もプロでやっているような風格を感じさせるのだろう。

 皮肉なことに松尾が育成年代に技術を磨いたのは、この日対戦した浦和のユースだった。しかも、当時の指導者は敵将の大槻毅監督。その目の前で2ゴールを挙げる活躍を見せた。

 試合があった埼玉スタジアムは松尾にとっては憧れの舞台だった。「一番身近に感じられる夢の場所だったので、そこでプレーできたのは幸せ」。しかも2本の素晴らしいシュートを決めたのだから、忘れられない日になっただろう。

 第19節では、松尾と同じ大卒ルーキーが活躍を見せた。鳥栖の右サイドバック、森下龍矢だ。森下はFC東京戦でフォワード顔負けのシュートをたたき込んでみせた。ちなみに森下は第8節のFC東京戦でも得点。明治大学卒の彼もまたユース時代を磐田で過ごしている。

 今シーズンのJリーグは、新型コロナウイルスの影響で下のカテゴリーへの降格がない。さらに、試合が中断されたことで過密日程になったことを考慮して交代枠が5人に拡大された。

 この恩恵を最も受けているのが若手の選手たちだ。本来ならば出場の難しい選手にもチャンスが与えられている。そこで結果を出した選手はそのまま重要な戦力に定着している。その多くは、高校卒のルーキーに比べフィジカル的にアドバンテージを持つ大学卒の選手たちだ。

 川崎の三笘薫(筑波大)、旗手怜央(順天堂大)は、圧倒的強さを見せるチームですでに主力級の活躍を見せている。

 昨年の大学のタイトルを総なめにした「最強・明治」の主力選手も負けていない。鳥栖の森下に加え、FC東京には安部柊斗と中村帆高が、横浜FCにも瀬古樹がいる。彼らは1年目から即戦力として機能している。

 大学スポーツで選手が育つ。これはプロサッカーがある国には珍しいことだ。事実、ユニバーシアードで日本男子は史上最多7度の優勝を飾っている。それを考えれば大学を出てからJリーガーになるという道を選択するのも理解できる。

 ただ、大学経由でJリーガーになった選手が海外に挑戦するのは年齢のこともあって難しい。鹿島やFC東京の主力が海を渡るなか、川崎がメンバーが抜けることなく強さを保っているのは、大卒選手が多いことも関係しているだろう。

 大卒選手が増えれば国内は盛り上がる。それは喜ばしいことだ。一方でレベルの高い欧州で勝負する選手が増えなければ日本代表がレベルアップしないのも事実だ。

 解決が難しいこの問題に日本サッカー界はどのような答えを出すのかに注目したい。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

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