2つある遺言書、どちらが有効?どちらも有効?

遺言書が2つ存在する場合は、どのような問題が生じるのでしょうか。また、遺言書を訂正したくなった場合にはどのような方法があるのでしょうか。行政書士の藤井利江子氏が解説します。


佐元信二さん(仮名、70歳)に最初にお会いしたのは、私が講師を務めた終活・相続のセミナーでした。そのときに、信二さんはすでに遺言書を準備していたのですが、2つ書いてあるので見てほしいというのです。

なぜ二つの遺言書があるのか?

信二さんが遺言書を書くきっかけになったのは、ご自身が不動産業を営んでおり長男に引継ぎを考えていたからでした。信二さんのご家族は、妻(65歳)、長男(45歳)、二男(43歳)の4人家族です。

信二さんは、長男に事業を任せるにあたって、会社の株式(自社株式)を全て長男に渡すという遺言書を作成しようと家族に相談しました。家族全員の了承を得ることが出来たので、長男に自社株式を相続させる内容の遺言書を作成しました。

当時、他にも信二さんは財産をお持ちでしたが、そのすべてを誰に引き継ぐのかは、まだ決めかねていたようです。

その後、妻との話し合いの結果、預貯金は、妻、長男、二男で均等に相続させることになり、この内容の遺言書を別途作成したのです。この遺言書の内容は、妻にだけに知っておいてもらい、長男と二男には知らせたくないという思いが信二さんにありました。

そこで遺言書の全文を書き換えるということではなく、追加で遺言書を作成することにしたそうです。

結果的に2つの遺言書が完成しました。

この2つの遺言書の完成3年後に、私は信二さんとお会いすることになります。

セミナーでは、複数の遺言書が出てくれば、新しい日付の遺言書が有効だとお話していました。それを聞いた信二さんは、少し不安になったようです。

どちらが有効?どちらも有効?

「遺言は作成日が後のものが有効となる」というのは、ご存知の方もいらっしゃると思います。では法律ではどのような条文になっているのかを確認してみます。

【民法第1023条:前の遺言と後の遺言との抵触等】
前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす。

この条文を簡単に説明すると「遺言は、作成日が後のものが有効となる」となります。ポイントは「抵触する部分については」という言葉です。作成日が後の遺言が全てにおいて有効という訳ではなく、全文を書き換えた場合には、全ての遺言内容が前の遺言と抵触するので、作成日が後の遺言が有効になってくるのです。逆に、抵触する部分がない場合、どちらの遺言も有効となります。

今回のケースでは、自社株式についての遺言は家族全員が了承済でした。その他の財産についての遺言は妻だけに知っておいてもらいたいという想いがありました。このような場合、自社株式を除く財産についての記載を行うことで、どちらの遺言も有効とすることができるのです。しかし、このような場合には、遺言の記載方法に注意が必要です。

ある言葉の使い方に注意

では、何に注意が必要なのでしょうか。ここでは、遺言を作成する際、よく使われる言葉をご紹介します。

【遺言:よく使われる言葉】
遺言者は、下記預貯金を含む「その他一切の財産」を、遺言者の妻、長男及び二男に均等の割合で相続させる。

このように「その他一切の財産」という記載を行うことが多くあります。これは、遺言で限定的に「下記預貯金」という記載をしただけでは、記載した以外の預貯金が判明した場合に対応できないからです。遺言を作成してから新しい口座を開設した場合などがあった場合、その預貯金については遺言に反映されないということです。

遺言の作成を行う理由として、遺産分割協議を避けるためということはよくあります。これは争いを避けるため、相続手続を簡略化させるため等、色々な理由があります。なので財産にもれがないよう、「その他一切の財産」として記載を入れるのです。

「前の遺言が後の遺言と抵触するとき」とは?

今回のケースでも追加の遺言(2つ目の遺言書)を作成する際に、この言葉が入っていました。相談をしていた専門家や公証人に自社株式についての遺言があることを信二さんが伝えていなかったのか。ご自身ではこの言葉の意味が分からず追加の遺言を作成してしまったのか、理由はわかりません。しかし、現実としてこの言葉の記載がある遺言を作成していました。

改めて、民法条文を確認してみましょう。条文には「前の遺言が後の遺言と抵触するとき」とあります。つまり「その他一切の財産」には、自社株式も含まれることになるのです。これにより、不動産は妻へ、預貯金とその他一切の財産(自社株を含む)は均等の割合で相続されることとなってしまいます。

このように、遺言の作成、修正、追加といっても、内容は多岐に渡ります。遺言者が想いや願いを叶えるためには、以前に遺言を作成したことがあるのか、もし、作成したことがあるのなら、どのような内容で、何のために作成していたのかなどを考慮することが必要です。専門家へ相談をする場合は、このような内容も伝えるようにしましょう。

「前の遺言が後の遺言と抵触するとき」とは?

それでは、今回のケースでは、どのような遺言書の内容の提案を行ったのか。いくつかの例をあげてご紹介します。

遺言で「その他一切の財産」という記載を行うことで、前の遺言に抵触してしまいます。そのような場合、自社株式に影響がないよう限定的に記載をすることが有効です。

この例では、(3)記載の財産を『金融機関全部』と限定しているため、自社株式に影響がでることはありません。このような記載をどこまでするのかは、その方の財産状況がどのように変化する可能性があるのかで検討をする必要があります。有価証券を所有していて、その内容が変化する可能性があれば「その他遺言者名義で契約する証券会社全部」となるかもしれません。また、不動産が増える可能性があれば「その他遺言者名義で所有する不動産全部」となるかもしれません。これらは、遺言者の財産状況を把握し、ご意向についての聞き取りがきちんとできているからこそ可能になるのです。

前遺言の記載を除くこともできる

続いて、前遺言の記載を除くことで対応ができる例もご紹介します。

遺言者は、下記預貯金を含む、令和〇年〇月〇日付〇〇法務局公証人〇〇作成の令和〇年第〇〇号遺言公正証書記載の財産を除く、その余の一切の財産を遺言者の妻、長男及び二男に均等の割合で相続させる。

このような記載にすることで、自社株式を含まずに追加で遺言の作成をすることが可能になります。この場合、以前にも遺言書を作成していたことが明確になりますので、前遺言を作成していることを知らせたくない場合などに使用することはできません。「こんな遺言を作成したい。」という相談だけで遺言の作成に入ってしまうことは、最終的にご相談者の想いや願いを叶えられないだけでなく、相続そのものを複雑にしてしまうことがあります。「なぜ、遺言をしたいのか」ということをご本人からお話頂くこと、そして専門家もこのような内容の聞き取りを行うことが重要です。

今回のケースでは、遺言を追加で作成したいという想いがありましたが、やはり全ての遺言を書き替えるほうがシンプルで間違いが少ないでしょう。そのような場合、下記のような内容になります。

遺言者は、令和〇年〇月〇日付○○法務局公証人○○作成の令和〇年第○○号遺言公正証書記載の遺言を含む、本遺言より前にした遺言を全て撤回し、改めて以下のとおり遺言する。

このような記載を行うことで、前遺言が何通あったとしても全てを撤回したことになります。

相続対策に重要なことは、遺言書の作成や各種契約書の作成をすることではなく、想いや願いを叶えることです。また、想いや願いの本質を知ることも大切です。それぞれのご家庭、財産の状況を考え、真の目的を明確にすることが生前対策において重要なことなのです。

<行政書士:藤井 利江子>

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