性暴力に遭った画家が今、描きたいこと 被害者も加害者も生み出さないために

「おっしりー」を描くたもりんさん=7月、東京都内

 子どもを狙った性犯罪に頭を悩ませる大人のもとに、赤ちゃんのお尻に着想を得たピンク色のキャラクター「おっしりー」が現れる。「悩めるパパ、ママ。そんなときはまず性教育。ぼくと一緒に学んでいこう」「プライベートゾーン(水着で隠れる部分など)」や「嫌なことにはノーと言う」など、子どもに何を教えたら良いか学んでいく。軽妙なタッチの根底にあるのは、性暴力への怒り。作者のたもりんさん(26)=ペンネーム=自身も被害経験者だ。(共同通信=三浦ともみ)

(たもりんさん提供)
(たもりんさん提供)

 ▽悪いのは自分?

 たもりんさんは美術大3年のとき、年上の画家の男からレイプされた。男とは、同じ展覧会への出品をきっかけに知り合った。優しく声を掛けられ、強引な印象はなかった。ある日、男の作品を見ようとアトリエを訪れた際、急に馬乗りになられた。突然の出来事に驚き、体が動かなかった。感情を遮断し、心と体が切り離れたような感覚になった。心のバランスが崩れ、4年生の卒業制作は「めちゃくちゃだった」。それでも「せっかく美大にきたんだから、悔いを残したくない」と思い、大学院に進んだ。

 だが、男が同じ街にいると思うだけで、次第に苦痛を感じるようになった。逃げるように頻繁に地元に帰り、友人宅を転々とした。大学のある街に戻るため、電車に乗ろうとすると足がすくんだ。結局、大学院を中退した。辞める際に男性の指導教員に被害に遭ったことを伝えたが、「もう終わったことでしょう。いいから作品を作ってよ」と突き放された。

 ▽変わらない加害者

 その頃から、同じ男による被害者が他にもいることが、SNSを通じて分かってきた。「実は私も・・・」とつながったのは約10人に上った。たもりんさんも含めて被害者には共通点があった。肉親との関係が安定しないなどの不安を抱え、頼れる人がいないこと。男はそこにつけ込み、加害していた。

たもりんさん=9月、東京都内

 「被害者は誰にも相談できず、男に依存するような状態にさせられていた。ひきょうなやり方だったことに、後から気付いた」。警察に複数の被害が出ていることを伝えたが「時間がたっていて、物的証拠もないため捜査は難しい」と言われた。 数人と一緒に、弁護士を通じて男に被害を訴えた。男は加害を認め、示談が成立した。ただ、男はその後も街に残り、今も変わらず創作活動を続けている。一方、街に居られずに去った被害者は、たもりんさんだけではない。

 数年前に始まった性暴力被害を告発する「#MeToo」(私も)は、美術界にも広まり、最近、著名な作家による被害を訴える女性も現れ始めた。だが、美術界の反応は驚くほど冷ややかだと感じている。「加害者をかばい、被害者を責める。芸術家なら何をしてもよいという免罪符がある」。作品を通して「反戦」や「環境保護」をうたう一方で、足元の性暴力には甘い芸術家が、日本には多すぎると思った。「こんな美術界で、何もなかったかのように今まで通りの制作を続けることはできない」

(たもりんさん提供)
(たもりんさん提供)

 ▽今何を描くか

 もともと、子どもをテーマに作品を描いてきたたもりんさん。今年3月からは、親子で取り組める性教育の漫画をツイッター上で発信し始めた。参考にしたのは、コミュニケーションの取り方や性の多様性などを幅広く教えるオランダなど、海外の性教育だ。 

 漫画では、おっしりーが「自分と他人の体を大切にしよう」と呼び掛け、保護者と3歳の男の子に指南していく。「身近な人が被害に遭ったらどうすればいい?」の回。保護者は「早く忘れられるように別の話題に変える」「私ならショックで受け入れられない」と答えたが、おっしりーは「その対応はどっちもダメ」ときっぱり。感情に共感を示すことや、被害者が話をやめるまで十分に聞くことのほか、「あなたはちっとも悪くない」ということを言葉や態度ではっきり示すよう求める。分かりやすいやりとりを続けながら、性暴力に遭った被害者が、その後の周囲の言動によって再び傷つけられる「セカンドレイプ」にならないよう、注意を呼び掛けた。

 調べていくうちに、海外では性教育が「人権」として社会に根付いていると感じた。一方、日本では「下ネタ」扱い。中学生になっても、性交すら十分に教えられていない現状を知り、危機感を抱いている。「性暴力は他者への侵害。子どものうちから学ぶことで、被害者も加害者も生み出さないようにしたい」。

たもりんさん=9月、東京都内

 たもりんさんが漫画を掲載しているツイッターアカウントは「おっしりー公式@osshiri_」。ツイッターを使っていない人向けにnote(https://note.com/soyoi13)でも情報発信している。

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