今井美樹「9月半島」観音崎の空と海が教えてくれた “がんばらない生きかた” 1988年 6月21日 今井美樹のサードアルバム「Bewith」がリリースされた日(9月半島 収録)

最近、素敵な独身女性が増えたのは何故?

最近、日々を過ごしている中で感じることのひとつが、頓に、自分のまわりの同世代に “素敵な独身” の方々が増えたなあ、ということだ。自分らしく魅力的に活動している独身さんがとても多いのだ。これは特に女性に多い印象がある。今の時代にこういった男性目線はいささか不適切かもしれないが「えっ!?なんでこんなに見目麗しい御方がまだ独身?」と驚いてしまうことも少なくない。そんな彼女達に対しては “余程理想が高いのか? はたまた過去の大失恋によって心の闇を抱えているのか?” といった下衆な勘繰りをしてしまうが、まあ余計なお世話だろう。

いずれにせよ、2020年現在、独身はアラフォー・アラフィフ世代の生きる選択肢のひとつとして、完全に市民権を得た感じがする。しかし、生き方の多様性が示されている一方で、そのこと自体が少子高齢化の一因ともなり、日本が解決しなければならない大きな課題となっているのは皮肉なことだ。

“おひとりさま” という言葉が流行語大賞にノミネートされたのは2005年。もう15年も前のことだ。ところが、そこからさらに17年遡った1988年に、素敵な独身の時代到来を呼び寄せるような曲が世に出ていた。今回はその曲を紹介したい。今井美樹の「9月半島」という曲である。

レコーディングは観音崎マリンスタジオ、今井美樹の名盤「Bewith」

この「9月半島」は、1988年6月21日に発売されたサードアルバム『Bewith』のラスト曲前の10曲目に収録されており、この曲では、彼氏との別れを経たひとりの女性が、そのモヤモヤを清算するかのようにひとりで海を見にきた情景が、岩里祐穂の詞によって描かれている。

レコーディングは、今は無き「観音崎マリンスタジオ」(現在はホテルの結婚式場のチャペルになっている)。実は、僕も地元なので時々このあたりを訪れるのだが、東向きの海岸なので午後になると水面の青さが増してくる。当時、スタジオの大きな窓から見える空と海は、歌い手の精神面にも変化を与えた模様で、「♪ 果てしない青さを 海まで追いかけたくて…」というゆったりした歌い出しは、まるで今井美樹自身が観音崎の空と海に同化しているようだ。続く「♪ 光のモスリンが 柔らかな風を編んで…」という、女性作詞家らしい比喩表現も、ベルベットなボーカルと相まって、曲全体にナチュラルで上質な肌触りを与えている。

アルバムのキーワードは自由、そこには恋愛の理想形が…

このように、アルバム『Bewith』は、夏と海を背景として描かれた作品であるが、全編を通じキーワードとなっているのが “自由” というフレーズだ。「9月半島」の歌い出しを紹介したところで申し訳ないが、時間軸をアルバムの先頭に戻してみよう。彼女と彼の夏は1曲目の「夏をかさねて」から始まる。オーガニックで清涼感あるイントロが、初夏の柔らかな波打ち際を想起させる。

 音のない昼下がり 泳ぐように
 あなたの海 自由に遊んでいてね

そして2曲目「セカンドエンゲージ」で今井美樹が観音崎の空と海に向けて放ったこの一節は象徴的だ。

 空に銀のセスナ離れてよりそう
 あなたとあんなふうに生きるの

これらの歌詞からは “恋愛はどちらか一方の犠牲の上に成り立つ物ではなく、お互いの自由を尊重し、分かち合うこと” という信念、そして、男尊女卑的な旧態依然とした男女関係とは決別するのだという、女性としての意思が感じられる。

しかし、9曲目「黄色いTV」で、理想形とも思えた2人の関係は、波が引くように静かに消えていってしまい、そして10曲目の「9月半島」へとつづく。実はこの曲は、詞を書いた岩里祐穂によると “「黄色いTV」の登場人物の3ヶ月後” というオーダーで作詞がなされた曲なのだそうだ。

当時はまだ新しかった “がんばらない生きかた”

「9月半島」で注目したいのは、ズバリ、最後の部分の歌詞だ。

 沖に遊ぶ 鳥のように 自由でいたい

 ああ 傷つけあうよりも
 今 一人をえらんだの

ひとりになった主人公が、夏の終わりの空と海の中で導いた終着点は、やはり “自由” だった。しかしそれはひとりの自由。今風な言い回しで言い換えると “がんばらない生きかた” そんなニュアンスだ。このニュアンスの失恋ソングは当時の音楽シーンの中では新しかった。それまでは、失恋自体が自分にとって不本意な出来事であったことを前提に、自分自身を悲劇のヒロインとして描写したり、逆に応援歌で自分を鼓舞したりする物が多かった。だが、この「9月半島」では、“失恋自体、私にとって不本意な出来事ではない” というパラダイムシフトが起きているのだ。

1988年というと、テレビでは高田純次の “5時から男” のギラギラしたCMが流れていた時期。しかし「9月半島」の今井美樹は、それとは真逆の自然体だ。そんな、自然体で肩の力の抜けた失恋ソングが、多くの同性の共感を呼び、恋に破れた女性達に “私はこれでいい” という自己肯定感を与えたのだとしたら興味深い。当時この曲に心を重ねた女性の中には、人生の或る段階でこの曲の主人公のようにひとりを選び、その後色々な道のりを経て、30年経った今、本当の自由を獲得したという人も少なくないかもしれない。それであれば、僕の周りに素敵な独身女性が増えたのも頷けるというものだ。

余談だが、今井美樹自身、この「9月半島」は大変お気に入りの1曲のようで、本当はこの曲をアルバムのラストに据えたかったらしい。確かに、諸事情でCD版のラスト、11曲目に収録された「静かにきたソリチュード」からは観音崎の空と海の空気は感じられない。

アルバム『Bewith』は、恋と夏、そして自由と孤独を描いた、見事なトータルアルバムだったのだ。

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