激しい競争社会が生んだ「顔面偏差値」 中国で広まる「美しい顔」願望【世界から】

「更美」のアプリ内にあるAIを用いた顔診断ができる画面。現在の「問題点」を指摘するとともに、整形のプランも提案する

 北京では1990年代末まで、お化粧をした女性を見ることはまずなかった。ところが、近年は顔を美しく見せる「美顔」への注目が急速に高まっている。2015年にインターネットを中心に流行した顔の美しさを表す「顔面偏差値」という造語もすっかり定着した。「学力偏差値」を上げるのはなかなか大変だが、顔面偏差値なら手っ取り早く手にできるということなのだろう。筆者の周囲でも、高校生からママ友まで整形手術をした人は珍しくない。「美顔」ブームから見える中国社会の実相をリポートする。(北京在住ジャーナリスト、共同通信特約=斎藤じゅんこ)

 ▽強烈な広告

 北京で暮らしていると、美容整形の宣伝と勧誘が至る所であふれていることに気づく。筆者も先日行った北京市内のネイルサロンで、まぶたを一重から二重にする手術や、皮膚に針で色素を注入して眉などを描く「アートメーク」を勧められた。

 無料通信アプリLINE(ライン)の中国版である「微信(ウェイシン)」には、ネイルアートやまつげエクステンションを始めとする日本でも一般的なサービスとともに、しわを目立たなくさせるというボトックス注射や二重まぶた手術といった美容整形の宣伝が踊っている。

 動画サイト内の広告も、美容整形ができる医院やサロンを紹介する「新氧(シンヤン)」や「更美(ガンメイ)」といったスマートフォンのアプリばかり。そして、これら広告の表現が強烈だ。「更美」の広告を紹介する。二重まぶたは背が高くにこやかで明るい雰囲気の若い女性たちなのに対し、一重まぶたは背が低く地味な女子たちばかりが登場する。「誇張しすぎでは」と感じられるほど、あからさまな対比を見せることで二重まぶたへの整形を促している。

 容姿によって女性に優劣を付ける内容で不快極まりないが、中国では問題視されていない。

第2回中国国際輸入博覧会で美容機器などが並ぶラオックスの展示=2019年11月、上海(共同)

 ▽より若く、より地方へ

 民営の美容整形医院ができたのは1990年代後半と、中国における美容整形業界の歴史は浅い。しかし、急成長を続けている。民間調査機関「前瞻産業研究院」が行った調査によると、市場規模に関するデータを取り始めた2012年以降、前年比20%以上という驚くほどの成長を維持している。19年の美容整形市場規模は1739億元(約2兆6980億円)に上る。

 別のデータでも二重まぶたを筆頭とする(注射ではなく切開による)手術型美容整形市場は11年から19年にかけて6・5倍に拡大している。(民間調査機関の智研諮詢、20年)

 前瞻産業研究院は同時に「近年の美容整形市場では2000年以降に生まれた『00後』世代(現在の20歳以下)とともに、地方小都市や農村における消費が伸びている」と指摘している。

 利用者の低年齢化は民間調査機関「Mob研究所」が公表している18年と19年の調査結果を比較するとよく分かる。この中の「利用者全体に占める年齢ごとの割合」を見ると、「18歳以下」が7%から21%に急増しているのだ。さらに、19年の調査では「24歳以下」が49%で全体のトップになった。職業別でも「学生」が22%から36%に伸び、これまで最多だったホワイトカラー(19年調査では31%)を逆転している。

 美容整形は地方でも活況を呈している。中国内陸部にある甘粛省の農村出身というアラフォー女性は「出稼ぎのために村を出た女性の8割方が眉のアートメークをしており、農村でアートメークのサロンを経営している親戚もいる。誰もが美容に力を入れるようになっている」と語る。

 ▽ソーシャルメディアが生んだ「憧れの顔」

 ネットセレブ顔―。この言葉を聞いた誰もがどのような顔かをイメージできる。そんな顔が中国で登場している。具体的に書くと次のようになる。「二重まぶたと落ちそうな位大きな瞳」「とがった顎」「高くて筋の通った鼻」「つるつるの白い肌」「長髪のフランス人形」―のような顔だ。

 ネットセレブとされる女性はおしなべてこのような顔の造作をしている。彼女らの多くは整形によってネットセレブ顔を手にしていることを公表している。13歳からのわずか3年間で100回以上、整形手術をしたという16歳の少女もいるから驚く。

 誰でも容易に動画を投稿できるメディアが登場したことで、新しい経済や若者文化が世界中で生まれている。中国でも同様だ。動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」などで動画を発信することを通じて、誰もがセレブになる夢を見られるようになった。前瞻産業研究院がまとめた「2019年中国医療美容業界トレンド研究報告」は「15年以降にソーシャルメデイアで定着したネットセレブによって生まれた文化が美容整形消費を押し上げた」としている。他の投稿者と違いを出す大きな要因として容姿が重要視されたのだ。

 こうして15年以降、ネットセレブ顔や顔面偏差値などの「ネット新語」が次々と生まれた。さらには人生の「成功要因」として、主に容姿を指す「美的指数(Beauty Quotient)」という造語まで登場した。知能指数の「IQ(Intelligence Quotient)」をまねたこの造語は「BQ」と略されている。

第1回「国際サービス貿易交易会」に参加した韓国の美容整形企業のブース=2012年5月、北京市

 ▽ 巧みに誘導

 IT技術の発達も整形手術が身近になる後押しをした。「新氧」や「更美」を始めとするアプリをスマホにダウンロードすれば、一般人が寄稿した整形手術日記が読めるだけでなく、人工知能(AI)技術を用いた「顔面診断」を受けることができる。そればかりか、受診する医師の選択や手術の予約、支払いまでを瞬時に行うことができる。

 AIによる顔面診断は、スマホで撮影した自分の写真を基に行う。毛穴やくすみ、しわのチェックに加え、目鼻立ちといったパーツの構成に至るまでさまざまな評価がわずか数秒で出される。さらには、これらの情報を即座に診断したAIが「あなたは両目の間隔が長すぎるため、ぼうっとしている印象を与えます」などといった指摘をしてくる。

 もちろん、ここでは終わらない。「問題点」と診断した箇所について「目元を切開し、ヒアルロン酸を注入すれば距離が縮まりあなたの顔面偏差値をすぐに高めることができます」と「手術する」よう勧めてくる。その気にさせられた人は、画面上にある「ドクターに相談するホットライン」をクリックすることになる。美容整形をしたくなるよう誘導する仕掛けが巧妙に用意されているのだ。

 ▽成功への焦り

 このようなアプリが人気を呼ぶ背景には、中国の激しい競争社会があるようだ。美容整形業界は「容姿は成功するための資質で、整形はそのための投資」とうたい、消費者はそれに共鳴している。このことを端的に示しているのが先に触れた「美的指数」という造語だ。「激しい競争環境の中で自分を売り込む資質としての容姿」「個人が職場における出世競争で自分の価値を高めるもの」と恥ずかしげもなく定義している。

 「新氧」の広告ではインフルエンサーとして知られる中年男性が「僕が時間を使うのは3種類の人だけ。一『美しい人』二『面白い人』三『美しくて面白い人』」と偉そうに語る。さすがにこれには驚きを隠せなかった。

 ところが、周囲の中国人の反応は違う。成功したいなら整形で美しくなろうという露骨なメッセージに対しても「なるほど」と共感するのだ。このことは、近ごろの中国人女性、中でも若い層が自分の容姿、そして自分自身への自信を失いつつあることを表しているのだろう。

 激しい競争社会の中国では、自分の道は自分で切り開いて成功したいという志向を多くの人が持っている。これは近年の発展を支えた活力となっているので、プラス要因といえる。同時に「成功しなければ」という焦りを生んでいるのも事実だ。背景には、貧富の格差が激しいにもかかわらず、社会福祉が未整備なことや政策や状況が政権によって大きく変わるという不安がある。中国人の中に併存する成功願望と焦燥感が相まって、社会を生き抜く手段として美容を必要としているのかもしれない。

 外面を磨く「美顔」ブームからは、外からは見えにくい中国社会や近頃の若者たちの内側が見えてくる。

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