百数十円で鉄道旅行を満喫する“鍵”は 「鉄道なにコレ!?」第13回

By 大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

「大回り乗車」に使った博多からの大人170円の初乗り切符=福岡市(筆者撮影)

 JRの大都市近郊区間で大人1人百数十円の切符を買うだけで、何時間もの鉄道旅行を満喫できるのが通称「大回り乗車」だ。新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、近場の旅行が推奨されているウィズコロナ時代にもぴったりだ。そこで対象の一つ、福岡近郊区間で挑んだ。(共同通信=大塚圭一郎)

 【大回り乗車】大都市近郊区間内だけを利用し、一筆書きの経路で乗車した場合、最短経路の運賃で計算する特例を活用して長距離の「大回り」のルートを乗る方法のこと。東京、新潟、仙台、大阪、福岡の各近郊区間が対象で、途中下車はできない。「JR時刻表」(交通新聞社発行)には「大都市近郊区間内のみを普通乗車券または回数乗車券でご利用になる場合は、実際にご乗車になる経路にかかわらず、最も安くなる経路で計算した運賃で乗車することができます」「重複しない限り乗車経路は自由に選べます」と記されている。

 隣の駅までの切符を買い、隣の駅まで直行するルートを通らずに迂回した経路で行く場合などに適用できる。特急料金を支払えば途中で特急列車に乗るのも可能。大阪近郊区間では東海道新幹線の米原(滋賀県米原市)―新大阪間と、兵庫県内の山陽新幹線西明石―相生間も乗車できる。

 ▽国鉄型ディーゼル車両が今も現役

 土曜日の午前6時15分、博多(福岡市)で隣の駅の吉塚までの大人初乗り170円切符を買い、自動改札機を通り抜けた。もしも鹿児島線を北上し、午前6時17分発の門司港(北九州市)行き普通電車に乗れば、1・8キロ離れた吉塚に午前6時19分に到着する。

 しかし、カップラーメンにお湯を入れて待つ時間より短い2分の旅路では味気ない。代わりに170円の切符を片手に「大回り乗車」を活用して鉄道を乗り継ぎ、カップラーメンのめんがスープをすっかり吸い込んでのびてしまうほどの時間を過ごすことにした。

 最初に乗り込んだのは鹿児島線の反対方向へ南下する午前6時21分発の区間快速大牟田行きだ。原田(はるだ、福岡県筑紫野市)で降りて跨線橋を渡り、駅の片隅に奥ゆかしくたたずむ木造屋根の0番プラットホームに向かった。

 間もなく入線したのは旧日本国有鉄道が発注し、1977年から約5年間にわたって製造されたディーゼル車両キハ40を改造したキハ140だ。白い車体に青いラインが入った1両だけの車両だ。先頭には「宇都宮 富士重工 昭和54年」の銘板が取り付けられており、旧富士重工業=現SUBARU(スバル)=が宇都宮市の工場で製造した車両なのが分かる。スバルは採算が厳しかった鉄道車両製造から2002年度をもって撤退しており、それまでに生産した車両は累計1万両を超えている。

JR九州の通称原田線を走るキハ140=福岡県筑紫野市(筆者撮影)

 到着した列車は原田―桂川(福岡県桂川町)の営業キロ20・8キロをピストン輸送しており、「原田線」という通称で呼ばれている。だが、かつて福岡県内の炭田から「黒いダイヤ」と称された石炭を運ぶ大動脈だった筑豊本線【注】の一部だ。1両だけのディーゼル車両が単線を行き来するのが、発着するのが0番ホームという駅構内の場末のような空間であることに、「これでも本線とは」と寂しさを禁じ得ない。

 乗り込んだ列車は午前7時1分発。土曜日と休日の場合、この列車を逃すと2時間21分後の午前9時22分までないだけに、急ぎ足で乗り込んだ。

 ▽駅前に路面電車の姿

 キハ140は座席が向かい合ったクロスシートになっており、「グオーン」という重厚なディーゼルエンジンを響かせながら出発した。6分後に到着した隣の筑前山家(筑紫野市)の駅前には、かつて西日本鉄道の路面電車「福岡市内線」で走っていた車両507号と、西鉄の路線バス用車両が置かれている。

筑前山家駅前に保存されている旧西日本鉄道福岡市内線の507号=筑紫野市(筆者撮影)

 西鉄などによると、507号は1948年に製造され、福岡市地下鉄の開通を控えて福岡市内線が79年に全線廃止になるまで活躍した。福岡県須恵町の皿山公園で展示された後、鉄道愛好家団体「北九州線車両保存会」が2014年に須恵町から譲り受けて保存している。

 次の筑前内野(福岡県飯塚市)までは山あいの急な坂を上り、所要時間は13分に達する。通称原田線は18年7月に起きた西日本豪雨で線路の盛り土の流出などの大きな被害が出て、19年3月9日に復旧するまで約1年8カ月かかった。

 運転再開後も苦戦しており、JR九州によると19年度の1日1キロ当たりの平均通過人数は467人にとどまり、営業損益は8400万円の赤字に陥っている。たとえ1人でも乗ることで平均通過人数を押し上げるのに微力ながら貢献できるが、握りしめている切符がわずか170円というのは申し訳ない…。

 ▽1日1本だけの快速

 列車の終点、桂川に午前7時29分に着いた。同名の駅は京都市の東海道線にもあるが、読み方は「かつらがわ」で、福岡県の駅は「けいせん」と読む。京都市の駅は2008年10月に開業したのに対し、福岡県のほうは1901年と1世紀もさかのぼる“大先輩”だ。

 近くには名所として6世紀中ごろに造られたと考えられている全長約86メートルの前方後円墳「王塚古墳」があるが、「大回り乗車」なので途中下車は不可能だ。

桂川駅に入線する博多行きの特急「かいおう」。787系で運行=桂川町(筆者撮影)

 直方(福岡県直方市)から筑豊線と篠栗線と経由して博多へ向かう特急「かいおう」3号が停車したのを見送り、午前7時34分発の筑豊線で新飯塚(飯塚市)へ。ここで田川後藤寺までの営業キロ13・3キロを結ぶ後藤寺線の1日1本だけ運転されている午前8時2分発の快速田川後藤寺(田川市)行きに乗り込んだ。

 運用した2両編成のキハ147は、国鉄時代に登場した車両キハ47をJR九州が改造し、ディーゼルエンジンを高出力化している。快速はノンストップで走るだけに、ディーゼルエンジンが力強いうなり音を上げながら力走した。

後藤寺線を走るキハ147。折り返しで快速田川後藤寺行きとして運用された=飯塚市(筆者撮影)

 終点の田川後藤寺の1つ手前にあるプラットホーム1本だけの無人駅、船尾(福岡県田川市)はセメントの生産設備が立ちはだかる“工場萌え”のスポットだ。ここは麻生太郎副総理・財務相・金融担当相の弟の麻生泰氏が会長を務める麻生セメント田川工場で、泰氏にお目にかかった際に「あの鉄道は、かつてうち(麻生家)が造り、持っていた鉄道だよ」と聞いていた。船尾は麻生家が所有していた九州産業鉄道の駅として1922年に開業し、産出されるセメント原料の石灰石を運ぶ貨物列車も走った。第2次世界大戦中の43年に国有化され、87年の国鉄分割民営化でJR九州に引き継がれた。

 貨物列車が行き交うことがなくなり、旅客輸送だけが残った後藤寺線は2019年度の営業損益は1億6700万円の赤字に陥っている。

 ▽同じ三セクの異なる車両

 午前8時18分に終点の田川後藤寺の1番ホームに着き、木造の跨線橋を渡って4番ホームへ。日田彦山線の午前8時33分発小倉行きに乗り込んだ。

 田川後藤寺駅と、隣の田川伊田(田川市)にはともに第三セクターの平成筑豊鉄道のディーゼル車両が見えたが、異なる車両だった。なぜかというと、田川後藤寺を発着するのは糸田線、田川伊田は伊田線と田川線の駅だからだ。

田川伊田駅に停車中の平成筑豊鉄道のディーゼル車両=田川市(筆者撮影)

 これら国鉄が運行していた三つの赤字ローカル線を1989年に引き継いだ平成筑豊鉄道は、2019年度の利用者数は約151万8千人。ピークだった1992年度(約342万人)の半分未満に落ち込み、沿線自治体からの補助金頼みの赤字経営が続く。新型コロナウイルスの感染拡大による利用者減少も打撃となっており、河合賢一社長は「新型コロナ前と比べて定期券収入が2割減り、定期外収入が4割減っており、重い足取りだ」と打ち明ける。一方、増収策として期待するフランス料理を味わえるレストラン列車「ことこと列車」は、政府の観光支援事業「GoToトラベル」を追い風に「新型コロナ対策で提供席数を減らしているものの、ほぼ完売状態だ」というのは明るい材料だ。

JR日田彦山線の途中駅には、昔銅を採掘していたのに由来するとされる「採銅所」という駅名も=香春町(筆者撮影)

 日田彦山線が午前9時24分に終点の一つ手前の西小倉に着き、快速南福岡行きに乗り換えた。この電車に乗れば午前10時35分に目的地の吉塚に着くが、故松本清張さんの推理小説「点と線」の舞台として登場する3駅手前の香椎で10時22分に下車した。

JR香椎駅に入線する博多発大分行き特急「ソニック」。特急料金を支払えば「大回り乗車」で特急を使うこともできる=福岡市(筆者撮影)

 乗ったのは午前10時42分に出発した香椎線の宇美行きだ。「うみ」と言っても、終点に海はない。海を見るには反対方向の列車の終点、西戸崎に行けば博多湾が近傍にあり、福岡市営渡船が博多港まで15分で結んでいる。

 香椎線ではパンタグラフで架線から電気を取り込んで蓄電池にため、モーターを動かして走る車両「DENCHA」が活躍している。香椎駅の架線で約10分間充電すれば、宇美または西戸崎まで1往復(それぞれ営業キロで計25キロ、計25・8キロ)できるという。

JR香椎線で活躍する「DENCHA」=福岡市(筆者撮影)

 午前11時2分に長者原(粕屋町)に到着し、4分後に出発した快速博多行きが午前11時14分に吉塚に着いた。

 通常ならば営業キロ1・8キロで直行できる区間を、福岡県内を周遊して10倍近い166・8キロも乗った。直行すれば2分の所要時間は、4時間53分に達した。

JR吉塚までの最後に利用した篠栗線(右)。左は鹿児島線=福岡市(筆者撮影)

 もしも通常運賃を支払った場合は3300円かかる距離を170円で満喫できたのだから、“お買い得”の鉄道旅行だったのは確かだろう。

 【注】本稿は共同通信社の表記に準じており、原則として路線名で「本線」の表記は使わず、「線」と記している。ただ、この場合は本線なのを強調するため「本線」と表記した。

 ※「鉄道なにコレ!?」とは:鉄道と旅行が好きで、鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」の執筆者でもある筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まり、随時お届けしています。ぜひご愛読ください!

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