『心は孤独な狩人』カーソン・マッカラーズ著、村上春樹訳 悲しみに満ちた魂の群れ

 孤独の反対語は何だろう。読み終えて、ふと考えた。

 愛、友情、連帯、共感、理解…。どれも少し違う気がする。愛や友情があっても、人は孤独から逃れることはできない。それでも、他人と交わることで、コミュニケーションを試みて受け入れられたと感じることで、孤独を多少なりとも紛らわせることはできる。話を聞いてもらえば、自分は孤独ではないと思うことはできる。でも、本当に?

 米国ジョージア州出身の女性作家、カーソン・マッカラーズ(1917~67年)が40年、23歳の若さで上梓した小説の村上春樹による新訳。主な登場人物はみなひどく孤独で、手に負えない問題を抱えている。舞台は30年代後半、米国南部の小さな町。人種差別は根深く苛烈で、富の不均衡による経済格差は激しく、世界は分断されようとしている。第2次世界大戦前夜の不穏な空気の中で、人々は閉塞感と貧困にあえいでいる。

 この町にある下宿屋に、一人の白人の聾唖者、シンガーが住み着いた。彼は少し前まで太ったギリシャ人の聾唖者、アントナプーロスと2人で暮らしていたが、彼が精神病院に入ることになった。2人で暮らしていた部屋に残って住み続けることに耐えられなくなり、引っ越してきたのだ。

 やがてシンガーの部屋に客が訪れるようになる。コープランド、ブラント、ビフ、ミックの4人である。

 黒人医師のコープランドは長年、差別を打破しようとしてきたが、その先鋭的な考え方や物言いが原因で、娘や息子たちの心が離れてしまっている。過激な思想を持つブラントも周囲からの賛同を得られず、アルコール依存症から立ち直ることができない。2人は社会を変革したいという思いはあるものの、他人とうまく接することができず、孤立を深めていく。どちらも聡明で似た者同士なのに、協力し合うこともできない。

 町はずれにある食堂の主人、ビフは自らの性的指向に罪悪感を持っている。そして10代前半の少女ミックは音楽の才能に恵まれているのに、生活苦から脱することができない。

 4人はそれぞれの孤独を抱えて、シンガーの下宿先を訪ねて自らの思いを語る。シンガーは相手の唇の動きを読み取る。常に黙っているが、うなずいたり、笑顔を見せたりしながら何時間でも話を聞いてくれる。シンガーは4人にとってよき理解者であり、心の拠り所となっていく。

 しかし、シンガーの方はどうか。アントナプーロスと暮らしていたころのシンガーは、もっぱら聞いてもらう側だった。手話を駆使して、いつも思いのたけを伝えていた。シンガーは聞いてもらう側から、聞く側に立場を変えたのだ。

 4人の行き場のない鬱屈や屈託や悲嘆、解決することのできない問いがシンガーに向かって吐き出されていく。それはひどく歪んだコミュニケーションではあるが、それでも4人はそこで救いや慰めを得ていたことは間違いない。

 輪郭も色もその濃度も違ういくつかの悲劇や混乱が町の人々を襲う。物語に救いは示されず、登場人物たちの孤独はさらに深まっていく。

 マッカラーズの筆はそんな彼ら、彼女らの絶望的な歩みにどこまでも寄り添う。悲しみに満ちた魂の群れを、そのつぶやきの欠片を、刻み込む。

(新潮社2500円+税)=田村文

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