中国語強化、警官監視に口閉ざす親 内モンゴルで教育への抗議封じ込め

警官が配備される中、モンゴル族の小学校から下校する子どもたち=9月17日、中国・通遼市

 中国・内モンゴル自治区で9月、小中学校で標準中国語(漢語)の教育が強化され、モンゴル族による抗議の「授業ボイコット」が多発した。背景には、民族学校で認められているモンゴル語による授業の減少で「母語が消える」との危機感がある。抗議や登校拒否が起きた東部の通遼市を9月中旬に訪れると、学校周辺では警官が目を光らせており、多くの親が神経質に口を閉ざした。当局の圧力で大半は登校を始めたが、モンゴル族は不安や不信を強める。一方で漢族が多数の中国社会では、少数民族の言語問題は共感を得られていない。(47news編集部)

 ▽道路封鎖に住民拘束

 通遼の中心部から南へ車で約1時間半。郊外の地区を下校時間帯に訪れると、モンゴル族が通う民族中学校や小学校に大勢の保護者が迎えに来ていた。中国では親の送り迎えは一般的。ただ9月中旬のこの日、記者が声を掛けると多くの親は顔を引きつらせた。多数の治安当局者が監視しており、記者は学校前から公安当局へ連行された。

中国・内モンゴル自治区、モンゴル

 「モンゴル語教育がどうなるか心配。でもずっと登校させないわけにもいかず、皆どうしようもない」。ある保護者の女性は声を潜めた。この学校でも抗議の登校拒否があり、混乱の影響か今も親が校内に入ることができないという。

 自治区政府は8月、少数民族系小中学校の1年生の「言語」の授業で、従来のモンゴル語ではなく、全国共通の教科書を使って漢語で授業をするよう通知した。政府のQA集によると、モンゴル語の「言語」の新教科書でも伝統文化などの内容を減らし、「愛国主義や社会主義」に関する記述を増やした。

モンゴル族の学校に登校する子どもたち。漢語とモンゴル語で「自由」と書かれている=9月17日、中国・通遼市

 この地区の住民によると9月上旬、反発した人々が抗議しようと民族学校に集まったため、警察が周囲の道路を一時封鎖。映像が会員制交流サイト(SNS)で流出した。モンゴル族の男性(49)は「多くの住民が母語の危機だと反対し拘束された。刑事拘留された人もいる。一帯の小中で計約3千人が授業をボイコットした」と話した。

 ▽圧力による「正常化」

 通遼の中心部と、北に約50キロ離れた地区でも、抗議の登校拒否が起きたと保護者が証言した。ただ現在はほとんどが登校を始めている。中心部の民族学校に小学3年の子どもを通わせる母親(35)は「(漢語とモンゴル語の)2言語に対応できるか心配だ」と漏らす。多くの家庭が1年生を当初登校させなかったが、当局が学校や職場を通じて「説得」したり、親の解雇をちらつかせて圧力をかけたりしたようだと語った。

 表面上は「正常化」した民族学校。だが当局は来年は政治、再来年には歴史の科目も漢語授業に切り替える。「モンゴル語教育が減れば、ボイコットが再発すると思う」。低学年の娘が北部の地区の学校に通う女性(31)は不安そうだった。

「モンゴル語を守れ」と書かれたプラカードを手に抗議する人たち=9月15日、ウランバートル

 中国メディアによると、通遼の地元警察は9月上旬「公共の場に集まり秩序を乱した」として、100人以上の写真を公表し、賞金を設定して通報を奨励した。日本の約3倍の面積を持つ自治区の各地でボイコットや抗議が発生。「重大施策を拒否した」として、共産党の地元幹部や公職者が相次ぎ処分された。在米の人権団体「南モンゴル人権情報センター」は9月中旬、自宅軟禁なども含めて4千~5千人が拘束されたと推計した。

 ▽「同化」で母語消滅の危機

 中国は人口の9割以上を漢族が占め、国際社会からは「同化政策」だとの批判もある。55の少数民族は、自らの言語と漢語の「2言語」教育を基本とするが、習近平指導部はチベットや新疆ウイグルの両自治区でも、漢語教育の強化を進める。「中華民族」の意識を高め、国家の「分裂」を防ぐためだ。香港紙によると、共産党は今回の抗議の広がりを「外部勢力の扇動」によるものとした。

中国国旗がはためくモンゴル族の学校=9月17日、中国・通遼市

 外務省報道官は9月3日、「国家主権の象徴」の標準語を学ぶ権利と義務があると主張し、抗議に関する海外報道は「政治的」だと一蹴した。だが同じ言語を使う隣国モンゴルでも抗議が起きており、エルベグドルジ前大統領は「文化的なジェノサイド(民族大量虐殺)」とフェイスブックで批判した。ただ中国は経済制裁もちらつかせ、モンゴルに口出ししないよう警告している。

 自治区全体では漢族が圧倒的多数を占め、母語を話せないモンゴル族もいる。自身も話せないというモンゴル族の弁護士は「主にモンゴル語で教えて漢語を補完的に使う授業のやり方が変われば、今も既に劣勢のモンゴル語は消滅してしまう」と危機感を示す。中国憲法は民族が自らの言語を話す権利を認めており、弁護士は「憲法違反だ」と新政策を非難する。

「モンゴル語を守ろう」と書かれたバナーを掲げて抗議する人たち=9月15日、ウランバートル

 広大な自治区では、地域によって言語の状況も異なる。通遼で取材したモンゴル族は皆「家ではモンゴル語を話す」と口をそろえた。ただ通遼でも進学や就職に有利だと考えて、民族学校ではなく漢族が多い一般校に子どもを通わせるモンゴル族もいる。

 ▽「標準語は必要」と共感薄く

 「社会に融合するには当然、標準語が必要だ。私の周りのモンゴル族はみんな『漢化』を受け入れている」(40代漢族男性)、「良い政策なのに、反対している人は理解していないだけ」(30代漢族男性)―。多数派の漢族に、少数民族の言語問題への共感は薄い。

 通遼出身で海外在住のモンゴル族男性(39)は「自治区と言いながら自治権はなく、土地を失い、自らの歴史も学べない。残っているのは言葉だけ。モンゴル語がなくなれば民族が終わってしまう」と、抗議した人々の心情を代弁した。

大阪市で開かれたモンゴル語教育の保護を訴える集会で、横断幕を掲げる参加者ら=9月12日

 新政策の発表は新学期の直前だったが、出身者や住民によると、通遼では早くから懸念が出ていた。教育省幹部が6月に視察に訪れ、他地域に先行して強化を受け入れるとうわさされたためだ。通信アプリ上で反対の署名運動も起きたというが懸念は届かず、自治区全域で新政策が始まった。前出の通遼南部のモンゴル族男性(49)は「自治区外へ出るなら、確かに高い漢語能力が必要。だが地元で生きる人には大して必要ない。二つの考え方がある」と解説する。

 中心部に住むモンゴル族の母親(31)は、自身が漢語を学び始めたのは小学3年だったが、息子は1年生から学習を強いられる。漢語水準を上げるには新政策が必要だと当局は強調するが、母親の漢語は十分流ちょうに聞こえた。モンゴル語が分かる先生が教科を教えなくなれば「子どもにも重圧になる」と気遣う。「でも政府は私たちの意見なんか聞いてくれない」と諦め顔でつぶやいた。

© 一般社団法人共同通信社