ニュース編集部長になった年に起きた「9.11テロ」-テレビニュースのあるべき姿をたけしさんが見せた

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たけしさん(2015年撮影)

菅新政権の誕生、アメリカ大統領選等、世の中は目まぐるしい勢いで変化しています。当然のことですが、テレビ報道の重要性も改めて認識されています。ここで、私が日本テレビの報道局で"悪戦苦闘"していたときの話を、してみたいと思います。2001年の春、東京ドームの食堂で、当時の氏家齊一郎日本テレビ社長と前川磐営業局長とネット営業部長だった私が食事をしているときに、いきなり「渡辺、次は報道に行け」と氏家社長に言われました。驚いた私は「社長、私は報道の経験が無いし、原稿を書いたこともありません」と言いました。社長は「それが良いのだ。番組制作の経験を生かしてやってみろ」。

私は制作畑が長かったのですが、普段からニュースには関心があり、テレビのニュースはどうあるべきか、ニュースと視聴率の在り方ということを考えていたこともあり、不安ながらも、腹をくくって納得しました。

テロ事件翌年の9月11日、たけしさんとニューヨークから生放送

2001年7月から「ニュース編集部長」というニュースの責任者となりました。その年の9月に起きた「アメリカ同時多発テロ事件」、2002年と2004年の「小泉訪朝」、2004年の「拉致被害者帰国」という、歴史に残る大きな事件や出来事を目の当たりにして、改めて「報道はテレビの根幹であり、基本である」と思いました。

「アメリカ同時多発テロ事件」の翌年の9月11日には、日本テレビのニューヨーク支局が入手した、フランスのテレビ局のスクープ映像をもとに、司会・進行役のビートたけしさんと一緒にニューヨークに行って生中継を交えた特別生放送を企画OA(オンエア)しました。

フランスのテレビ局のスクープ映像とは、事件当日たまたまワールドトレードセンターの近くの消防署で取材をしていた、フランスのローカルテレビ局のカメラがビルに突入する直前の旅客機の爆音に気づきカメラを振ったところから始まったものです。そのあとは、ワールドトレードセンターでの生々しい悲惨な状況を捉えたものです。

私が最初に見て不思議に思ったことは、"ドーン・ドーン"という鈍い音でした。結局それは大変悲惨なことに、救助の手を待ち切れずにビルから飛び降りる人たちの音でした。私は、その音をきちんと伝えることが、この番組の報道的意義だと思いました。

私は、日本テレビに入社して「テレビの仕事をして、本当に良かった」と心から思えることが、何回かありましたが、このときもそうでした。たけしさんの圧倒的な存在感と、スクープ映像があったからだと思います。

事前に日本テレビで行われたこの特番の記者会見でのたけしさんの発言が、心に残っています。

「この事件の死亡者の数を一口で3000人弱と言うが、一口で言えるものではなく、3000人弱の人たち一人ひとりに想いを致さなければならない」