9月に入り、電気自動車(EV:バッテリーのみで駆動する自動車)メーカーである米テスラの株価が急落しました。急ピッチに上昇していたところにS&P500指数採用見送りなど悪材料が重なったことが原因のようです。
しかし、テスラをはじめとしたEV市場の普及拡大が加速する下地は整いつつあるといえます。大和証券キャピタル・マーケッツ(大和証券CM)では、30年の世界のEV市場を1,817万台と従来予想である1,393万台から上方修正しました。
補助金政策の成果
EV市場拡大の背景には、各国の補助金政策、電池コストの低下による低価格化、航続距離の向上、充電設備の普及、新型EV車の発売計画、規制強化等が挙げられます。
まず、補助金政策についてです。各国はコロナ禍からの脱却を図ると同時に、EV普及をにらむ経済対策を打ち出しています。欧州各国は、コロナ禍からの景気回復のために環境重視した「グリーンリカバリー」を実施。EV購入時の補助金額を上乗せしました。中国では、20年末に終了予定だった新エネルギー車(EV、プラグインハイブリット(PHV))の補助金制度を2年延長しています。
補助金政策が奏功し、EVやハイブリット車(HV)を含む電動車の販売が急伸しています。ドイツでは、2020年9月の新車販売台数のうち、EVは前年同月比3.6倍と伸び、シェアは過去最高の8%となりました。PHVも同5.6倍と伸び、EVを含む電動車のシェアも15.6%(19年は3%)と拡大しました。英国やフランスでも電動車のシェアは初めて1割を超えました。
一方、中国では8月の燃料電池自動車(FCV)を含む新エネルギー車の販売は、前年同月比25.8%増となりました。13ヶ月ぶりのプラスになった7月に引き続き好調でした(中国汽車工業協会発表)。
EV普及に向けた技術革新
さらなる普及拡大に欠かせない、電池コストの低下も見込まれています。
テスラが9月22日に開催したBattery Dayでは、今後3年間で電池コストの50%超削減を見込んでいると発表しました。より高性能な新型電池をより効率的に製造し、23年には25,000ドルのEVを投入する計画です。
さらに他社においても、希少で高価格なコバルトの使用量を減少もしくはなくしたバッテリーの開発など、コスト削減で飛躍的な進歩を遂げていることから、大和証券CMでは、21年以降の電動車の販売価格はガソリン車やディーゼル車により近づいていくと予想しています。
来年には1回の充電で1ヵ月走る自動車が登場?
走行距離については、21年から一部の新しい電動車が1充電当たり800-1,000kmに達すると見込まれています。日本での1台当たり1日平均運転距離である25kmに基づくと、1ヶ月に1度の充電で済む計算となり、充電設備不足の懸念緩和に繋がると考えられます。
一方で、充電インフラの整備も進みつつあります。ドイツはガソリンスタンドへの充電器の設備を義務化するなど、インフラの整備も進めます。
新技術の導入も進んでいます。米フリーワイヤ・テクノロジーズは移動可能なEV充電ステーションを開発しました。他社ではレシーバの上に停車すると自動で無線充電できるステーションなどワイヤレス充電なども開発が進められています。
相次ぐ新車発売
EV市場拡大を背景に、新車の販売が相次いでいます。米テスラが「モデルY」を3月に北米で納車開始。ハイブリッドや燃料電池車に注力していた日本メーカーもEV新車投入に動き出しています。
4月には、トヨタがレクサス初のブランド「UX300e」を中国で販売開始。10月にはホンダが初の量産型のEV「ホンダe」を欧州に続き、日本でも投入します。日産は、「新型EVアリア」を来年以降に発売予定です。欧州メーカーでも新車発表が相次いでいます。
スッキリとした都会的な表情のデザインのアリア
背景には排ガス規制も
各メーカーがEVの開発を急ぐ背景には、排ガス規制もあります。例えば欧州では、21年から「CAFE規制」と呼ばれる自動車向け排ガス規制が施行されます。二酸化炭素の排出量を減少させることが義務付けられており、達成しない場合は巨額の罰金が科せられます。米国においても、11月の大統領選挙次第では、規制が厳しくなる可能性もあるでしょう。
前述のテスラの時価総額は、20年7月にトヨタを上回り、市場を驚かせました。前期まで利益が見込みにくかったEV事業において、20年度通期でも黒字が見込まれる点を評価している模様です。もっとも、利益水準ではトヨタとは大きな格差があり、将来の利益拡大を早々と織り込んでいるといえるでしょう。
各国で自然災害が相次ぎ、環境問題への意識が高まる中、本格的なEVへの流れは変わらないと考えます。
<文:シニアストラテジスト 金丸裕美>