『スパイの妻』映画的たくらみに満ちた黒沢清監督初の歴史もの

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 9月に開催されたベネチア国際映画祭で銀獅子賞(監督賞)を受賞した黒沢清の新作だ。自身初となる時代(歴史)もので、1940年、太平洋戦争前夜の神戸を舞台に、恐ろしい国家機密を告発しようとする貿易商の夫のために、命懸けで自らの愛と信念を貫く女性の物語だ。

 冒頭、引き気味に捉えられた扉へ憲兵たちが入っていき、外国人の男を連行して出てくる。この長回しの1カットは、本作が“扉の映画”であることの、黒沢監督による宣言だろう。実際、その後もまるでルビッチやルノワールの映画のように、扉が登場人物以上の自己主張を見せる。極めつけは、金庫だ。金庫の扉を開けるには、その前にいくつもの扉を開閉しないとたどり着けないのだ。本作のチラシやポスターにも扉の前に立つ夫妻がデザインされており、監督の扉への強いこだわりがうかがえる。

 もちろん、扉だけでなく窓を使った演出も素晴らしく、とりわけ路面電車で窓からの光を浴びる蒼井優の官能性にはゾクゾクさせられた。ほかにも、夫が道楽で撮っているサイレント映画が“映画内映画”の構造を生みつつ物語にも重要な役割を果たすなど、映画的な企みに満ちている。もう、黒沢清の最高傑作と呼びたくなるほどで、ずっとジャンル映画を手掛けてきた作家性と、時代ものとの相性の良さに陶然とする。ぜひ次は時代劇を、チャンバラ映画を撮ってほしい。★★★★★(外山真也)

監督・脚本:黒沢清

脚本:濱口竜介、野原位

出演:蒼井優、高橋一生、東出昌大

10月16日(金)から全国公開

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