麻薬かお茶か、法廷論争に “究極のドラッグ”DMT、その作用とは

販売されていたアカシアコンフサの粉末

 幻覚物質DMTをご存じだろうか。強烈な幻覚作用を持つことから究極のドラッグとも呼ばれ、海外では宗教儀礼や精神疾患の治療に用いられている地域もある。日本では長らく摘発されてこなかったが今年、DMT入りの茶を販売した男性が麻薬取締法違反容疑で逮捕された。しかし茶の原料はありふれた植物であり、裁判で弁護側が「販売したのは茶にすぎない」と無罪を主張し、法廷論争になっている。(共同通信=武田惇志)

 ▽違法性めぐり真っ向対立

 逮捕された青井硝子=本名・藤田拓朗=被告(34)は、雑草を吸ってストレス解消を目指す著書『雑草で酔う』(彩図社)で知られる。青井氏はこれまで約3年にわたり、自身が主宰するウェブサイト「薬草協会」を通じ、幻覚物質ジメチルトリプタミン(DMT)を含有する樹木アカシアコンフサ(和名ソウシジュ)の飲用粉末(通称「アカシア茶」)を販売してきた。

青井硝子氏の著書

 事件のあらましはこうだ。京都府内の男子学生が昨年7月、青井氏からアカシア茶を購入した。粉末を煮出してDMT入りの茶を作って飲んだところ、意識がもうろうとなって病院に搬送。尿検査でDMTが検出されたことから警察に摘発された。その後、京都府警と厚生労働省の近畿厚生局麻薬取締部は今年3月3日、学生の麻薬摂取をほう助した疑いがあるとして青井氏を麻薬取締法違反容疑で逮捕。DMTを巡る摘発は全国初とみられている。なお、男子学生は事前に大量の風邪薬を服用していたことが判明しており、体調不良とDMT摂取との因果関係ははっきりとしていない。

 捜査機関は約3カ月間、警察署の留置場で勾留し、DMT含有茶の所持や施用など同様の容疑で計7回起訴。青井氏は6月10日に一度保釈されたが、7日後に再逮捕された。留置場に引き戻されることになったが、同月30日、再び保釈されて現在は自由の身だ。

保釈翌日の青井硝子氏、7月1日、大阪市内

 事件の公判は6月から京都地裁で開始。弁護側と検察側は茶の違法性を巡って真っ向から対立している。

 ▽茶=DMT含む水溶液?

 麻薬取締法はDMTを「麻薬」として規制しているが、実は、法的に「麻薬原料植物」と定められていない一般の植物については、たとえ麻薬成分を含んでいても規制対象とはしていない。今回問題となった原料のアカシアコンフサも、「麻薬原料植物」からは除外されている植物だ。事実、沖縄県などでは広く自生し、染料としても用いられている。加えて、DMT自体も人間の血液や尿、レモンやオレンジなど自然界に広く存在している。

 そのため青井氏は「アカシア茶は植物であって、法律上の麻薬には当たらない」として無罪を主張。弁護人の喜久山大貴弁護士も①「植物片を水に付けて茶にしても化学的変化が加えられるわけではないし、DMTの結晶そのものになるわけでもない。これでは自生する植物の所持や利用を禁止しているに等しい」②「DMTは人間の血液など自然界に遍在しているため、アカシア茶のみを麻薬と見なすことは不合理だ。どんな行為が犯罪に当たるかをあらかじめ明確にしておくよう憲法が規定する『罪刑法定主義』にも反している」③「国連の国際麻薬統制委員会の見解では、アヤワスカなどDMTを含む植物やその加工品は規制対象とされていない」と法廷で徹底抗戦の論陣を張った。

沖縄で自生しているアカシアコンフサ(和名ソウシジュ)

 一方、検察側は「アカシア茶はDMTを含有する水溶液であり、水溶液は植物でないから麻薬だ」と反論していたが、7月の公判で裁判長が「反論は弁護側の主張とかみ合っていない」と批判。9月の公判でも「アカシア茶は植物からDMTを分離し抽出した液体であり、植物ではないことは健全な社会常識によって明らかだ」と“常識”を持ち出して再反論するにとどまっていた。

 その間、傍聴者は回を追って増え、10月の公判では法廷が大法廷に変更。そこで検察側は詳細な意見書を提出し、①「国際条約の定義上、麻薬の『製造』には化学的合成が必須の要件ではない」②「アカシア茶はDMTを体内に取り込み、その薬効を享受するために作られるもので、DMTを含有する柑橘類や尿などとは質的に明らかに異なっているから、罪刑法定主義には反していない」③「国際麻薬統制委員会の見解は国際的現状を記載したものに過ぎず、法的拘束力はない」などと反論した。

 ▽究極のドラッグ「アヤワスカ」

 日本ではなじみのないDMTだが、ペルーではDMT含有のツル植物からなる幻覚性の飲料「アヤワスカ(Ayahuasca)」が、先住民の宗教儀礼などで伝統的に用いられてきた。現在は南米を中心に精神疾患や薬物依存症の治療にも活用されており、ペルー政府はアヤワスカを国家文化遺産に指定している。

 先住民の言語ケチュア語で「魂のツル植物」を意味するアヤワスカは、コロンビアでは「ヤーヘ(Yage)」とも呼ばれ、とりわけ強烈な幻覚作用を持つことで知られてきた。米国の作家ウィリアム・バロウズは、自身の麻薬常用の日々をつづった自伝的小説『ジャンキー』(1953年)の終盤、ヤーヘを求めて南米へと渡る決意を語りつつ、“Yage may be the final fix”との一文で作品を終えている。“the final fix”とは最後の、または究極の薬物といった意味だ。元ビートルズのポール・マッカートニーさんもかつてDMTを使用して「神を見た」と新聞のインタビューで打ち明けている。

羽田空港に到着し、法被姿でファンに手を振るビートルズの元メンバー、ポール・マッカートニーさん。右は妻ナンシーさん

 南米以外の地域では、アヤワスカの原料とは別のDMT含有植物を使って類似の幻覚飲料が作られることがあり、それらは「アヤワスカ・アナログ」と呼ばれる。青井氏が販売していたアカシア茶もその一種だ。

 DMT自体は現在、多くの国で規制されている一方、上述したように国連の国際麻薬統制委員会はDMTを含む植物や茶を規制対象とはしていない。加えて、日本ではこれまでブラジルの新興宗教サント・ダイミ教の信者が「ダイミ茶」なるアヤワスカ・アナログを集団で飲用していたことが行政や捜査機関の間で知られていたものの、喜久山弁護士によると、摘発まで至った事例はない。

 ダイミ茶は、16人もの犠牲者を出した2008年の大阪・難波の個室ビデオ店放火殺人事件で逮捕された男が、事件半日前に奈良県内で信者と飲用していたことで話題となった。幻覚作用は2時間しか続かず、事件には影響しないと結論付けられたが、男は捜査段階で「茶を飲んで気分が高ぶって涙が出た」と供述していた。

 この事件を受け、厚労省は「ダイミ茶を飲んだりすることがないようにして下さい」とウェブサイト上で注意喚起したが、それ以上の対応は取っておらず、喜久山弁護士は今回の逮捕を問題視し、「厚労省はいつのまに法解釈を改めたのか」と批判している。

▽「飲んで人生観変わった」体験者は語る

 麻薬かどうかが争われているアカシア茶だが、実際に飲用するとどうなるのだろうか。関係者によると、今回アカシア茶を飲んで摘発された男子学生は、過去に「社交不安障害」の診断を受け、中学時代から不登校で過ごしていた。友人と自殺する計画を立て、「死ぬ前に試してみよう」と思ってアカシア茶を購入したと捜査機関の取り調べで供述した。

 友人とアカシア茶を飲むと、味は「生の木を食べているよう」な、食べ物とは思えないまずさで、トイレに行って吐いた。頭がクラクラし、目をつむると「万華鏡を3Dにしたような」幻覚が見えた上、「世界の真理を分かったような感覚」「全てに対して寛容になれる感覚」を感じた。しかし最後は「二度と元の世界に戻れないんじゃないか」「僕は死んでいるんじゃないか」と非常な恐怖も覚えたという。その後、大学生は声を上げたり手足をばたつかせたりして暴れ、救急隊が到着したときには瞳孔を開いたまま倒れていた。

 取り調べでは、アカシア茶を「当初は合法だと思っていたが、現在は法律に触れる薬物だと理解している」「もう二度と使うことはない」と述べつつ、「茶を飲んで人生観が変わった。前までは自殺したいとばかり考えていたが、今は考えなくなった」「僕以外にもアカシア茶を飲んで救われている人も少なからずいるのでは」とも供述している。

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