日野ルノー

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日本の技術革新の影に海外メーカーの力あり?

今ではすっかりトラックのメーカー、というイメージの強い日野自動車だが、かつては乗用車も生産していた。そんな日野自動車の初の乗用車がこの日野ルノー4CVだ。亀の子ルノーなどとも呼ばれ、小型ながら4ドアなので当時タクシーとして活躍していた。庶民に親しまれた人気車である。
1953年に日野自動車とフランスのルノー社が技術提携。
フランスから部品を輸入し、国内で組み立てを行うという、いわゆるノックダウン方式で生産されたのだが、徐々に部品の国内生産率を高めていき、完全国産化に成功している。

このノックダウン方式という手法は、戦後の日本において非常によく見られる生産方式で、日野以外にも日産やいすゞも同じくノックダウン方式で生産を行っている。
ノックダウン方式は、技術力がなければ国内市場が荒らされる危険性もはらんでいるが、間近に海外の技術を学ぶいい機会でもあり、このノックダウン方式により日本の自動車産業は次々と新しい技術を習得していったと言える。
いわば戦後の混乱と経済の低迷にあえぐ日本が、再び前を向こうという意思が、この日野ルノーという車にはあるのである。
今では日本の技術が逆に輸出される立場にいるわけだけど、慢心することなく、さらなる発展ができることを願うばかりである。

ゴールデン横丁の仲間たち | 町田 忍(まちだ しのぶ)