ヤクルト五十嵐が引退会見「結果が出なかったら引退の覚悟」 決断は8月に入ってから

引退会見に臨んだヤクルト・五十嵐亮太【写真提供:ヤクルト球団】

現役最長プロ23年目、日米通算905試合登板、日本での822試合登板は歴代7位

今季限りで現役を引退するヤクルトの五十嵐亮太投手が15日、都内で記者会見を開いた。豪速球を代名詞に、現役最長だった23年間のプロ生活に終止符を打つ41歳は「平坦な道のりではありませんでしたが、人の縁に恵まれここまで来れました。プロ野球選手になって良かったと心から思えることに感謝しています。夢見てやってきて良かった」と晴々と語った。

今季は開幕2軍スタートになり、ここまで1軍出場なし。2軍戦でも22試合に登板し、防御率5.40と結果を残せていなかった。五十嵐は「シーズン入る前から結果が出なかったら引退をするという覚悟でやってきました。今年も2軍スタートすることになり、自分の可能性を信じ続けて色々やってきましたが、継続して結果を出すことができなくて。結果を見つめ直したときにやめるときなのかなという気持ちが強くなった」と引退の理由を語った。

ユニホームを脱ぐ決断は8月に入ってからだというが、最後の最後まで1軍での登板を模索していたといい「恥ずかしい話ですが、サイドスローでちょっと投げたりもしました」と試行錯誤してもがき続けた一面を吐露。家族に伝えた際のことにも触れ「『お疲れ様』という言葉をもらったときに、自然と涙がでてきました」と語った。

直球を代名詞にリリーフとして球界を彩ってきた豪腕。「プロ野球選手になって、僕がこの世界で生きていくためには何を選択すべきか。そういったものを探し続けた時に、僕はストレートが誰よりも速いというのがこの世界を生きていくのに必要だと選択してやってきた」と自身のキャリアを回顧。最大の武器で幾多の窮地を乗り越え「自分で考えて選択してきた道が悪くなかったんじゃないか」とうなずいた。

プロのキャリアをスタートさせたヤクルトで引退「感謝の気持ちでいっぱいです」

キャリアの最後は古巣のヤクルトで迎えたことに「神宮球場でスタンド見たときの光景を鮮明に覚えている。幸せな時間をいただいた。感謝の気持ちでいっぱいです」。本拠地のマウンドへの思いを問われると「青空の下で野球できるのは気持ちよかったです。絶景でした」と語った。

今後については「ゆっくりしたいところですが、何か役に立てるように。夢中になれるようなことが見つかればうれしいなと思います」と見据えた。

五十嵐は1997年のドラフトで2位指名を受け、敬愛学園高(千葉)からヤクルトに入団。リリーフとしてブルペンを支え、2004年には最多セーブのタイトルを獲得。当時日本最速タイの158キロをマークして注目を集めた。石井弘寿(現ヤクルト1軍投手コーチ)との救援コンビは「ロケットボーイズ」と呼ばれ、球界を席巻。2010年には海外FA権を行使してメジャーリーグに挑戦し、メッツなど3球団で3シーズンプレーした。

2013年に日本復帰を果たし、ソフトバンクに加入。2014年にはリーグ最多44ホールドを挙げた。2018年限りで戦力外通告を受けると、古巣のヤクルトに復帰。2019年は45試合に登板して復活を印象付けたが、今季はここまで1軍登板がなかった。日米通算905試合に登板し、70勝41敗、70セーブ、167ホールドをマーク。日本での822試合登板は歴代7位を誇り、現役では最多。

【写真10枚】つば九郎が乱入! 引退会見を行ったヤクルト五十嵐亮太に際どい質問を浴びせかける様子

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(Full-Count編集部)

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