難関トンネル着工でつまずき 工事進むリニア中央新幹線

(上)リニア中央新幹線の北品川非常口(下)東海寺大山墓地にある井上勝の墓

 【汐留鉄道倶楽部】JR東海のリニア中央新幹線(品川―名古屋間、286キロ)の工事が進んでいる。全線の86%がトンネルなので、2014年暮れの着工から6年たった今でも、山梨実験線(そのまま本番でも利用する)の地上区間以外に目立つ構築物はないが、グーグルマップなどで最新の航空写真を点検すると、トンネル工事の資材搬入口であり完成後は非常口となる巨大な丸い穴が、ルート上に転々と出現していることが確認できる。

 その一つ、品川駅近くの「北品川非常口」は、東海道・京浜東北線と山手・東海道新幹線とが品川駅を出て二手に分岐する両線に挟まれた三角形の区画にあり、隣接する東海寺大山墓地の高みからその穴を少し眺めることができる。直径30メートル、地下80メートルの立て坑だ。すでにトンネルを掘り進むシールドマシンは搬入済みで、いよいよこれから西に8・2キロ離れた川崎市・等々力までと、逆方向に品川駅までの1キロを、大深度で掘り進む。

 大山墓地には、明治の鉄道草創期の技術官僚で「鉄道の父」と言われる井上勝の墓(鉄道記念物)がある。鉄道で日本の近代化の礎を築いた井上が今、リニアの工事をどんな思いで見ているだろうか。ちなみに、「井上家」のすぐお隣は昭和の大歌手、島倉千代子のお墓で、熱心なファンらの墓参で供花が絶えない。

 工事は各地で進むが、ここにきて静岡県とのあつれきがニュースになっている。山岳部で土被り(地表からの深さ)が1400メートルに達し本事業最大の難工事とされる南アルプストンネル(約25キロ)は、真ん中の約9キロが静岡県内を通り、地上は大井川の最上流部になる。トンネルに湧出する水はトンネルの出入り口となる山梨、長野両県側に流下するので、大井川水系の水量が減ってしまうと静岡県は心配している。

 国土交通省のあっせんも得てこの夏、何度か話し合いの機会があり、JR側は県に対し善処する方針は伝えているものの、地中の水をコントロールできるか未知数の部分も多い。静岡県知事は納得できるまでトンネル工事は認められないとの立場を貫いており、膠着状態が続いている。

 このため注目の南アトンネルは本工事に入れず、JRの正式表明はないが2027年としてきた完成時期への影響は必至の情勢だ。

(上)走行試験を繰り返すリニアL0系車両(下)走行の様子をリアルタイムで伝える見学センターのモニター

 コロナ禍による外出自粛が解け、先日、山梨県都留市の県立リニア見学センターを訪ねた。実験線を時速500キロで走る「本物」を目の前で見ることができ、またリニアの技術的な仕組みが子供たちにも分かりやすく学べるという優れた施設だ。この日も中学生が団体で見学に来ていた。走行試験は頻繁に行われており、センター前を通過する前に館内に案内放送があるので、入館者は一斉にガイドウエイ(線路)を見下ろす窓側に寄ってカメラやスマホを構えてみるが、轟音もあっという間で、ベストショットを撮るのは意外に難しい。

 見学センターで少し残念なのは、社会的なニーズや経済性の議論についての展示がほとんどないことだ。新技術の可能性を広く紹介する目的の施設だから場違いかもしれないが、既存の新幹線が国際的にも評価が高いのは、技術だけでなく経済性をはじめ、社会への多様な貢献が認められているからだ。一方、リニアに対してはいまだにその必要性についての国民的合意を欠いている面がある。

 新型コロナ禍で鉄道需要が大きく落ち込み、今後も需要は簡単には戻らないだろう。ビジネスのやり方、働き方も変化が求められている。リニアの工事は始まっており、始まってしまった以上さっさと作らないともったいないという考え方はあろうが、今一度、合意形成のための議論があっていいと思う。

 ☆共同通信・篠原啓一

 ※汐留鉄道倶楽部は、鉄道好きの共同通信社の記者、カメラマンが書いたコラム、エッセーです。

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