歴史あるロンドンタクシーの現代版である「新型TX」に試乗する機会に恵まれました。試乗というよりはタクシーなので後席を独り占め! 快適な移動空間を味わってきました。
伝統あるロンドンタクシーを継承
英国に旅行や暮らしていた人ならば一度は乗ったことがあるはずなのがロンドンタクシーです。1948年から生産されている同車ですが一番記憶にあるのが1958年に開発され40年近く生産された「FX4」です。筆者もイギリスに仕事で行った際に乗ったことがあります。
そして2019年12月に発表し、翌年2月1日から受注を介したのがこの「TX」です。
現在のロンドンタクシーはLEVC(ロンドンEVカンパニー)の経営ですが、LEVC自体は中国のジーリーホールディンググループ傘下であり、ボルボと同等のポジションと言えます。
ゆえにこのTXにはボルボ車のステアリングやインパネなどが採用されています。
決してオリンピック需要を狙ったわけではない
延期が決まった東京オリンピック/パラリンピックですが、インバウンド需要を狙うとすればこのロンドンタクシーにも大きなビジネスチャンスがあったはずです。
正直、この延期はビジネス的にも痛いだろうな、と思い日本法人(LEVCジャパン)の広報に話を聞くと、実はそういうことではない、もっと崇高な目的があったそうです。
同社の役員が英国でこのクルマを見た時にクルマ椅子の乗り込みがとにかくスムーズに行えることに感銘を受けたそうです。日本では多くの福祉車両が走っていますが、タクシーに関しては乗車時に色々と手間や時間がかかります。可能であれば自力で乗車でき、さらに家族とのコミュニケーションも得られるこのクルマを見て、何としてもこのクルマを日本に導入したい、という気持ちになったそうです。
クルマ椅子をスロープから入れていきます。角度は15度でスムーズに乗車できます
時代のニーズに合わせた電動車両
TXの特徴は数多くありますが、やはり一番はそのパワートレーンにあります。このクルマは基本EV(電気自動車)で搭載するリチウムイオン電池とモーターの組み合わせで満充電で約130kmの走行が可能です。ただこれだけでは長距離には対応できないので発電専用の1.5Lエンジンを搭載。これにより航続可能距離は600kmまで伸びます。つまりTXは「レンジエクステンダーEV」ということになります。
また軽量化などを目的にアルミフレームを骨格、また外板には樹脂素材を使用するなど最新技術を搭載している点も大きなポイントです。
足を伸ばしてもまだ余裕があるほど広い
今回はあえて後席の快適性をチェックしたかったこともあり、観音開きのリアドアを開けて車内に乗り込みました。
ちなみにこの観音ドア、90度まで開きます。また車椅子で乗車するためにも開口部自体を大きくしてあり一番小さな部分で80cm、さらにアシストグリップも多く付いているので無理なく乗車できます。
そして乗り込んだ瞬間「ひ、広い」と思わず唸ってしまいました。フラットな床面もさることながら室内高が見た目以上に十分あるので身長160cmの筆写ならばちょっと身体を傾ければ車内を動くことができます。
後席シートは対面式で3座×2の6名が乗車できます。ちなみに前席はドライバー用シートのみ。普通助手席がある位置は実は荷室になっており、旅行客の荷物なども見た目以上に積載できます。補足するとリアのトランクスペースは無く、リッドを開けると充電ケーブルやスペアタイヤが積載されています。この点でも乗員優先の設計であることがわかります。
シートの位置を変えて座ってみましたが、とにかく足元が広いです。対面に座ってもシートの角度が絶妙で足がぶつかることは少ないでしょう。
対面側シートを倒した状態。それでも十分足元にゆとりがあります
圧倒的な開放感に感動する
早速、ドライバーの方にお願いして都内を走って貰うことにしました。お客は私だけですのでまさに「VIP」状態です。
何よりも走り始めて感動したのが天井に設置されている大型の「パノラミックガラスルーフ」です。ほとんど天井がガラスなので外の風景を楽しみながら移動できます。さらに言えば晴れていても雨が降っていても四季の変化を楽しみながら、同乗者との移動が楽しめます。
後席から眺める都内の夜景は素晴らしい。乗っているだけで気分は上々です
多分、インバウンド需要では日本の色々な風景を横方向(窓)だけでなく縦方向(天井)でも楽しむことができるので移動時の快適性も向上します。何よりも日本に住む筆者ですら短時間で普段見ている都内の風景が違って見えるほど楽しかったほどです。
静粛性の高さと驚きの小回り性能
室内はとにかく静かです。EVですから当然なのですが、TXには運転手との会話がスムーズに行えるデジタル式ボイスインターコムが搭載されています。
運転席と客席の間はしっかりとパーテーションで区切られていますので普通は声が通りにくいのですが、このシステムを使うことで、まるで近くで会話するようにクッキリと声が聞こえます。
またTXは見た目よりボディサイズが大きいのですが(トヨタアルファード級)、駆動を行うモーターがリアに搭載されているので前輪が大きな角度で切ることができます。
小回り性能を示す規準に「最小回転半径」というものがありますが、TXの数値は何と4m!これがどのくらいすごいかと言うと日本で一番売れているホンダN-BOXが4.5mですから、車幅があってもUターンなども含め驚くほど小回りが利きます。
そして気になる走りはどこまでもスムーズです。2トンを超えるボディをスルスル~っと引っ張る感覚はEVならではです。また乗り心地も路面からのショックも少なく快適。前述したようにフレームにはアルミを使い、溶接を使わない工法で製造されていることもあり、耐久性は100万キロ! さらにEVと言えばバッテリーの寿命などが気になりますが、こちらはもっと驚きの100万キロ無交換を想定しているとのことです。
福祉現場などでの利用にも期待
驚くことの多いTXですが、最後に価格でも驚きました。その金額何と1,120万円!色々な補助金を活用すればもう少し安く購入できるでしょうが、補助金自体は期間や使い切ったら終了というリスクもあります。
単純に価格で比較すれば確かに日本でシェアの高い「ジャパンタクシー(トヨタ製)」の上級グレードである「匠(たくみ)」が356万4,000円ですから、約3台買えてしまいます。ただそれ以上に圧倒的な広さや乗車定員の多さ、そして何よりも車椅子を楽に積載できる構造など単純に価格だけでは比較ができません。
個人的にはインバウンド需要を見込んだビジネスが基本とは思いますが、ホテルの送迎用や昨今見かける高級老人ホームなどでの需要もありではないか、と感じています。余談ですが、筆者も介護を行っているのですが、福祉車両としてのミニバンは実は価格もかなり高く、車椅子を乗せるのにも時間がかかります。その点でも車椅子を乗せる利便性に優れ、さらにEVによる静かな室内は高齢者にも優しいと感じました。
EVによるタクシーですが、発想を切り替えることで新しいモビリティとしての可能性を秘めたクルマだと感じました。