「ただそこにある美しさ」挑んだ若き美術監督 京アニ『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』が遺作に

公式ファンブック「ヴァイオレット・エヴァーガーデン クロニクル」に収録された、渡邊さんが背景を手掛けたイラスト。空や草原を繊細な筆致で描いている

 昨年7月の京都アニメーション放火殺人事件で、同社のさまざまな作品で美術監督を務めたクリエーターが犠牲となった。渡邊美希子さん=当時(35)。現在全国で公開中のアニメ映画「劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン」は、日常の光景や自然の美しさを追求し続けた彼女の遺作となり、エンドロールにその名が刻まれている。

■京アニ美術けん引「毎日の景色が教材です」

 美術監督は、作品の世界観などをくみ取り、建物や風景を始めとする主要な背景を描き、映像の雰囲気をつくる。渡邊さんは2008年に入社。京アニでは早めの6年目に、アニメ「境界の彼方」で初めて美術監督を務めた。

 関係者は「彼女が入り、京アニの背景が強くなった」と語る。雨が上がり、葉先の水玉が輝く植物。夕焼けに寂しげに照らされる海原。現実の風景をリアルに再現した作風で知られる京アニの背景美術をけん引し、登場人物の生活や心情を表現した。

 母(70)によると、渡邊さんは幼い頃からアニメや漫画が好きだったという。小学校を欠席した日には図画工作の時間で先生が残念がるほど絵がうまかった。幼少の写真には、ペンを握りしめている1枚がある。

 中学生の時、切り絵教室での作品が親戚の切り絵作家土田節子さん(76)=三重県桑名市=の目に留まった。背筋をピンと伸ばした、黄色い目の黒猫。「シャープかつ柔らかい、人まねではない新鮮な感性。才能に胸が高鳴った」。土田さんはそう振り返る。

 高校卒業後の進路で、渡邊さんはアニメの道を志したが、両親は「食べていくのは難しい」と反対した。それでも夢を諦めず、大学卒業間際にもう一度、アニメの専門学校に進みたいと訴えた。4年間も描き続けた心の強さを感じた両親は、「才能がある」という土田さんの言葉も信じ、背中を押した。

 「毎日の景色が大事な教材です」。渡邊さんは入社後、風景の資料を求めて趣味のカメラを手に各地に足を伸ばした。スタッフブログでは春のツバメの巣作り、秋の色のくすんだ葉など四季の変化を話題にした。家族と空を見ながら、雲の種類を話してくれることもあったという。

■絵ににじむ「美希子ちゃんの優しさ、芯の強さ」

 「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」では、18年のテレビ放送スタートから美術監督を務めた。感情のない少女兵として生きてきた主人公が戦後、手紙の代筆業を通してかつての上官が残した言葉「愛してる」の意味を探し求める物語。実在の町並みを再現するこれまでの京アニ作品とは違い、架空の世界を実写風に描くという挑戦作だった。

 渡邊さんは、原作小説から近代のヨーロッパの雰囲気を感じ取り、当時の技術力や生活感を勉強した。ガス灯が主流の町並み、貴重な鉄ではなく銅が多く使われた建物。仲間たちと想像を巡らせ、リアリティーある背景を構築した。「東京アニメアワードフェスティバル2020 アニメ オブ ザ イヤー部門」では、美術・色彩・映像部門で個人賞を受賞している。

 同社が開くプロ養成塾では講師を務めた。塾のウェブページには「絵が『今すぐ』に『必ず』上手くなる技術は教えられません。私自身も見つけられていないからです」とつづった。部屋には盆栽や雲の本が並び、事件後も生前に注文した建造物の資料が届いた。

 親戚の土田さんは今、桑名市内で渡邊さんの作品展を開いている。猫の切り絵や年賀状に描いたイラスト、京アニで描いた「ヴァイオレット―」の背景画など約30点が並び、県内外からファンが訪れる。「絵から、美希子ちゃんの優しさや芯の強さがにじんでいて、引き込まれる。見た人が、何かを感じ取ってくれたらうれしい」と土田さんは話す。

 若き美術監督は、京アニの出版物に書き残している。「花、土、石、水面、街並… ただそこにあるものの美しさに挑戦してます」

渡邊さんの作品展を開いた親戚の土田さん。生前、渡邊さんと「いつか展示会をやれたらいいね」と話していた(三重県桑名市・くわなまちの駅)

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