つきあっているだけならともかく、結婚となれば相手の収入が気になるのは当然のことかもしれません。でも、収入が安定しないからといって、彼の将来性を疑問視したのは、今となれば「間違いだった」と後悔している女性もいるようです。
両親からの圧力で…
「私、彼のことが大好きでした」
伏し目がちにそう言うのは、アカネさん(35歳)です。大学生時代からの友人であるタクトさんとの関係が恋愛に発展したのは卒業して3年目のことでした。
「タクトは学生時代から仲間と起業したりして目立つ存在でした。私は就職したけど彼は、どうなるかわからないけど使われる身はイヤだと、その会社を大きくしようとがんばっていた。友人同士でたまに会って話す関係が続いていたんですが、25歳のころ私が社内恋愛で大失恋して……。よくタクトを呼び出しては愚痴を聞いてもらっていました。いちばん暇そうだったから(笑)」
タクトさんはいつでも話を聞いてくれました。朝までカラオケにつきあってくれたこともあります。
「半年くらいたってようやく立ち直りかけたころ、仕事で思いがけないチャンスをもらったんです。そうだ、今は恋愛より仕事だと感じました。うれしくなって誰かに話したいと思ったとき、頭に真っ先に浮かんだのがタクトだった。あれ、もしかしたら私はタクトが好きなのかしらと初めて気づいたんです」
自分の気持ちを確認するためにすぐにタクトさんを呼び出し、仕事でチャンスをもらったことを告げました。彼はアカネさん以上に喜んでくれたそう。
「ごめんね、今まで迷惑をかけてと言ったら、『オレじゃダメ?』って。思わず聞き直すと、『オレ、アカネのこと好きなんだよ。つきあってほしい』と。愚痴ばかり言っていたのにとつぶやいたら、『好きな女の愚痴くらい聞くさ、いくらだって』と笑ってくれた。あの笑顔は本当に素敵でした」
そしてふたりはつきあい始めます。アカネさんの仕事が忙しいときは彼女の家に来て料理を作ってくれることもありました。
「とにかく健康が第一だからって、気を遣ってくれて。当時は私のほうが時間がなかったので、私に合わせてデートしてくれたし、疲れているときはお家デートも楽しんでくれた。私のためにいろいろ尽くしてくれました」
ただ、彼の様子を見ていると、とても仕事がうまくいっているとは思えませんでした。仕事の話をしたがらなかったし、彼女が「臨時収入があったから使って」と20万円を渡したとき、涙ぐんで受け取ったことがあるからです。口には出さなくても彼の窮状はわかっていました。それでもふたりで楽しい時間を過ごせればいい。そう思っていたと言います。
両親に呼ばれて
アカネさんは地方のある町の出身です。父親はその地では「名士」と言われる立場です。彼女は窮屈な旧家から飛び出して東京の大学へ進みました。
「だけどいつかは戻ってくると信じていたみたいですね、親は。ずっとお見合いに帰ってこいと言われていましたが、私はほとんど実家に帰らなかった。結婚しろと言われるのがイヤだったから」
それでも30歳を目前にして、親からのプレッシャーは強まるばかりでした。アカネさんはタクトさんと結婚しなくてもいいと思っていましたが、一応、「つきあっている人がいる」と両親に連絡しました。当然ながら、「連れてこい」の嵐となりました。
「なんとなく彼に言ってみたら、『そりゃあご両親は心配するよなあ。オレはいいよ、挨拶に行くよ』と言ってくれて。『オレ、結婚だって考えてるよ。ただ、まだオレの理想とするところまで仕事がうまくいってなくて、申し訳ないと思ってる』とも。私は特に結婚にこだわっているわけではない、でも彼の本当の気持ちを知ってうれしかった」
実家に帰ると…
連休を使ってふたりでアカネさんの実家に赴きました。玄関を開けると叩きにずらりと靴が並んでいます。実家は両親だけのはずなのに。
「家に入ってびっくりしました。親戚がたくさん集まっていて。近くに住む姉夫婦はいいとしても、隣の県にいる親戚まで。20人くらいいました」
ふたりは奥に座らされました。彼は寒い時期なのにだらだらと汗をかいています。早速、両親や親戚にどこの生まれか、今は何をしているのか、収入はどのくらいなのか、本当に結婚するつもりがあるのかなど、彼は矢継ぎ早に聞かれて絶句していました。
「耐えられなくなって私は彼を促したんです、帰るよって。私はもう、こんな家族や親戚と縁を切ってもいいと思っていました。彼も私を追いかけてきて、結局、ふたりで帰ってきたんですが、彼はずっと沈黙で。私はひたすら謝ってて……」
その後、母から手紙が来た。長い長い手紙には、自分たち親がどんなにアカネさんを思っているかが書かれ、最後に「おとうさんは持ってあと1年なの」と爆弾発言がありました。
「父が病気だとは知りませんでした。私にはいざというときまで知らせないようにと父が望んだそうです。おとうさんはあなたが仕事をしていることを誇りに思っている。だけど同時にやはり安定した家庭をもってほしいとも願っているって」
彼女はひとりで実家に戻り、両親と話し合いました。帰ってこなくてもいいけど結婚だけはしてほしい。その両親の思いに負けて東京でお見合いをし、半年後には結婚したそうです。
結婚したものの
「彼ともなんとなくぎくしゃくしていましたしね。両親の進めるごく普通の会社員と結婚しました。彼にお見合いがうまくいってると言ったら、『オレの収入じゃアカネを幸せにできないもんな』『いつ会社ごとつぶれるかわからない。実は今が瀬戸際なんだ』と本音を明かしてくれたんです」
他の男性と結婚して子どもも生まれたが、アカネさんは結局、3年足らずで離婚しました。そして離婚届を出した次の日に、学生時代の仲間から「タクトが大活躍している」という話を聞いたのです。
「時流に乗ったのか、会社がうまく回り出してたった3年で業界内では注目される企業になったそうです」
ふふ、と彼女は低く笑いました。彼を信じ切れなかった自分に対して、皮肉な笑いが浮かんでくるのだそうです。
「やっぱり安定した生活がいちばんだという親の思いに負けてしまった自分が、なんとも悔しいです。私は彼のことが本当に好きだったから」
こんな後悔はしたくなかった。彼女はぽつりとつぶやきました。