朝日新聞「伝承館語り部検閲記事」は即刻、撤回すべきだ|渡辺康平 被災者を馬鹿にするのもいい加減にしてほしい!「東日本大震災・原子力災害伝承館」を巡る悪意に満ちた印象操作と誘導尋問――いま朝日新聞の報道によって深刻な被害が生じている。繰り返される報道被害。被災者を貶め続ける朝日新聞の大罪!

怒りに声を震わせる被災者

「あの朝日の記事? 全く事実と異なりますよ。被災者を馬鹿にするのもいい加減にしてほしい。どうせ被災者が反論してきたって無視すればやりすごせると高を括ってるんでしょう。私たちの苦労を何も知らないくせに……」

私の前で福島第一原発事故の際には双葉郡で勤務し、その後も復興に尽力した経験を過去に伝えたいと願う「語り部」は怒りに声を震わせました。その怒りの対象は朝日新聞福島総局。被災者と朝日新聞の間に何があったのか。

SNSで次々と拡散された朝日記事

9月22日付朝日新聞デジタル

本年9月20日、福島県双葉郡双葉町に「東日本大震災・原子力災害伝承館(以下、伝承館)」が開館した。災害の記憶を風化させず、教訓や復興に向かう福島県と福島県民の姿を国内外に発信することを目的としている。

各地で収集された24万点の資料から約150点を展示。管理・運営するのは「公益財団法人福島イノベーション・コースト構想推進機構(以下、機構)」。

伝承館における最大のセールスポイントは、双葉郡や南相馬市の地元住民による「語り部口演」である。災害を経験した方々の生の声を聞き、当時の体験を自分の事として体感することで、防災への理解を深めることができる。

その語り部口演について、朝日新聞は9月22日付朝日新聞デジタルの記事で、〈国や東電の批判NG? 伝承館語り部に要求、原稿添削も〉との見出しを掲げ、次のように報道した(9月23日付朝刊では「語れない『語り部』」 特定団体の批判含めぬよう求める手引■事前に内容添削 「『被害者の私たち東電や国批判できぬのか』との見出しで掲載」。

〈震災や原発事故の教訓を伝える目的で福島県双葉町に20日に開館した「東日本大震災・原子力災害伝承館」が、館内で活動する語り部が話す内容について「特定の団体」の批判などをしないよう求めていることが関係者への取材でわかった。県などによると、国や東京電力も対象だといい、語り部から戸惑いの声があがっている。(中略)

語り部を対象に7月と8月に研修会があり、配られた機構と伝承館の連名の語り部活動マニュアル(A4判3枚)では口演内容は「大震災及びそれに伴い発生した原発事故に関する」ものとする一方、「特定の団体、個人または他施設への批判・誹謗(ひぼう)中傷等」を「口演内容に含めないようお願いします」と記載。来館者との質疑応答の際には「口演者が回答することが適当ではない質問はスタッフがフォロー」などとしている。(後略)(記者 力丸祥子、関根慎一)〉
https://www.asahi.com/articles/ASN9Q63FQN9CUGTB00H.html

要は、「伝承館」と伝承館を管理・運営する「機構」が、震災の記憶を伝える「語り部」に対して、特定の団体への批判を行わないよう要請し、国や東電への批判をしないよう求めるマニュアルを作成していた、というのだ。また、語り部の口演内容は〈事前に原稿にまとめ、伝承館が確認、添削〉を求められたと書かれている。

その論旨を支える形で、匿名の語り部が〈「誹謗中傷はともかく、被害者である私たちが加害者である東電や、国を批判的に語れないのはおかしい」〉〈「東電から精神的苦痛を受け、国にも怒っている。自分にとってはそれが真実。伝承館は『事実を話してください』と言っているのだから、『言わないで』と言われる筋合いはない。自分の思いを伝えることが批判に当たるならば、語り部を辞める」〉と語ったという匿名のコメントを紹介している。

9月23日付朝日新聞

この朝日新聞の記事はSNSで拡散され、9月30日には東京新聞「震災・原発事故伝承館なのに…語り部は国・東電への批判NG」と続き、AERAdot.では批評家の東浩紀氏が「伝承館だからこそ国や東電への批判を排除してはいけない」とエッセイを書いている。

「国と東電を批判できない伝承館のマニュアルを撤回せよ」と詰め寄る共産党

さらに、開会していた福島県議会九月議会にも影響を与えた。

日本共産党の宮本しづえ議員は「伝承館において、語り部が震災や原発事故の経験を率直に伝えられるようにすべき」と一般質問で県執行部に質し、「マニュアルの撤回」を県に求めた。

県文化スポーツ局長は「伝承館における語り部の活動については、一般的、常識的な範囲内でマニュアルを作成したものであり、語り部の方が地震・津波・原発事故により経験した様々な出来事を伝え、その方々が率直に思いを伝える取組みをしている」と答弁。共産党県議団は、その後も議会で執拗に「国と東電を批判できない伝承館のマニュアルを撤回せよ」と、県執行部に詰め寄った。

県議会9月議会が閉会後、10月9日のしんぶん赤旗には、日本共産党の岩渕友参議院議員が復興庁の参事官に対して、このマニュアルについて説明を求めるという記事が掲載された。

狡猾極まりない印象操作

ここまでの流れを読めば、マニュアルに「『国と東電を批判するな』『国と東電を批判する語り部は排除する』と書いてある」と理解した人が多いだろう。

ところが、それは事実に反する。私は朝日新聞記事の根拠になっているとされる「東日本大震災・原子力災害伝承館語り部活動マニュアル」の実物を入手するとともに、実際に伝承館オープン以来、口演を行っている語り部の方々に聞き取りをした。すると、この一連の報道が事実とかけ離れている実態が浮かび上がってきたのだ。

【論点1】マニュアルに「国と東電を批判するな」と書いてあるか。

マニュアルの中でこの論点に該当すると考えられる部分は以下の箇所と思われる。

〈4 口演依頼内容等について
(1)内容
東日本大震災及びそれに伴い発生した原子力発電所事故に関する口演(語り)
~中略~
(7)口演を行うにあたっての確認事項
イ(イ)次に挙げることは口演内容に含めないようお願いします。
・特定の団体、個人または他施設への批判・誹謗中傷等。

その他、聴講者が理解しやすく口演をするように話すノウハウや、聴講者からの質問に対する受け答えのルールが書かれている。

この箇所を記載した意図について、伝承館の担当部局である福島県文化スポーツ局生涯学習課に話を聞くと「一般的、常識的な範囲内でマニュアルを作成したもの」という回答が返ってきた。

確かに、この記述は人前で話す際にまず確認されるべき一般的・常識的なことだ。では、その特定の個人団体の中には誰が含まれるのか?

例えば、特定の国籍・民族の人、特定の身体障害を持つ人、特定の思想・信条を持つ人、特定の組織に所属する人に対して「批判・誹謗中傷」「事実と異なること」が語られればそれは特定の何かに対する差別問題になる。「何か」の答えは無限にある。

その無限にある「何か」から朝日新聞の記者は、あえて「政府と東電」だけをピックアップしたのだ。あたかも、マニュアルに「政府と東電の批判NG」という旨の記述があるかのように読者を印象操作したのである。狡猾極まりない。

朝日記者による誘導尋問のような質問

なお、伝承館の橘内(きつない)隆企画事業部長から朝日新聞からどのような取材を受けたのか聞いた。朝日の記事では、〈伝承館の橘内隆企画事業部長は「国や東電、県など第三者の批判を公的な施設で行うことはふさわしくない」と述べた〉と書かれている。

橘内氏によると、9月20日の前後に朝日新聞の関根記者から、橘内氏あてに電話がかかってきたという。

取材内容はマニュアルに書かれた「特定の団体、個人または他施設への批判・誹謗中傷等」という記述についての説明を求めるものであった。

橘内氏は「一般論として、公的な施設で批判・誹謗中傷を行うことはふさわしくないのではないか」と答えた。

その後、朝日新聞の関根記者は「第三者とは国や東電が入るのか?」と橘内氏に尋ね、重ねて「伝承館を所管する県生涯学習課は、第三者には国や東電も入ると話している」と県生涯学習課の見解を提示して質問を受けた。

橘内氏は「県がそのように発言するならば(第三者に国や東電が)入るのではないでしょうか」と答えたという。

その上で、橘内氏は「記事に書かれたカッコ書きのように、私がスラスラと答えたわけではない。むしろ、誘導尋問のような質問を受けていた」と証言した。

朝日が書いていない事実

【論点2】マニュアルに「国と東電を批判する語り部は排除する」と書いてあるのか。

マニュアルは、伝承館に登録された語り部の方々(特に初めて語り部をされる方)に対して、館内での語り部口演を円滑に遂行してもらうことを目的に作成されたもの。それは「答えられない質問に対して無理に答えない」「体調不良の際には、無理しないようお願いします」といったマニュアル内の言葉にも現れている。

その中で、論点2に該当すると考えられる部分は以下の箇所です。

〈3 伝承館語り部について
(2)講師選定
語り部口演を依頼する際には、来館者の声やニーズなどを踏まえ、予め提出していただいた原稿内容を基に講師を選定することとします。〉

この部分をもって朝日新聞は「原稿を検閲し、従わなければ講師にしない」と解釈したのである。この点について、私が聞いた語り部のひとりは、「実態は全く違う。検閲など全く無い」と答えている。

福島県では、平成30年度より、伝承館の開館に向け、施設内で活動する震災の経験やふくしまの未来を語ることができる人材を育成してきた。(参考:震災を後世につなぐ語り部育成事業 https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/11055b/kataribe.html

育成事業の資料によると、年四回の研修を通じて、地震や津波、そして原子力災害による混乱した震災当時の様子や、現在まで続く避難生活等について、参加者自身が体験した事実やこれまでの想いを伝え合う中で参加者同士の交流を深めてきたという。

また、研修では、参加者自身が書いた「口演原稿」をグループ内で確認し、当時の様子や思いが、聴き手の心に響くよう、何をいかに伝えるのか吟味してきた。

こうした語り部育成事業の研修を経て、伝承館語り部として「登録」された方が、口演を行っているのだ。

ただ、「登録」した人全てに等しく語り部の依頼が来るわけではない。当然、来館者によってどんな話を聞きたいのか、ニーズのばらつきがある。

「学校研修や団体研修において、どのような口演を聞きたいかという要望に応じて、口演の講師を選定する」(伝承館関係者)際の判断材料に、例えば、「避難先の話を中心に話してほしい」「地震と津波の実体験を話してほしい」という研修カテゴリーにあわせて、講師を選定するということなのだ。

語り部の話は基本的に1回40分。多くの来館者の伝承館に滞在できる時間は限られている。貴重な時間の中で、聞きたい話とは違う話を聞かされれば、それは来館者にとっても、語り部にとっても不幸なことだろう。原稿を参照しながら、どんな内容の話をする語り部なのか把握する、もしその内容が変わるならば原稿の内容を更新して提出してほしい。これは当然の流れであり、伝承館関係者やスタッフに連絡をすればすぐに確認できることだ。

しかも事前に原稿を用意させたのは語り部が自分の話す内容を整理し、伝承館のスタッフがサポートするうえで必要であったのであって、実際に語り部として話す際に、一言一句その通りに話す必要もない。話を聞いた語り部は、「そもそも、口演を行う語り部は原稿を読まない」と証言する。

さらにマニュアルに書かれた「講師選定」については、「学校研修や団体研修において、どのような口演を聞きたいかという要望に応じて、口演の講師を選定するもの」であり、一日四回実施される通常の語り部口演には当てはまらない。

朝日はこうした事実を一切書いていない。朝日はマニュアルの中に書かれていることを意図的に書いておらず、極めて悪質な印象操作を行っている。

産経新聞の報道

一方、産経新聞には、伝承館で来館者に展示などについて解説するアテンダントを務める泉田淳さんのインタビュー記事が掲載された。泉田さんは元教師。東日本大震災で被災、〈今年3月、38年間の教師生活にピリオドを打ち〉、アテンダントになったという。泉田さんは次のように話す。

〈「来館者への説明だけでなく、教員経験を踏まえて、語り部を務める人たちに話し方のコツをアドバイスしたりもします。事実を間違いなく、ありのままに伝えることが大事だと考えています」〉

〈「犠牲者の冥福を祈り続ける中で、自分の経験を通して命を守る大切さを伝えられれば…。自分は決して立派ではありません。でも、原発災害を知らない人に大変さを知ってほしい。逆に経験者は当時を思い出すかもしれない。そんなときは『ひどかったよね』と寄り添いたい。できる限り的確な言葉で、ありのままを伝えたい。そして、来館者に自分なりの考えを導いてもらいたいと思います」(芹沢伸生)〉(10月16日付産経新聞【想う】「ありのままに伝える」 東日本大震災・原子力災害伝承館のアテンダント、泉田淳さん(61))(https://www.sankei.com/smp/affairs/news/201016/afr2010160027-s1.html

語り部が語る朝日報道への疑問

私は10月8日に伝承館を視察し、2人の語り部の方から直接お話を伺った。原発事故時も現在も浜通り在住で、地域貢献の活動も熱心にされている方で、匿名のため2人の名前をAさん、Bさんとする。

――朝日新聞の記事内容について、率直にどう思ったか。
A なぜこのような記事になったのか驚いている。朝日新聞の記者に書かれたような話をする語り部は聞いたことがない。
B 記事によってある語り部の方は、不安になり体調を崩した。あの記事が書かれてから、何を話していいか分からなくなると話す人もいる。

――記事に書かれた「特定の個人や団体への批判及び誹謗中傷の禁止」について、どのように思うか。
A 語り部は東日本大震災と原子力災害について、事実をもとに話している。伝承館から語り部にお願いされたのは「語り部は自由にのびのびと話してほしい」ということ。
B 私達が受けた災害の不条理を子供達に受け継いでいく。災害の不条理とは、当時は5回から6回避難場所を転々とすることになったこと、スクリーニングをしなかった為に、避難所にいれてもらえなかったこと等。語り部は聞く人たちに、分かりやすく、心に入っていくように話している。そこに特定の個人や団体を批判することは合わない。国や東電の批判をするのは政治家やジャーナリストの仕事であり、語り部の仕事ではない。

――記事ではまるで「伝承館と機構による語り部への検閲」が行われているかのような印象だが。
A 検閲のようなものはない。語り部育成事業は2年前から始まり、年4回の講座を受けてきた。講座では原稿作成の仕方、口演の仕方を学んだ。語り部は双葉郡や南相馬市の地元民であり、人前で話す専門家ではないため、トレーニングを繰り返してきた。
B 記事を読むと「伝承館の意に沿わないことを書くと削除される」かのような印象だが、そんなことは全くない。

記事によって大変な影響が出ている

朝日新聞の報道後、伝承館スタッフと語り部は、
「なぜこのような記事が書かれたのか」
「あのような報道を見た人は、私たちが本心から話す内容を、どうせこの語り部は嘘を言っているんだろう、行政や東電の手先なのではないかと疑いながら聞くようになっただろう」

被災者を深く傷つけた朝日新聞の「伝承館語り部検閲記事」は直ちに撤回すべきだ。

渡辺康平

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