カレー沢薫の時流漂流 第116回 ハンコ廃止どころか、「育休」すら危うい日本の職場

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少し前になるが、テレビで我が村のローカル番組を見ていたら、地域の子育てを頑張っているお父さんを讃える「イクメン表彰式」をおこなったというニュースが流れてきた。

「自分の子どもを育てる」という当たり前のことをして表彰されるとはこれ如何に、その理屈でいうなら「息をしている」から全国民表彰されるべきだろう。

百歩譲って、我が子を守るためにドラゴンと戦った実績があるというならわかるが、おそらく一緒にドラゴンと戦ったであろう「母」は壇上に上がれないのはおかしいではないか。

もしかしたら「見ず知らずの他人の子どもをボランティア精神で育てた男性」なのか、それなら表彰状の1枚ぐらいくれてやるべきだと思ったが、どうやら自分の子どもを育てていたようだ。

このように「子育てする男」が未だに珍しく、表彰されてしまうぐらい「偉い」とされてしまっているのが今の日本の現状である。

しかし、これは男個人が悪いというわけではなく「男は仕事、女は家庭」という世の中で育てられた結果であり、どれだけ子育てに参加したくても今の「男の子育てに不寛容な社会」では難しいのだ。

中小企業で育休ゲット!を阻む「ワンオペ業務」

そんなわけで「男性の育休を義務化」しようと案が出ているのだが、それに対し中小企業の70%以上が「反対」だという。

かなり高い数字だが、今の日本人は子育て世帯に対し不寛容で、特に中小企業にいるような輩は、少子高齢化に対する意識が低い男女差別野郎ばかりだ、というわけではない。

中小企業の反対が多いのは、「男が育休なんて」という感覚の問題ではなく、男性の育休を義務化することで、現場が回らなくなるのが容易に想像できてしまうからだろう。

ワンオペ育児が問題になっているが、中小企業ではワンオペ業務が常態化している。それ故、ある人が休むと、その仕事のことは他には誰もわからない状態になってしまうことが珍しくない。だが中小企業には、誰かが休んでも大丈夫な体制をつくるだけの余裕がないため、最少人数で回していくしかないのだ。

よって中小企業では、男の育休以前に、女の産休育休にすら割と不寛容である。もちろん中小企業の人間が誰しも、子ども3人(全員男児)を抱えて出戻った小姑の如く陰湿というわけではない。誰かが産休や育休で休むと、その穴を埋めるための新たな人員が雇われることはなく、今いる人間が残業などでカバーすることになってしまうからだ。

そうなると「他人の家庭のために俺の家庭が犠牲になっている」状態になりかねないし、その苛立ちは会社や社会構造ではなく、何故か「育休を取っている本人」に向かいがちである。

よって、育休後会社に復帰しても、子どもが熱を出して早退するたび、それをカバーする人間から白い目で見られるため、居辛くなって自ら退職してしまう者も少なくない。

人員の足りない中小企業で、産休育休などをパーフェクトに利用するには極太な肝が必要になる。逆に言えば、認められた権利を行使しているだけで「図太い」と言われてしまうのが中小企業なのである。

私の会社員時代にも、産休や育休、時短勤務を使っていた女性の社員がいた。だが周りからは「まったく大した女だぜ」みたいな扱いであり、結局辞めてしまった。女ですらこのような扱いなのだから、男なら尚更であろう。

育休とるなら退職しろ、も危ぶまれる中小企業の現状

おそらく反対派の中には、「自分が今後父親になるかもしれない男性」も含まれているような気がする。育休が義務化されることで、逆に会社に居づらくなり、退職を余儀なくされてしまう可能性があるからだ。

仮に、義務化によって男性が育休を取得できたとしても、戻ったら机に謎の花瓶が置かれていたり、そもそも机がゴザに変わっていたりと、「育休でキャリアが断たれる心配」もあるだろう。

では、いきなり「義務化」ではなく「育休を取る権利を認める」程度にしてはどうかと思うかもしれない。しかし、みんな忘れているかもしれないが、育休を取る権利はすでに認められている。つまり権利を認めたぐらいではどうにもならないほど、男の育休の取り辛さは異常、ということである。

権利がある以上「育休を取りたい」と言えば企業は認めざるを得ないのだが、まず「言い出しにくい」という空気がある。育休を取りたいと上司に言ったら、返す刀で「え?お前が産むの?」と言われ、それを聞いた周りが「ドッ」と沸くのがリアルにシミュレーションできてしまうのが、今の日本企業ということだろう。

さらに、中小企業は人員が足りていないので「お前が育休とったら回らなくなることを承知でそういうことを言うのか?」という言外の圧力もあり、育休を申請しに行ったはずが、「休むか辞めるかDOTCH!?」という最悪の選択にすり替わってしまう可能性がある。これから子どもが生まれようかというのに、育休のために職を失うことになったら本末転倒だ。

しかし、今のままではこの男が育休を取りづらい雰囲気は一生変わらないかもしれない。テレワーク同様「やってみたら意外とできた」こともあるので、思い切って義務化にしてみたらいいのではという意見もある。だが実際に「やる」のは現場であり、「やってできなかった」場合にしわ寄せを食らうのもまた現場である。

男性の育休を推進する企業・団体の連合は、男性の育休への反発が大きかったことを受けて、「(育休の)義務化は個人ではなく企業に対する」ものとして、「今、変わらなければならないのは政府および企業」と訴えた。

内容はもっともだが、男性社員の育休を実現する手段として、提言の中にある社会保険料の一部軽減や違反へのペナルティではまだ弱いと感じる。

先述したような状態の中小企業まであまねく男性の育休を義務化するなら、「休んだ分の人員補充も義務化し、そのための補助金も出す」ぐらい言ってもらわないと、政府の「やってやった感」を演出するだけにも見えてしまう。

ともあれ、現状の「単なる義務化」には、経営側だけでなく、現場も賛成するわけにはいかないのである。