いま『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』を観る意義~世界中の音楽スタジオからバンドの“聖域”が消えた2020年~

『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』©Robbie Documentary Productions Inc. 2019

伝説の「ビッグ・ピンク」をめぐる話

BANGER!!!には何度か寄稿させてもらっていますが、今回は改めて自己紹介させてもらいます。タカハシヒョウリと申しまして、「オワリカラ」というバンドでギターとボーカルを担当しています。

オワリカラは2010年から6枚のアルバムを作ってきまして、2016年にリリースしたアルバム(『ついに秘密はあばかれた』)の最後には「new music from big pink」という曲が収録されています。

書いて字のごとく、この曲はザ・バンドのアルバム『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』からタイトルを引用させてもらっています。と言っても、こちらは7分近くある曲で、曲調という意味では似ていません。このタイトルを引用したのは、音楽性ではなく、もっと根本的なところでインスピレーションをもらったからです。

ザ・バンドのアルバムタイトルになった「ビッグ・ピンク」というのは、60年代後半から70年代にかけてザ・バンドの5人が曲作りに使っていた民家の名前です。ニューヨーク郊外ウッドストックの122坪の敷地にポツンと隔離されて建つ家は、壁がピンク色だったので「ビッグ・ピンク」と呼ばれました。ここにザ・バンドのメンバーやボブ・ディランが暮らしながら、地下室の手作りスタジオで曲作りに没頭し、数々の名曲を生み出しました。この地下室でのセッションは音源として非公式に出回り、世界初の“海賊盤”になったとも言われています。

『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』©Robbie Documentary Productions Inc. 2019

ミュージシャンたちが集まって、ひたすら自分たちの音楽を追求していた魔法のような時間

この原稿を書くにあたって、取り留めのない散文詩のような「new music from big pink」という曲の自分の中でのテーマを言葉にしてみるのなら、「音楽は、どこからやってくるか?」ということだと思います。音楽を生み出す動機、思惑はさまざまなものがあります。自己表現であり、コミュニケーションであり、歌い手や映像を引き立てるために音楽を作る事もありますし、食べていくための技術として音楽をやることもあります。

しかし、まったく無意識の領域から音楽が生まれ、飛び立っていくことがあって、じゃあ、果たしてその音楽はどこからやってくるのでしょうか?「感情」「脳」「記憶」「心」「魂」……どれも正しいようで、どの言葉もしっくりきません。もっと無意識の、言葉や、音楽が弾丸のように生まれる空間の風景をスケッチしてみたい。そこで、自分の持ってるボキャブラリーの中から、その音楽が生まれる場所を「ビッグ・ピンク」と呼ぶことにしました。ザ・バンドのメンバーやミュージシャンたちが集まって、ひたすら自分たちの音楽を追求していた魔法のような時間。そんな創造のポケットのような空間と時間が、誰にでもあるんだと思います。いつ間にか忘れてしまっても、誰の心にも122坪の敷地にポツンと建つビッグ・ピンクが待っているんだと。

『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』©Robbie Documentary Productions Inc. 2019

映画『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』の中で、ザ・バンドの中心人物=ロビー・ロバートソンは、ビッグ・ピンクを自分たちの音楽に向き合える「Sanctuary/聖域」と呼び、音楽を作ることを「白いキャンパスの前で、何かが始まるんだ」と表現します。バンドが向かい合って楽器を鳴らしていると、自然と、まったく想像もしていなかった音楽が生まれてくることがあります。その時、僕らの間に「Sanctuary/聖域」を感じますし、また、それを待ち望んでいます。

『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』©Robbie Documentary Productions Inc. 2019

『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』~“聖域”が消えた2020年

「ザ・バンド」――シンプルすぎる名前のこのバンドは、1967年から1976年まで活動したアメリカのロックバンドです。5人中4人がカナダ人で、アメリカのルーツ音楽を取り入れた独特のスタイルで、『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』(1968年リリース)『ザ・バンド』(1969年リリース)といった名盤を残しました。彼らのキャリアには二つの大きなトピックがあり、一つがボブ・ディラン&ザ・バンドとしてのディランとの共演、もう一つがマーティン・スコセッシ監督によるラストライブの映画化『ラスト・ワルツ』(1978年)です。

『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』©Robbie Documentary Productions Inc. 2019

アメリカのロック史において伝説的な存在であるザ・バンドですが、ビジュアル的にも音楽性的にも派手な存在ではないため、日本での知名度は決して高くないと思います。音楽よりも先に、上記の二つのトピックがきっかけでザ・バンドの存在を知った人は多いのではないでしょうか。

本作『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』は、バンドの中心人物であったロビー・ロバートソンの自伝を原作としています。彼らが純粋に音楽を追い求めた“兄弟”の時代と、その崩壊が描かれます。解散後のザ・バンドは、メンバーのドラッグ問題やリチャード・マニュエルの自殺、リヴォン・ヘルムがロバートソンを「バンドを私物化した」と公然と批判するなど、まさに“崩壊”としか言えない末路をたどります。

『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』©Robbie Documentary Productions Inc. 2019

いわゆる“バンド”というのは、奇跡としか言えない絶妙なバランスの上に成り立っていて、長い時間と変化の中でそのバランスと新鮮さを保つのは簡単ではありません。バラバラになったメンバーの中で唯一、音楽界の堅実なセレブとして成功したのがロバートソンです。彼は、破滅的なロックンローラー像に当てはまらない真面目さと、プロデューサー的な才能も備えており、映画音楽の世界でも活躍しています。

『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』©Robbie Documentary Productions Inc. 2019

そのロバートソンの目線で描かれるストーリーは彼目線のバイアスがかかっており(特に崩壊の過程においては)、やや甘すぎるきらいもありますが、兄弟たちが音楽を生み出す喜びに満ちている蜜月時代の輝きには一点の曇りもありません。若き日の彼らが共に歌いセッションする姿には、たしかな「Sanctuary/聖域」があります。そこに“バンド”の魅力のすべてがあります。

『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』©Robbie Documentary Productions Inc. 2019

そして、その「Sanctuary/聖域」は、世界中の路地裏のスタジオでも無数に生まれ続けてきたものです。しかし2020年という年に、その姿が忽然と消えてしまいました。ライブハウスやスタジオの閉店は後を絶たず、空間自体が失われてしまったのです。街角からビッグ・ピンクが失われてしまった時代だからこそ、ザ・バンドの記録は特別な意味を持つのかもしれません。

『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』©Robbie Documentary Productions Inc. 2019

文:タカハシヒョウリ

『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』は2020年10月23日(金)より角川シネマ有楽町、渋谷WHITE CINE QUINTOほか全国順次公開

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