「選手権中止なら辞めていた」立正大淞南・南監督、集団感染を乗り越えて挑む“今年最初で最後の舞台”

多くのスポーツチームが新型コロナウイルス感染拡大の影響により活動に支障をきたす中、島根県の立正大淞南高校サッカー部は、8月にクラスター(感染者集団)が発生。隔離期間を経て9月から活動を再開したが、状況を考慮してリーグ戦の出場は辞退した。24日に島根県大会の初戦を迎える第99回全国高校サッカー選手権大会は、今年のチームにとって最初で最後の大舞台。5年連続19回目の全国出場を目指すチームは、どのように心身のダメージから回復し、立ち直ってきたのか。南健司監督に話を聞いた。

(文・撮影=平野貴也)

「何もかもが終わった」から「やらなければ」まで背中を押してくれたもの

――8月上旬の集団感染発生から2カ月が経ちました。振り返って、どのような心境ですか?

:春先に新学期が始まった頃、世の中に新型コロナウイルスがまん延し始めているというニュースを聞いて、生徒たちには「感染した人を非難するようなことは、いけない。手を差し伸べるべきだ」と話をしていました。それなのに、私たちが感染してしまう事態になってしまいました。しかし、サッカー関係者だけでなく、全国の皆さんから思ってもみなかったほどの支援をしていただきました。地元でラーメンの屋台を出している方が全校生徒にラーメンを振る舞いたいと申し出て300食も届けて下さったことがありましたし、隔離生活をする中で飲料などを支援物資で賄いきれたことには、驚きました。ありがたかったですし、本当に多くの支援によって助けられたことは、わかっておかなければならないことだと生徒にも伝えました。集団感染を起こしたことで厳しい非難も受けましたが、助けてくださった方たちのおかげで乗り越えることができました。本当に感謝しています。

――サッカー界だけでも本田圭佑選手ら多くの関係者が応援のメッセージを寄せていましたよね。

:あれが、ものすごく力になりました。本当に正直に言えば、私自身は、108人という数字が報道されるのを見て「もう誰もこの学校には来てくれなくなる。何もかもが終わった……」と思いました。でも、応援メッセージの動画などを見ていると、この人たちにお礼を言うことさえできずにやめてはいけない、頑張らなければいけないと勇気づけられました。

生徒にも同じようなことが言えると思います。活動再開にあたって、今後どうなるのか、活動を始めて大丈夫なのか、元に戻れるのか、などいろいろと不安があったと思いますが、いろいろな人の支援が「やらなければ」というところまで、背中を押してくれたと思います。今回、チームが元気になれたのは、内発的動機づけではなく、外発的動機づけ。支援してくれた人たちのおかげです。

しっかりして落ち着き、感性が鋭い。頼れる3年生の存在

――感染したことや、それによって影響する心身のダメージが気になります。

:保健所の指導などに沿って対応をしましたが、PCR検査で陰性反応だった子たちが「自分も本当は感染しているのではないか。自分が他人を感染させる可能性は本当にないのか……」など、いろいろなことを考えてしまっていたようです。オンラインミーティングで「大丈夫か」と呼びかけたら、泣いてしまう子もいました。以前より外出する頻度が減っている様子で、まだ気になっているのかなと思う部分はあります。それでも、今年は3年生が非常にしっかりしていて、落ち着いた子が多く、自分たちでもどうにかしようとしてくれたのは、大きかったですし、今ではしっかりと練習をできています。

――活動再開後、どのようにチームを立て直してきましたか?

:感染の発覚から隔離期間中は、サッカーの話をする状況にはありませんでした。保健所や厚生労働省の方たちとの連絡に必死で、考える余裕もありませんでした。隔離期間が終わってみると、選手の体重が落ちていましたし、最初は散歩をするところから始めました。いつから元の感覚で活動していけばいいのか、選手は元に戻れるのかという心配はありましたが、そればかりでは、いつまでも前に進めません。生徒には10~14日間で体力は戻ると言い続け、その後は通常の練習に戻しました。

定められた期間を隔離状態で過ごし、経過を見て大丈夫だったから活動を再開しているわけで、それでもまだ心配し続けるというのは、骨折が治った選手に念のためにと何回もレントゲン検査をするようなものです。他校で教員をしている高校の後輩から「南さんが少し強気な言い方、姿勢でいないと選手に(もう気にしなくても大丈夫だと気持ちを切り替える)勇気を与えられないのでは」とアドバイスを受けたこともあって、ちょっと強気にリードするべきではないかと考えました。実際、今年の3年生は感性の鋭い子が多く「よし、もう選手権しかないぞ、頑張ろうぜ」と乗ってきてくれたような反応だったので、伝わってくれたかなと思います。

――活動再開後、高円宮杯 JFA U-18サッカースーパープリンスリーグ中国には参加しませんでした。

:日本サッカー協会や大会の関係者には「気にせず、出場しなさい」と言っていただきましたが、いつから参加できると判断できるかがわからない状況で、相手を待たせて迷惑をかけてはいけないので、出場を辞退しました。まだ授業や部活動が再開したばかりで、世間の目が気になったという部分は、正直に言ってありました。校名のデザインされたバスで他県に行く、駐車するというだけでも、もしかすると不安に思う方がいるかもしれない。他チームにまで不安を強めるようなことは避けるべきだと思いました。生徒たちも、一般の方も、どちらも守らなければいけません。

生徒が永遠に「お前たちのせいで」と言われる可能性

――貴重な公式戦の場も辞退することになり、目標は、最後に残された全国高校サッカー選手権大会のみ。昨日(19日)、正式に全国大会の開催が発表されました。

:もし、感染が発覚してから隔離生活をしていた時期に選手権がなくなっていたら、私は高校サッカーの指導者を辞めていたと思います。大会関係者の方々が「全国で4000以上の学校が参加している。(ほかの理由ではあり得ても)1校が集団感染したことが理由で大会の開催を止めることはない」と言ってくださったのですが、もしも大会が中止になれば、私たちの出来事が影響したからだと考える人は絶対に出てくるだろうと思います。そうなれば、ほかのチームの子どもたちの夢も奪うことになり、生徒が永遠に「お前たちのせいで」と言われる可能性がある……そう考えたら、生徒はその世界でサッカーを楽しむことはできないでしょうし、それなのに私がこの世界に残るということは、考えられません。あれから時間が過ぎて(自分自身の気力も回復し)そのようには考えないようになりましたけれど、当時は、そんなふうにしか考えられませんでした。

――先ほどもメッセージが力になったと話されていました。校舎の中にも、さまざまな応援メッセージが貼られています。24日から選手権が始まりますが(島根県大会は、全試合無観客で実施)、応援してくれた人たちに、どのような姿を見せたいですか?

:支援、応援をしてくださった方の中には、匿名の方も多くいましたし、生徒たちは、支援して下さった方が誰かわからず、一人ひとりにお礼を言うこともできません。普段から「高校生の場合、選手権だけは、他人のために戦う大会。君たちをその場に送り出すのに、親や親せき、小学校や中学校時代の恩師、担任といった多くの人が協力してくれた。その感謝を示す場だ」と話しているのですが、今回は、そこに、ご支援いただいた全国の方への感謝も加わります。だから、生徒には「感謝を示すために、われわれの黄色のユニフォームが躍動している、元気な姿を全国に見せないといけない。それを目標に、前向きにやろう」と言っていますので、それを目指して頑張ります。

高校選手権、島根県大会の初戦は24日(2回戦)。インタビュー当日、練習後に話を聞いた選手たちからは「活動を再開して2週間で元に戻れるから大丈夫と言ってもらえて、気持ちを切り替えられて助かった」という声や「集団感染で隔離されていたから、ということを言い訳にするつもりはない。もう準備はできています」といった声が聞かれた。5年連続で全国の切符をつかみ、全国の支援者に元気な姿を届けられるか。苦難の中でも目標として存在し続けた憧れの大会が、ついに始まる。

<了>

PROFILE
南健司(みなみ・けんじ)
1970年生まれ、大阪府出身。桜宮高校、日本体育大学を卒業後、1993年に立正大学淞南高校へ赴任。同年から監督としてチームを率い、2010年に全国高校サッカー選手権大会で初のベスト4入りを果たした。全国高等学校総合体育大会では2011年、2012年、2015年に4強へ進出。チームを全国有数の強豪校に育て上げ、2013年には日本高校選抜のコーチも務めた。多くの選手をJの舞台に送り出し、昨年度も山田真夏斗が松本山雅FCへ入団した。

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