今井美樹「野性の風」時の流れに屈しなかった筒美京平ソングの力強さ 1987年 7月1日 今井美樹のセカンドシングル「野性の風」がリリースされた日

筒美京平が作曲した今井美樹2枚めのシングル

ライヴ終盤、ピアノ1本で歌われた20年以上前の曲の流麗なメロディに僕は耳を奪われた。装飾も取り除かれたのにむしろ感じられるスケール感。この曲の真の魅力に気が付いたのはこれが初めてだったかもしれない。

2009年10月半ば、今井美樹がピアノの倉田信雄と共にビルボードライブ東京のステージに初めて立った。「瞳がほほえむから」も「PIECE OF MY WISH」も歌われない結構マニアックなセットリストの中で9曲めに突然歌われたのが、今井が1987年7月1日に2枚めのシングルとしてリリースした「野性の風」だったのである。

この曲は今月7日に亡くなった筒美京平が作曲した、唯一の今井美樹のシングル曲であった。

セカンドアルバム「elfin」にはリミックスヴァージョンが収録

「野性の風」は、楳図かずおの同名漫画が原作の、やはり今年亡くなった大林宣彦監督の映画『漂流教室』の主題歌だった。編曲は『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』の音楽で一躍名を馳せ、この映画の音楽も手がけた久石譲。エンドロールでも流れたというシングルヴァージョンは、イントロでベースの音が前面に出され、サビ前でもドラムがラウドに入る、リズム隊の強調されたパーカッシヴなアレンジ。映画音楽ゆえだろうが、80年代を強く感じさせる、結構ごつごつとしたものであった。

それから2か月後の9月にリリースされた今井のセカンドアルバム『elfin』にはイントロにベースの音も入らずアコギが前面に出て、随分音がマイルドになったリミックスヴァージョンが収められた。このヴァージョンは1989年リリースの今井初のベストアルバム『Ivory』にも採用され、こちらの方がお馴染みになっていく。

作詞は渡辺美里の「My Revolution」や久保田利伸の「流星のサドル」「You were mine」等を手掛けた川村真澄。

歌詞は十分に詩的ではあるが、率直に言って何を歌っているのか分かりにくい。映画を観ると分かる部分があるのかもしれない。

ひとつ再確認しておかなければならないのが、“野生” の風ではなく “野性” の風だということ。風なのだから野生なのは当たり前。野性= “教育などによって変えられていない本能のままの性質” の風、なのである。名は体を表すとばかり、このタイトルにこそこの曲を理解する鍵があるようである。

筒美メロディの魅力、何の装飾が無くとも伝わるスケール感

1991年の「PIECE OF MY WISH」の大ヒットによりトップシンガーの座に就いた今井美樹。僕も90年代半ばから今井のコンサートに足を運ぶようになったのだが、「野性の風」はセットリストに入っていなかった。やはり今井にとっては前史の1曲に過ぎなかったのだろうか。恐怖映画のテーマ曲ということもあったのかもしれない。

1999年のツアー『未来』で11年振りにセットリストに復活したらしいが、この時の記憶は全く残っていない。2004年のベストアルバム『Ivory Ⅲ』で千住明のストリングスのアレンジで再録され、翌2005年のツアー『Tonight’s Live IVORY』でもセットリスト入りしたがこの時に至っては行ったか行かなかったか記憶が曖昧である。

冒頭に書いた2009年のライヴはこんな状況の下で観たのだった。今回この原稿を書くまで、この時が初めての生の「野性の風」だと勘違いしていた。それくらい、この時のインパクトは強かった。ピアノ1本だけをバックに歌われたこの曲は、装飾を外されネイキッドな状態であったにもかかわらず、そのメロディは確かにタイトル通りの風を感じさせ、最後のサビでの滑らかな転調もスケール感をより拡げていて、遅まきながら僕はすっかり圧倒されてしまった。流石は筒美メロディとしか言いようがなかった。

この後「野性の風」はビルボードライブでは歌われていないが、ツアーでは2011年、2015年と歌われるようになっている。

歳を重ねた歌い手の変化と、時の流れに耐えたメロディの力強さ

筒美京平の訃報が流れた12日付で、今井美樹は自らの公式サイトのブログで弔意を示した。そして「野性の風」について以下のように語っている。
出会った当時より、歳を重ねていくほど自分らしく心に鳴り響き、そして、母親になってから、全く新しい気持ちで歌うようになりました。
「やっとこの曲の真実に気づいた!」と胸が一杯になったことを今でもはっきりと覚えています。
これからも気持ちはきっと進化していくでしょう。
でも、このメロディーの瑞々しさや、大きな翼のようなたおやかさを、ずっと心に抱きしめて歌っていきます。
筒美さん、素晴らしい楽曲をありがとうございました。
今井自身の年齢を重ねての変化も、この曲の再評価に繋がっていたのだ。

そしてこの時の流れに耐えた筒美メロディの力強さも、改めて評価されるべきであろう。今回筒美先生の訃報に際してもあまり名の挙がらなかった曲ではあるが、改めて耳を傾けて頂き、偲ぶ一助となれば幸いである。

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カタリベ: 宮木宣嗣

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