アメリカ美術館の給与水準、盗まれたクリムト絵画が出現、村上隆インタビューなど:週刊・世界のアートニュース

いま、世界のアート界では何が起こっているのか? ニューヨークを拠点とする藤高晃右が注目のニュースをピックアップ。今回は、10月17日〜23日のあいだに世界のアート系メディアで紹介されたニュースを「トップニュース」「コロナ禍での美術館、バレエ」「できごと」「今年の受賞」「アートマーケット」「おすすめの本、ポッドキャスト、ビデオ」の6項目で紹介する。

アレクサンドル3世橋からのぞむグラン・パレ 出典:Wikimedia Commons(Eric Pouhier)

トップニュース

◎全米美術館の給与水準
今年の5月頃、アート業界の給与水準が低いことを批判して多くの業界人がパブリックなGoogleスプレッドシートに匿名で自分のポジション、性別などとともに給与を共有。それがが後押しとなって、米国美術館長協会がはじめて2019年の全米美術館の給与水準を公開。館長は3千万円強、シニアキュレーターは約1千万円、警備員は約350万円など。ただ、今年はコロナの影響でこの水準が下がることが懸念されている。ちなみに、きっかけになったスプレッドシートはいまだに公開されている。
https://news.artnet.com/art-world/looking-museum-career-heres-can-expect-make-according-new-survey-1917190

◎アーティストの選挙キャンペーン
ジェニー・ホルツァーが大統領選挙の行方を左右するスイングステートであるフロリダ、ミシガン、ペンシルベニア、ウィスコンシンで「You Vote」キャンペーンを開始。彼女の作品のスタイルであるボールドフォントで様々な政治にまつわるメッセージを投影する。看板、ビルへの投射、LEDモニタートラック、壁画、ソーシャルを総動員する大掛かりなもの。大学、プロスポーツチーム、文化施設と連携。ニューヨークではなくスイングステートで行うことからわかるように、これはアート作品としてシンボリックなものというよりは、実質的に社会に影響を与えようとする戦略的なもの。広告をアートに取り込む手法はあったけど、これはアートを広告に取り込むものでそういう観点でもかなり興味深い。
https://www.artsy.net/news/artsy-editorial-jenny-holzer-launched-new-public-artwork-campaign-encouraging-voter-participation

◎名作売却にNO
ボルチモア美術館がコレクションからアンディ・ウォーホル、クリフォード・スティル、ブライス・マーデンを総額約68億円で売却するという計画に対して、同美術館の元理事長をはじめとする23人が不正や利益相反にあたるおそれがあるとして州政府にこれを止めるよう要請。
https://news.artnet.com/art-world/government-investigate-baltimore-museum-arts-planned-sale-warhol-masterpiece-1915818

◎未来のための名作売却
上記ニュースに関連して。この要請に返答する形で、ボルチモア美術館の理事長があらためて売却計画を遂行する旨を文章が回答。コレクションにおいて歴史的に排除されてきた声や見方を再考するもので、この3作品だけがこの美術館のすばらしいコレクションを担っているわけではないと。変化は容易ではないが、一部を手放して未来のための余力を確保する必要があるということ。
https://www.artnews.com/art-news/news/baltimore-museum-of-art-deaccession-board-chair-1234574745/

コロナ禍での美術館、バレエ

◎美術館の資金難
ヨーロッパの美術館は再開したものの、来館者はなかなか戻ってこない模様。アムステルダム国立美術館は、コロナ前は1日に1万人だった入館者数が今はわずか800人。コロナの影響で減っているキャパの2500人を大幅に下回る。旅行者の大幅な減少が一因で、このままでは美術館の資金難につながる状況。
https://www.nytimes.com/2020/10/19/arts/design/europe-museums-covid.html

◎大学付属美術館も危機
大半のアメリカの大学が未だ閉鎖もしくは一部閉鎖している状況のなか、多くの大学附属の美術館も展覧会の閉鎖や延期に直面している。オンラインでの展覧会、3Dギャラリーツアーや、eニュースレターなどデジタルでできることに移行せざるを得ない。
https://www.theartnewspaper.com/news/plans-in-the-trash-can-remote-learning-forces-us-college-museums-to-get-creative

◎人気のオープンスタジオ
数十人のアーティストがスタジオを構える、NYでも指折りの助成金付きスタジオ・エリザベス財団では毎年この時期にオープンスタジオを行って多くのアートファンが訪れる。今年は、コロナの影響でバーチャルに。あらかじめウェブで30分一枠のzoomによるスタジオビジットが5ドルで予約できる仕組み。その他にもトークなどがオンラインで配信される。
https://hyperallergic.com/595219/elizabeth-foundation-arts-virtual-open-studios-october-2020/

◎マスクの展覧会
コロラドのデンバー大学の附属ギャラリーでアーティストによる様々なマスクの展覧会が開催。記事内の写真だけでもいろいろなマスクが見られて楽しい。
https://hyperallergic.com/596152/denver-face-masks-artist-made/

◎ホテル屋上でバレエを
コロナ禍でバレエが公演できない中、ファンドレイズのための小規模な試みではあるが、ニューヨーク・シティ・バレエ団が劇場を持つリンカーンセンターの真向かいのエンパイアホテルの屋上で実験的なバレエ公演を行なったそう。高層ビルが立ち並ぶマンハッタンのホテル屋上でのパフォーマンスは、記事内の写真を見るだけでもわくわくする。
https://www.nytimes.com/2020/10/19/arts/dance/dancers-of-nycb-empire-hotel.html

できごと

◎文化財返還問題に向き合うために
ドイツでは、現在の感覚に照らして法的、倫理的に正しくない方法で植民地から持ち込まれた全国の美術館のコレクションが一覧できるデジタルプラットフォームを州と連邦政府で協力してつくる。旧植民地に返還する前提としてまずは透明化するところから。
https://www.theartnewspaper.com/news/germany-creates-central-portal-colonial-era-acquisitions

◎グラン・パレで宝探し
10月24日から48時間の間にパリの大規模な展覧会場・美術館であるグラン・パレでアート宝探しが行われる。村上隆を含むペロタンギャラリーに所属する20人の作家の作品が会場に隠され、見つけた人はそのままもらえるという。楽しそうだけど、混乱が起きなければいいのだが。
https://www.theartnewspaper.com/news/wanted-at-the-grand-palais-in-paris

◎新たな方法でギャラリーを営む9組
新しい方法でギャラリー運営にトライしている世界中9組の次世代ギャラリストの紹介。その中の一つは、La Maison de Rendez-Vous。これは、ロサンゼルス、コソボ、メキシコの若手ギャラリーに東京のMisako & Rosenをあわせた計4つのギャラリーがベルギーのブリュッセルにギャラリースペースをシェアして運営するもの。
https://news.artnet.com/art-world/new-innovators-next-gen-dealers-1916491

◎盗まれたクリムト絵画が出現
イタリアのリッチ・オッディ近代美術館から23年前に盗まれたクリムトの絵画「 Portrait of a Lady」(1916–17)が、昨年12月に美術館外壁内部に隠されていたのを庭師によって発見された。時効後と考えられる今年1月に2人の窃盗犯が「街への贈り物だ」という声明とともに名乗り出たそう。11月28日からその絵が同美術館で展覧され、その歴史的瞬間はYouTubeでライブ配信される。
https://www.artnews.com/art-news/news/klimt-stolen-painting-ricci-oddi-modern-art-gallery-1234574411/

◎民主派反政府デモへの連帯
タイのバンコクビエンナーレに参加しているアイウェイウェイやアニッシュ・カプーア、照屋勇賢をはじめとする25人の作家が現在進行中の民主派反政府デモへの連帯を表明。
http://www.artasiapacific.com/News/BangkokArtBiennaleArtistsShowSolidarityWithDemocracyProtesters

◎ジェイコブ・ローレンスの絵画発見
ジェイコブ・ローレンスの30枚の連作のうち5枚の行方が分からなくなっていたが、この夏にメトロポリタン美術館で行われた展覧会を見た来場者が、友人の家にそれらしき絵があったのを思い出して友人に連絡。その友人が美術館に問い合わせたところ5枚のうちの1枚と判明。1960年に音楽学校のチャリティアートオークションで購入したもので、以来ニューヨークアッパーウェストサイド地区のアパートに飾られていたとのこと。急遽、あと2週間の展覧会に加わることに。その後もシアトルやワシントンDCに展覧会の一部として巡回する。
https://hyperallergic.com/596305/jacob-lawrence-metropolitan-museum-missing-painting/

◎アート起業家のお仕事
6人のアート企業家を紹介する記事。事業内容としては、作家がスタジオビジットを有料で提供できるサービス、画廊が作品のロジスティクスをデジタル化できるもの、作家がAR作品をつくれるもの、展覧会の画像を360度化できるもの、作品をデジタルカタログ化して状態分析するもの、簡単にスマホをオーディオガイド化するものなど。
https://news.artnet.com/art-world/meet-the-new-innovators-the-entrepreneurs-1912058

今年の受賞

◎今年のマルセル・デュシャン賞
Kapwani Kiwanga(カプワニ・キワンガ)というカナダ出身、フランスで活動するアーティストが、フランス版ターナー賞ともよばれるマルセル・デュシャン賞を受賞。アフリカの歴史、植民地主義にまつわる作品をつくるインスタレーション作家。今年6月には、東京都現代美術館で行われた「カディスト・アート・ファウンデーションとの共同企画展 もつれるものたち」にも参加。
https://www.artnews.com/art-news/news/kapwani-kiwanga-prix-marcel-duchamp-1234574335/

◎今年のヒューゴ・ボス賞
ディアナ・ローソン(Deana Lawson)が写真家としてはじめてヒューゴ・ボス賞を受賞。これまで彫刻やビデオ作家が多かった。副賞として来年グッゲンハイム美術館で個展がひらかれる。黒人の男女、家族、グループなどの自然なポートレイトに見えて、じつは事前に厳密にセットされた写真で、祖国を失った黒人の歴史、人種差別を浮き彫りにする作品。今年6月には最近勢いがあるロサンゼルスのDavid Kordanskyギャラリーに所属したばかり(NYではSikkema Jenkinsに所属)。
https://www.artnews.com/art-news/news/deana-lawson-hugo-boss-prize-guggenheim-museum-1234574675/

アートマーケット

◎ドイツ写真家たちの作品価格が急落
2011年に$4.3M(当時3.3億円)という写真作品で最高の落札額を記録したアンドレアス・グルスキーをはじめとするドイツのいわゆるデュッセルドルフ・スクールの写真家達のオークション価格がここ数年急落しているという。供給過多、作品サイズの巨大さなどが理由にあげられている。
https://news.artnet.com/market/dusseldorf-school-german-photogs-1910036

◎ラッパーの両親はアートディーラー
ビースティ・ボーイズのマイク・Dの両親はアートディーラーだったそうで、若い頃は当時のコンテンポラリーであったロスコなども扱っていた。父親は若くに亡くなり、今年母親が亡くなって彼女のコレクションのベルニーニなどのオールドマスターや現代アート、現代家具などが来年1月にオークションに出品されるそう。
https://news.artnet.com/market/beastie-boys-mike-d-auctioning-moms-art-collection-1916086

◎オンライン購入への損害保険の必要性
今年1月にオランダのトゥウェンテ国立美術館が画廊からジョン・コンスタブルの絵画を購入する際に、やりとりのメールがハッキングされ犯人の口座に3億円以上が送金され騙し取られてしまった事件が発生。そういう事例が増えており、オンライン上でのアート購入に対する損害保険への必要性が高まっているとする記事。
https://www.artsy.net/article/artsy-editorial-insurance-buying-art-online-works

◎ジャコメッティの作品を封印入札方式で
ジャコメッティの彫刻作品が今月末のサザビーズに出品されているが、通常の公開競り上げオークションではなくsealed bid(封印入札=入札者[買い手]が相互に提示価格を知ることができない競売)方式で行われる。入札はなんと94億円から! オークションの透明性とプライベートセールの匿名性の両方が得られるとのこと。
https://www.artnews.com/art-news/market/sothebys-giacometti-sealed-bid-sale-1234574603/

◎バンクシーの作品が最高額で落札
21日に行われたパリ・ロンドン両拠点からストリーミングで中継された現代・近代合同アートオークションではバンクシーの大型絵画《Show Me the Monet》 (2005)が約10億円での落札で最高額(作家史上2番目)。近代ではピカソ(5億円強)、ピカビア(5億円弱)に並んで落札額3番目は、具体の白髪一雄の61年の絵画(約3.1億円)。総額は約95億円でコロナ禍であることを考慮すればまずまずといったところか。
https://www.artnews.com/art-news/market/sothebys-modernites-paris-london-sales-banksy-1234574651/

◎マリアン・グッドマンのロンドン支店が閉廊へ
リヒターやケントリッジなどを抱える大手ギャラリーのマリアン・グッドマンがロンドンのスペースを閉じる。Brexitが大きな理由とのこと。ニューヨークやパリのスペースは今まで通り運営される、
https://www.artnews.com/art-news/market/why-marian-goodman-closed-london-gallery-1234574818/

おすすめの本、ポッドキャスト、ビデオ

◎日本の60年代の実験的な映画、映像
これまで海外に紹介されてこなかった日本の60年代の実験的な映画、映像についての英語での研究書が米国コラボラティヴ・カタロギング・ジャパンの協力のもとドイツのArchive Booksから出版。関連して、シュウゾウ・アヅチ・ガリバーの映像インスタレーション作品がMoMAで来年2月まで展示中。
https://hyperallergic.com/595126/japanese-expanded-cinema-and-intermedia/
http://www.archivebooks.org/japanese-expanded-cinema-and-intermedia-critical-texts-of-the-1960s/

◎絵画についてのおすすめの本7冊
ペインティングに関するオススメの本7冊を紹介する記事。個別の作家に関するものから一般的なものまで面白いラインナップ。
https://www.artnews.com/art-news/product-recommendations/great-books-about-painting-1234574186/

◎ウェブを見るのに疲れたら、おすすめポッドキャスト3選
オンライン展覧会などアートをモニター越しに見るのに疲れたあなたにオススメのアートポッドキャスト3選。サーペンタインのラウンドテーブル、BBCの美術館ツアー、ハマー美術館のアートイベントポッドキャスト。
https://artreview.com/exhausted-by-virtual-exhibitions-i-tried-taking-a-sabbatical-from-seeing/

◎村上隆がざっくばらんかつ真摯に語る
Friezeアートフェアにあわせて行われた村上隆とキュレーターのトビアス・バーガーのトークビデオ。村上氏が作品づくりのこと、自身の膨大なアートコレクション、ギャラリー運営、そしてプリントやトイなどの作品ポートフォリオについて、とてもざっくばらんに真摯に語っていて興味深い。全編英語で字幕もないがオススメ。
https://www.frieze.com/event/frieze-talks-takashi-murakami-and-tobias-berger

Frieezeのトークビデオより、村上隆とトビアス・バーガー

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