中国の隔離措置を経験して分かったこと 新型コロナ、賛同はできないが学ぶことも【世界から】

隔離生活中に配られたある日の食事。毎回、異なるおかずとスープが白米とともに温かい状態で届けられた=佐藤清子撮影

 新型コロナウイルスの感染者が世界で最初に確認された中国の経済活動が急速に再開している。国際通貨基金(IMF)が10月13日に発表した世界経済見通しでも、2020年の中国の実質成長率を6月の見通しから上方修正して1・9%の増加と予測している。世界全体では4・4%のマイナスなので、中国の景気が想定以上に力強く回復していることがよく分かる。

 人々の生活にも日常が戻りつつある。10月の大型連休には6億人以上が国内旅行を楽しんだ。ホテルやレストラン、ショッピングモールなどは、どこも人であふれた。上海ではマスク姿も少なくなり、街行く人たちは国内の感染リスクはないものと本気で信じているようだ。(ジャーナリスト、共同通信特約=佐藤清子)

 ▽入国希望者に立ちふさがる壁

 世界中で感染者数が急増していた3月末、中国はビザ(査証)を保有する外国人の入国を停止するなど事実上の国境封鎖に出た。その後、感染拡大が落ち着いたことを受けて、8月から「14日間の集中隔離観察」などを条件に入国緩和を始めた。

 それでも、国際線の発着枠は「1社あたり1都市、週1便」という規制を継続している。北京市も10月12日、同市に直行便で入国可能な人数の上限を1日あたり500人にすると発表するなど、入国制限はいまだ厳しいことが分かる。

 影響で中国行きの航空券の価格は世界中で高騰。帰国がかなわない人はまだ多い。筆者もそんな一人だった。今年2月中旬に日本に帰国して以来、半年以上も戻れずにいたのだ。

 ▽静まる機内

 9月中旬、ようやく中国へ向けて日本を出られることになった。日本政府による海外渡航の自粛が求められているだけあって、成田空港を歩く人は思った以上に少なかった。旅人が醸し出す高揚感など感じられない、これまで感じたことのない異様な雰囲気だった。

 一方、搭乗口は先を急ぐ人たちで混みあっており、ソーシャル・ディスタンス(社会的距離)も守られていなかった。飛行機は中国人を中心にほぼ満席。でも、ここも異様だった。

 いつもなら、うるさいと感じるほどにぎやかに話している中国人の乗客が不安そうな表情で静まり返っていたのだ。彼らが不安になるのも分かる。飛行機が着陸する都市や時期によって帰国後の処遇が異なるからだ。確実なのは「14日間の隔離措置」が取られるということだけ。実際、筆者もどう扱われるのかが気になって仕方がなかった。

 そんな中、乗務員には和まされた。全身防護服と姿こそいかめしいが、防護服に思い思いのアニメのキャラクターや「加油(頑張って)!」の文字といった落書きを施しているのだ。気遣いが伝わってきて、少しだけ落ち着くことができた。

出国のため、訪れた成田空港。閑散としていた=佐藤清子撮影

 ▽拍子抜け

 5時間ほどの飛行時間で到着したのは、香港と隣接する深圳市にある深圳宝安国際空港だった。飛行機を降りて向かった 到着ロビーには、問診用のブースやPCR検査を行う小部屋がずらりと用意されていた。

 まず、問診と検温、個人情報の登録を済ませる。ここで、それぞれにバーコードが発行される。以降の検査や入国手続きは、このバーコードを用いることになる。

 検査員や警備員は数多く配置されている。誘導係も至る所にいるので迷うこともない。結果、中国にありがちな混乱はほぼなかった。確かに人数は少ないが、それを差し引いてもスムーズに進むことに驚いてしまったほどだ。

 登録→問診→検温→入国審査→鼻と喉の2カ所からのPCR検査→預け入れ荷物の回収―。手続きは着陸からわずか1時間半で完了。普段の入国に掛かる時間より短い。これまでの経験から長丁場になることを覚悟していただけに拍子抜けしてしまった。

 空港での手続きが終わると、同じ飛行機の乗客は分散して大型バスに乗ることになる。それぞれの隔離場所へと移動するのだ。ホテルの入り口で検温した後、チェックインを済ませる。どんな所で過ごすことになるのだろうかと不安に思っていたが、無料Wi―Fi完備のこざっぱりとしたビジネスホテルだった。少しだけ安心する。

 このホテルの一室で筆者の隔離生活が始まった。1日に2度の検温と3度の食事の配達、滞在中計3回のPCR検査時以外はドアを開けてはいけない。一度だけ間違って開けたことがあるが、けたたましい警報音が鳴り響いた。自身が「隔離」されているとともに「管理」されていることを実感する。

 一方で歯ブラシやシャンプー、コーヒーなどの補充は十分だった。さらに、出前を取ることやネットショッピングも許された。

 ▽一言に救われる

 隔離開始から14日目の朝、最後のPCR検査を受け、同じ便の乗客全員の陰性が確認された。そして、深圳空港への着陸時刻を待って隔離の終了を告げられた。

 14日間の隔離生活は予想していたより、厳しいものだった。それでも、看護師やホテルスタッフなど中国の人たちは随所で「お疲れさま」と声を掛けてくれた。片言の日本語であいさつしようとしてくれる看護師や、親切にしてくれるホテルスタッフにはとても救われた。

 空港での検査では問題なかった。それでも筆者が新型コロナウイルスに感染している可能性は否定できない。政府の指示に従って、機械的に管理した方が、感染リスクは減らせる。それでも、隔離生活で背負う精神的・肉体的負担を減らそうと言葉を掛けてくれることが何よりうれしい。

 同時にこうも思った。筆者が逆の立場だったら、同じことをできるだろうか、と。

防護服姿で乗客の検温を行う乗務員。細やかな心遣いに癒やされた=佐藤清子撮影

 ▽中国式も選択肢に

 中国が現在行っている有無を言わさぬ徹底管理などについて、もろ手を挙げて賛成することはやはり出来ない。一方で参考になることも確かにあった。

 まず、外国からの入国者を受け入れるための業務に多くの人を配置しているところだ。加えて、検査機器だけでなく検査に使用する机や椅子などは、それこそ十分すぎるほどあった。隔離生活中も、衛生用品やごみ処理袋などはふんだんに支給された。

 このことでストレスが軽減されたことは間違いない。ただでさえ緊張を強いられる中では、検査などがスムーズに終わることでずいぶん気が楽になるものだ。

 物資が潤沢にあるということは、それを作り、運ぶ人が多くいるということを意味する。隔離施設に指定されたホテルや大型バスを運行する会社も、それによって経営が下支えされているのだろう。

 空港で経験した待ち時間の少ないスムーズな手続きは、中国のデジタル化のたまものだ。ここにも関わっている人がいる。コロナ禍における一時的な需要であるにせよ、実に多くのヒトとモノが関係し、経済を動かしていることは事実だ。

 日本は入国制限の緩和を進めるとともに、入国後の隔離も不要とする方向で調整しているとされる。これに対しては、国内の感染拡大が収まらないまま、輸入型の感染者数を増やすのではないかと懸念する声が上がっている。

 ならば、「中国式の徹底管理」で国民の安全を確保しつつ、経済活動の活性化を図ることも選択肢に加えていいのではないだろうか。

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