知的障害の長女に「しばけ」「殴れ」 【上】3歳児を死なせた8人家族に起きたこと

 幼児4人を含む子ども6人と両親の8人家族。41歳の母親のほか、23歳の長女と1歳下の長男には知的障害があった。長男は問題行動で近隣トラブルが絶えない。母親と長女は、いつも2台の自転車で幼児らを連れてふらっと外出する。誰もが気になっていた家族にある朝、異変が起きた。三男(3)が腹痛を訴えて救急車で搬送され、そのまま亡くなったのだ。家の中は散らかり放題で、ごみ屋敷だった。家庭内で何が起きていたのか。捜査に乗り出した警察は3日後、長女を殺人容疑で逮捕した。(共同通信=真下周、斉藤彩)

8人家族が住んでいた住宅前に置かれた2台の自転車=大阪市平野区、9月下旬撮影

 ▽3人が知的障害

 「どないしたん!」。2019年4月2日昼ごろ、大阪市平野区内の一軒家で事件は起きた。近所に住む高齢女性は、玄関先で顔色を無くしてぐったりした三男を抱き、ぼうぜんと突っ立っている長女の金城ゆり被告に気付いて声を掛けた。ゆり被告は「腹が痛いって泣いてるねん。救急車を呼んでもなかなかこーへん」と答えた。自宅内からは「はよして!」と母親らしき人物が切羽詰まった様子で、どこかに電話をかける声が響いていた。

 三男の雷斗ちゃんは、腹を強く圧迫されたことによる内臓破裂が原因の失血死だった。大阪府警捜査1課の幹部は、報道各社の担当記者に「司法解剖の結果は他殺だけど、あそこの家庭は複雑。父親以外の成人は知的障害があり、そういう人たちから(予断を与えない状況で)よく話を聞かないといけないので、報道をしばらく控えてほしい」と願い出た。事件当時、仕事で不在だった父親を除く母親、ゆり被告、そして長男の3人に疑いがかけられたが、いずれも知的障害があった。

 公判で明らかになったゆり被告の捜査段階の供述調書によると、雷斗ちゃんが亡くなったと知らされた時「自分が腹を踏んだせいで亡くなったと思ったが、両親から怒られると思い、事実を誰にも言えなかった」。2日後に警察官から「うそ発見器をやる」と言われて「もう隠してもばれると思い、話を聞いてくれる警察官もやさしそうだったので『この人なら大丈夫』という気持ちで全て本当のことを話した」という。

 逮捕時に容疑者の言い分を尋ねる「弁解録取」では「風呂場のところであおむけのライコ(雷斗ちゃんの普段の呼び名)の腹の上に片足で乗り、その後両足で乗った。死んでしまうとは思わなかった。やりすぎた」と述べている。長女が逮捕される事態に、近隣住民らは「子供の面倒もよう見てたからなあ。あんなことするとは思わへんかった」と驚きを隠せなかった。

 事件当時の状況は次のようだった。朝起きていつも世話を任されている雷斗ちゃんを着替えさせ、抱いて2階に下りると、次女(5)から「こっち」と言われて風呂場に移動した。次女がおもむろに雷斗ちゃんの胸を押して倒した。その上に体重58キロのゆり被告が乗った。「気持ちに任せてずっと」踏み続けている間、雷斗ちゃんは口を閉じて泣いていたという。次女はその様子を見て笑っていた。

 ゆり被告は「普段からおかんにライコの面倒を見させられ嫌気が差していた。3日前から腹を踏んだりしていた。ライコには、泣いたらうるさいから口をつぐむように言っていた」と当時の心情を打ち明けた。雷斗ちゃんはこの出来事の後、しばらくしてぐったりした状態になったという。母親の指示で、ゆり被告がジュースや風邪薬を飲ませるなどしたが、吐いて受け付けなかった。その後、手がだらんと垂れ下がり、目はずっと天井を見ながら「あーあー」と苦しそうな声を出していた。

 ▽母への怒りがうっせき

 捜査当局はゆり被告の当時の精神状態を調べた。精神鑑定の結果、刑事責任能力は問えるとしたが殺意は認められなかったとして、殺人罪ではなく傷害致死罪で起訴した。鑑定をした医師によると、心理検査の結果、ゆり被告の知的程度はIQ50だった。一般的にIQ50~69は、軽度の知的障害とされる。本人が検査に集中していなかったため、本来はもう少し高い数値が出た可能性があるという。

 文章をつづることが好きで、文字は丁寧で内容もまとまっているが、口頭で質問された時に内容を頭の中で整理して考えることは苦手、とした。被告人質問ではこうした弱みに配慮し、主任弁護人の荒木晋之介弁護士は少しでも緊張を解くため、できるだけ近くに座って友達に語り掛けるようなスタイルでゆっくり質問していった。

 「被告は双子が生まれるまでは子どもの世話をせずに済み、比較的自由に過ごしていた。生活が一変してからは朝から晩まで弟の世話を押しつけられ、母親への怒りがうっせきし、追い詰められていた。家から出たい気持ちがあったが、(障害ゆえに)具体的手段を考えることはできず、怒りが幼い弟に向いた」。鑑定医は事件の動機をこう解説した。

 鑑定医によると、知能レベルが低い場合でも、親や周囲の人が模範的であれば、情緒面や社会的な部分も時間をかけて成熟していけるが、この家では逆に暴力が肯定されており、ゆり被告は未熟なまま。母親からは、言うことを聞かない弟らの見張り役を命じられ、「しばけ」「殴れ」と指示されるなど、行動を思いとどまる能力は著しく損なわれていた。

 また、ゆり被告がこの生活から逃げ出せなかった理由の一つに、幼少期に受けた父親からの身体的虐待の影響も指摘された。母親には心理的に支配されていた。経済的にも逃げ出せない状況だった。自分の通帳に振り込まれる2カ月で約13万円の障害年金は、すべて母親に管理されていた。「おかんに逆らうとお金がもらえない。何も買ってもらえない。だから何も言えなかった」と供述した。長きにわたる虐待―被虐待の関係性を自力で打ち破ることは難しく、頼りにできる第三者の存在もなかった。

大阪地裁

 公判でゆり被告は、犯行の場面や当時の気持ちについて「分からん」「覚えてない」を連発し、関係者を当惑させている。こうした姿勢は一見、罪に向き合えていないように受け取られやすい。鑑定医は「本人にとってつらい経験だった。前後のことを心理的に忘れたいというのが無意識に働く。記憶の痕跡が残っていないわけではなく、もやもやしている。出来事の保存メモリーにロックがかかっている可能性がある」と解説した。

 「ライコに朝と夜、『ごめんなさい』と手を合わせてるよ。ごめんな、って」と公判で話したゆり被告。支援者によると、後悔で寝られなかったり、拘置所の中で泣いたりしたこともあったようだ。鑑定医は「とりかえしのつかないことをした罪悪感は持ち合わせているものの、23歳の人の説明ではない」と指摘する。「ゆりが(ライコを)ふんじゃった。あんなこと起きなきゃよかった」と語り、かわいがっていた亡き犬に対するのと同じように手を合わせる。弟の死を自分が招いたことへの受け止めとしては深みがなく、鑑定医は「小学生ぐらいの女の子が『自分の大切なものをなくした』というレベル」と表現した。

 ▽拘置所の生活は「100点満点」

 大阪地裁は9月18日、ゆり被告に懲役3年、執行猶予5年(求刑懲役5年)の判決を言い渡した。検察側は「動機は幼い弟への八つ当たりで、責められるべきだ」と主張。一方の弁護側は、ストレスがたまった衝動的な犯行で、家庭環境の過酷さも考慮されるべきだとして執行猶予付きの判決を求めた。

 ゆり被告は特に表情を変えず、うつむいて判決内容を聞いていた。長瀬敬昭裁判長は、被告が暴力に肯定的な家庭に育ち、母親から家事や育児を押しつけられ不満を募らせていたと認定。知的障害の影響で劣悪な家庭環境から自力で逃れることができなかった、と鑑定医の見立てどおりの見解を示した。

 そして当時60キロ近い体重のゆり被告が幼い弟を踏み付ける行為は、両者の体格差を考慮すれば危険であると指摘し、知的障害により被告の発達年齢が9~10歳程度で「危険性を十分に認識していたとは認められない」とした。子どもが命を落とし実刑でもおかしくない事案だったが、こうした事情が考慮され、傷害致死罪の同種事件でも軽い部類に属する、と導いた。

 執行猶予の背景として、手厚い支援体制が約束されていたことも大きい。ゆり被告は事件後、一貫して両親を拒絶する意思を明確にし、公判でも「二度と会いたくない」と繰り返した。両親の支配から逃れ自立した生活をサポートするため、女性弁護士が金銭管理や生活の困りごとに寄り添う成年後見人として付いた。「ゆりの近くにしんらいできる人ができました。一緒に居てると心強くて安心できます。顔をみると元気がでます。こんな人ははじめてです。大好きです。今までゆりのみかたは犬だけでしたが、強いみかたができました」と、後見人が付いた喜びを手紙につづった。

ゆり被告が書いた手紙

 ゆり被告は法廷などで、事件後の拘束された生活を「100点満点」と表現し、関係者を驚かせている。拘置所の生活を「楽しいよ?言ったら怒られるかもしれないけど、楽しむ場所じゃないけど、他の人とおしゃべりできる。3食、おやつも好きなときに食べられる」と無邪気に説明したが、裁判員の一人は公判後に、この件を最も印象的だった場面に挙げ、「どんな家庭環境で育ったか、少し分かった気がした」と語った。

 周囲が「元々おとなしくて優しい性格」と口をそろえるゆり被告。鑑定医は「家庭環境が良ければ事件が起きる可能性は極めて低かった」と断言した。社会復帰する被告に必要な支援を連ねた「更生支援計画書」を手がけた地域生活定着支援センターの男性担当者も「特殊な環境での特殊な事件。もともと犯罪傾向が全くない人で、支援にも拒否的にならず、素直に受け入れる関係をつくることができる」と、再犯リスクが大きくないことを説明。刑務作業のような刑罰を科さなくても社会復帰できる、と太鼓判を押した。

 世話人の下で数人の障害ある女性らが共同生活するグループホームへの入居手続きも進められた。グループホームに移ったら何がしたいか、被告人質問で聞かれたゆり被告。雷斗ちゃんに「毎日手を合わせて、お供え物もしたい」と話した後、「ゆりのために、自分のために何かしたい。犬を飼いたい。朝ご飯食べたい。あと仕事したい」と、次々と普通の暮らしへの憧れを挙げていった。動物が大好きで、ペット関係の仕事に就きたいという思いを抱いていた。裁判員らは判決後、「新しい環境でがんばってほしい」とエールを送った。

 続編【中】では、ゆり被告が置かれていた過酷な日常をつぶさに追う。

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