あの日滑った日の感情の名前も僕たちはまだ知らない【ゆにばーす川瀬名人の認定戯言#9】

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ケータイよしもとで連載していた人気コラム、『ゆにばーす川瀬名人の認定戯言』がラフマガで復活しました。
川瀬名人の「戯言」にお付き合いください。

出典: ケータイよしもと

タイトル『あの日滑った日の感情の名前も僕たちはまだ知らない』

最近ネタ中に叫びそうになる時がある。

「全然ウケへんなぁ!!」

絶対に叫んではいけない。
完全な職務放棄である。

一度、ゆったり感の江崎さんが三年くらい前にネタをやってる中叫んでいた。
小気味好くテンポの良いネタでおそらく賞レース仕様であったし内容を聞いていると確かに理論上ウケるはずのネタであった。
しかしそのネタから醸し出されるウケようとする空気に逆らうように劇場は静まり返り江崎さんはそう叫んだ。

気持ちは今になってわかる。
ここ最近叫びたくなる日々がずっと続いている。
今、劇場の空気が重い。

まあウケにくい。
大阪、東京限らずにとにかくアベレージでいうとウケにくい。
川瀬のツイートを遡ればわかるが九月くらいから明らかに様子がおかしい。ツイート内容でその日のウケを今からでもグラフ化できるくらい感情がむき出しになっている。

先日など「同期ドキドキライブ」なるものがあったが、カミナリまでゲストに呼んだにも関わらず一向にウケない。途中ウケなさすぎて本当にドキドキした。
実際やってないので許してほしいが靴をくそったれといいながら客席に投げそうになった。

別にお客さんのせいではない。
この状況下で来てくれるのは非常にありがたいし来てくれる人ははっきりいって頭おかしいくらいお笑いが好きなのだろう。
そんな人達が笑わない、否、笑ってはいるらしいがこちらが感じとることはできないのは一体なぜだろうか。

原因は多岐に考えられる。

マスクによる笑い声の低下。
絞られた客層による飽き。
さらには飛沫感染の不安による笑うことへの躊躇い。
不安な社会情勢。
客席のソーシャルディスタンス化による隣の人の笑い声による臨場感、一体感のなさ。

データ至上主義者としてはかなり厳しい状況である。

もう最近は袖からMCやトップバッターの芸人のネタをめちゃくちゃ笑って援護射撃、笑っていいんだよ、という環境作りに余念がない。
横にいた後輩が黙ってたのに「笑え!」とキレた時、もう今自分が笑いのダウナー末期症状だと気づいた。

正直、こういう時、今までウケ無視でやってた人は強い。強すぎるくらい強い。

マヂカルラブリー・村上さん曰く
「ウケない方が楽しい」
それはそれで不健全だ。
もう中学生さんなんかもうコロナじゃない時よりハツラツとしている様にすら見える。

川瀬はそういった変態ではない。1番そうではないかもしれない。滑ると1日1日キチンと悔しいし白髪は増えるし胃が荒れる。

というより基本芸人はそうである。

笑い声を聞くということは大麻どころではない。
実際ウケる時はえぐい量の快楽物質が脳を駆け巡っているらしい。故に覚醒剤での芸人のスキャンダルはほぼ皆無である。
何故なら日常的に摂取しているも同然だからだ。

逆に滑ると反作用がエグい。
脳内を不快物質が駆け巡る。

皆さんは滑ったことがないと思う。
人生でこれからも滑ることなんかないだろう。

何故なら滑るという行為はウケようとしないと発生し得ないからだ。
だから誰も知らない。
滑る時に味わう感情の名前を。

あの感情は一体なんなのだろうか。
やっと主題に辿りついた。

日常、不意に誰かに笑かされることはあってもその人と喋ってる時、その人も笑かしにきてないし自分も自ら笑おうとはしない。
ここでいう「笑う」とは笑顔とは別の話で笑い声をあげるということであり、さらに言えば金を払ってまで笑いにいくなんてことは日常ではない。
そういう意味で言えば劇場というものはなんと非日常なのだろうか。

滑った時に味わう感情の中に怒りは多少ある。
実際、前述した通り靴を投げそうになったり叫びそうになったりしている。しかしそれは説明になっていない。

滑ったら何故腹立たしいのか。
それは滑ったからだ。この堂々巡りではなくこの間に答えがある。

腹立たしいのは飽くまで滑った後の感情であり結果的な感情である。滑ってる最中の感情ではない。
滑ってるのとほぼ同時進行に味わう感情こそがその感情の名前の筈。

それは「気まずさ」である。

昔、仕事で一緒になった地下アイドルの子に滑ったみたいな話をした時、こんなことを言われた。

「滑るって私よくわからないんですけど、私達で言うところの気まずい感じですか?」

気まずい?

「ライブで派手めの曲で盛り上がらないとなんか気まずくないですか?」

ピンとこない人もいるかもしれない。
しかし考えても見て欲しい。

お客さんはお金を払って時間を使って劇場まで笑いにきている。笑いたい。楽しみたい。その気持ちでいっぱいである。
少なくともその為の対価を払っている。払っている時点でかなり前向きである。
それが証拠に道端や立食パーティーで漫才をやるよりかはウケる。

芸人は数多ある職業から芸人を選んでいる。ウケたい、脳内から快楽物質を引き出したいという根底の理由からお客さんを笑かしたい、笑かす為の努力は惜しまない、そしてそれがわずかばかりの給料になり自分の生活を豊かにすることも承知している。
そのウケるという行為のために劇場まで用意して待ち受けて、出囃子と共に舞台に飛び出す。ウケるために作った自分の面白いと思うことを言う。

双方、需要と供給がマッチしている。
笑いたい、笑かしたい、金銭も互いに発生している、その為の場も用意されている。

にも関わらず。
笑えない。そして笑かせない。
これが、滑る、という事象。

互いの思いは一緒なのにすり合わす事だけが出来ない。
お互いの気持ちに答えられないこのもどかしさの正体、これこそが、滑った時の感情
「気まずい」
なのである。

2018年のM-1決勝はそう思うと死ぬほど気まずかった。審査員もお客さんも川瀬も。

ちなみにゆったり感の江崎さんが冒頭のように叫んだ後、相方の中村さんはこう叫んだ。

「悲しいこというな!! 俺はウケてると思ってやってんだよ!!」

気まずさを完全に逆手にとった素晴らしいアドリブだと思う。

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