川上哲治氏生誕100年記念の交流試合 人吉市で後輩ら4校球児が「打撃の神様」しのび熱戦

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始球式で捕手の田代裕一さん(手前)に向けて投球する川上修治さん。打者は実行委の岡本光雄会長=人吉市

 プロ野球巨人で「打撃の神様」と称された故川上哲治氏の生誕100年を記念した高校野球交流試合が24日、出身地・人吉市の川上哲治記念球場であり、母校の後輩らが遺徳をしのびながら熱戦を繰り広げた。同市や地元有志らでつくる記念事業実行委員会(岡本光雄会長)と県高野連の共催。

 川上氏は1932年に熊本工業学校(現熊本工高)へ進学。その後、旧制中学の済々黌、人吉を経て熊本工業学校に再び転入し、34年と37年の夏の甲子園で準優勝した。投手として巨人に入団後は、通算2351安打を放つなど打者として才能を発揮。監督として日本シリーズ9連覇(V9)も成し遂げた。

川上哲治氏の生誕100年を記念した交流試合で対戦する熊本工高と人吉高の選手たち

 交流試合には縁のある熊本工、済々黌、人吉と地元の球磨工が出場し、25日まで計4試合を実施。初戦は熊本工が人吉を11-1で退けた。

 開会式では人吉の坂本龍汰主将(2年)がコロナ禍や豪雨災害に触れ、「数々の偉業を残された先輩の古里でプレーできることをうれしく思う。野球の素晴らしさを人吉球磨から全国へ届けたい」と選手宣誓した。

 故川上氏のおいの川上修治さん(64)=菊陽町=と、熊本工業学校から共に巨人に入団した故吉原正喜捕手の妹の孫、田代裕一さん(36)=福岡市=が始球式を務め、「川上-吉原」のバッテリーを再現した。

 済々黌の元校長で県高野連会長も務めた修治さんは「天国から見守った伯父も元気をもらったと思う。はつらつとプレーして苦難に打ち勝ってほしい」と現役球児へエール。熊本工の沼丈真主将(2年)は「偉大な先輩は自分たちの誇り。夏の甲子園に向け、チーム力を上げていきたい」と決意を新たにしていた。(田中祥三)

熊本日日新聞 2020年10月25日掲載